第229話『百合ちゃんとの|生活《日々》12』
河原で百合ちゃんとドタバタと遊ぶ、遊ばない論争を繰り返した結果。
俺は「兄さん。お願い」攻撃に負けて一緒に遊ぶ事となった。
妹がこれだけ頼んでいるのだから仕方がない。
しかし、守るべき場所はしっかりと守って貰うことにした。
俺はとりあえず清潔なタオルを二つ取り出して、百合ちゃんの体をなるべく見ない様にしながら、デリケートな場所を上手く隠して、タオルを結んで固定するのだった。
これでひとまず安心である。
「凄い。まるで水着みたいですね」
「見た目はね。でも完全に固定されてる訳じゃ無いから、あんまり激しく暴れちゃ駄目だよ」
「分かりました!」
という訳で、俺も下半身だけタオルで覆い、あまり無茶はしない様にと気を付けながら百合ちゃんと共に川へ向かう。
正直な所、昼間とは言え、雪も消えたばかりでかなり寒いのだが、百合ちゃんは特に気にならないのか、元気に笑いながら川に足を入れる。
「ひゃ~。冷たいですねぇ」
「まだ春だからね。それはそうだよ」
「そうですね!」
百合ちゃんは寒い寒いと言いながらも楽しそうに水の中を歩き、興味深そうに水の中を見つめる。
俺も百合ちゃんと一緒に水の中を見ると、大小様々な生き物が水の中で自由に動き回っていた。
雪が解けて眠りから目覚めた。みたいな感じだろうか。
水もかなり冷たいというのに、かなり元気なようだ。
「ふふ。可愛いですねぇ」
「そうだねぇ。寒くないのかね」
「どうなのでしょうか。確かに水が冷たいと寒いかもしれませんね。でも元気ですし。寒くないかもしれませんね」
どこか他人事の様に言う百合ちゃんに、俺はふと疑問に思った事を聞いてみる事にした。
「生き物もそうだけどさ。百合ちゃんは寒くないの?」
「私は別に……昔、お金が無かった頃はフィオナと一緒に水のお風呂に入ってましたし」
「なんと……」
「後は、全身が血で汚れてしまったので、雪がチラチラと見えてましたが、湖で体を清めた事もあります」
「……よく今まで無事に生きてもんだ」
「お陰でかなり強くなれた気がします。食べられそうな物は何でも食べてましたからね。私もフィオナも」
何とも壮絶な過去を聞いてしまい、何となく今まで持っていた百合ちゃんとフィオナちゃんへの印象がだいぶ変わったのを感じる。
というか、そこまでギリギリな事もあったのか。
本当に冒険者というのは難しい仕事だなぁ。
「ん?」
「どうしたんですか?」
「いや。二人って食堂で働いてたよね? オヤジさんなら、二人がギリギリ限界、みたいな事になる前に手を打ちそうだけど」
「あー。今の話は、私たちが食堂で働く前の話なんですよ」
「あ、そうなんだ」
「はい。というか。この辺りの話がキッカケになって、食堂でも働ける様にして貰ったというか」
「なるほど」
「なので、亮さんの家に住まわせて貰っているのも、実はかなり助かっているんですよね」
「それなら良かったよ。桜も喜んでるしね。俺も助かってるからさ」
「ふふ。そう言って貰えると嬉しいですね」
なんて。
いつもの様に笑い合って、俺は不意に聞いてしまった百合ちゃん達の苦労話を飲み込んだ。
そして何となくそのまま盛り上がった気持ちで川の深い方まで移動してみる事にした。
水着代わりのタオルが流されない様に気を付けながら、俺たちは腰当たりまで川に入り、その先を見る。
「ふむ」
「この辺りまで来ると逆に水の中の方が暖かいですね」
「そうだね。でも外に出た時に風邪をひくと良くないから、俺はちょっと先に火を起こしてくるよ。この分だと外に出た時に温度差で凍えちゃう」
「あ、分かりました!」
「百合ちゃんも風邪引かないように気を付けてね。寒くなったら川から出る。良いね?」
「はぁーい」
百合ちゃんは返事をしながらも川の深い方へと移動してニコニコしながら泳いでいた。
いや、本当に強いなぁ。
結構水温は低いと思うんだけど。
と、俺はひとまず河原で軽く体を拭いて、木の枝を集めて火をつけた。
こういう時に冒険者用の道具は便利である。
火種を簡単に作って、適当に木の枝を集めて放り込めばたき火になるのだから。
俺は追加用の木の枝を用意しつつ、適当に木の枝を火の中に投入していった。
魔導具で作り出した火種は魔導具で操作して消さない限り消えないから、木の枝を投入するのもある程度適当で良いのが楽な点だろう。
後は、長時間燃え続ける様に枝を工夫して組み合わせて……。
準備が出来た俺は川の方へと視線を向けた。
そこでは百合ちゃんが楽しそうに川で泳いでおり、このまま見ているだけでも良いかぁと、日の光でほのかな暖かさを感じていた俺は思うが、百合ちゃんが一生懸命に手を振っている為、川に戻る事にする。
妹からの要望に応えるのが兄である。
「亮さーん!」
「はいはい。今行きますよ」
俺はよっこらせ。なんて言いながら立ち上がり、たき火の近くから川の方へと歩いてゆくのだった。
少し前に体を温めていたせいか。水の中は異様に冷たく、俺はブルリと体が震えるのを感じた。
正直入りたくはない。
寒中水泳は以前にもやった事があるし。何度も経験があるから特に問題は無いが。
入りたいかどうかというのはまた別の話なのだ。
「どうしたんですか?」
「いや、冷たいなって思ってさ」
「もう! さっきは入ってたじゃないですか! 嫌がる理由ばっかり見つけるのが上手いんですから」
「そういう事じゃないんだけどね……」
「ほら。向こうに行きましょ? 冷たくて気持ちいいですよ」
百合ちゃんは川から上がってくると、俺の手をキュッと握って川の深い方へと歩いて行った。
かなり泳いで遊んでいたのだろう。
タオルがズレそうになっていて、落ちそうになっている。
「百合ちゃん。タオルタオル」
「え? あ、落ちちゃってますね」
「ちゃんと元に戻さないと」
「……」
「百合ちゃん?」
「えい!」
なんという事だろうか。
百合ちゃんは元気よくタオルを取ると、そのまま畳んでしまったではないか。
しかも上と下に付けていたタオルを両方ともだ。
「ちょっ!?」
「何か重くて鬱陶しかったんで! やっぱり水着とは違いますね」
「それはそうだろうけどさ。ここまでのやり取りの意味がないでしょうが。意味が」
「まぁまぁ。良いじゃないですか。こうしていると気持ちいいですよ。久しぶりですけど。身が引き締まる気がします」
「まったくもう……」
俺は頭を抱えながら、ため息を吐いた。
こういう所ばかり桜とよく似ている。
本当に姉妹なのでは無いだろうかと思ってしまう程だ。
桜もこっちの世界から来たワケで。
そう考えると、百合ちゃんと姉妹でもおかしくはないのだ。
まぁ、そんな偶然があるとは思わないけど。
そう思ってしまう程に、二人はよく似ていて、自由であった。
まぁ、楽しいのなら、それで良いかもしれないけどさ。
「ったく、しょうがないなぁ」
「ほらー! 亮さんも一緒に泳ぎましょうよー」
「はいはい。分かったよ」
俺は我儘なお姫様の言葉に頷いて、水の中に飛び込んだ。
無論、見せてはいけない場所が見えない様にしっかりとタオルを掴んで、だ。
向こうは無垢な少女だろうが、こっちは立派な大人だ。
見せてはいけない物くらい、わきまえている。
そんなこんなで、気が付けば俺も楽しくなっており、体力は十分に残しつつも、疲れたなと感じる程度には十分に遊んだ。
川でここまで遊んだのも本当に久しぶりだ。
しかし、久しぶりであるが、かなり楽しかったというのも事実であり、機会があれば桜たちも連れてまた来たい物だと感じてしまう。
まぁ、今度来るときは暑くなってからにするし。
水着もしっかりと持ってくるワケだが。




