第218話『百合ちゃんとの|生活《日々》2』
このまま百合ちゃんの家で過ごしても良いのか。
という漠然とした不安を感じつつも、俺は前日と変わらず、早朝に起きて、神刀を振るいながら、精神はともかく、体は鍛え続ける。
昨日と違う点と言えば、百合ちゃんが今日は朝早くから起きていて、俺と一緒に神刀を握りながら修練しているという所だろうか。
真面目なのだろう。
昨日を取り戻す様に神刀を振るっていた。
「そんなに頑張らなくても良いんじゃない?」
「いえ! 私自身! ここにきて! 腑抜けていましたから!」
「百合ちゃんは真面目だねぇ」
「それくらいしか! 自分には! 褒めるところがありませんからね!」
「そう? 百合ちゃんには良い所がいっぱいあると思うけど」
「っ! そ、そんな事は! ありません! 私は! フィオナとは違って! 社交的では無いですし!」
「でも、食堂に居た冒険者たちはみんな百合ちゃんの事が好きだったよ? 細かい所に気が付くってさ」
「それは! でも! フィオナもそれは出来ます!」
「そりゃ言葉の意味をそのまま取れば出来ているだろうさ。でも、フィオナちゃんは細かい所を見るのがそこまで得意じゃないからね。百合ちゃんにしか出来ない事はあるって事だ」
「……!」
百合ちゃんは神刀を振り下ろした姿のまま、俺に視線を移した。
酷く驚いている様な、言葉にならない感情を抱えている様な、そんな感じだ。
「亮さんは……」
「うん?」
「亮さんは、その……女遊び、をする人なんでしょうか」
「なんて?」
頬を控えめに朱に染めながら、百合ちゃんは酷く恥ずかしい事をいう様な言葉で俺に問うた。
いや、実際に恥ずかしい事を聞いているのは確かなのだが。
「まったく身に覚えのない事を聞かれているんだけれども」
「も、申し訳ございません! ただ、以前、そう教えてもらったので」
「誰に」
「ひえっ、怒らないで下さい」
「別に百合ちゃんには怒ってないよ。根も葉もない噂を広めた奴には制裁を下すかもしれないけれども。大丈夫。怖い事は何も起きないよ」
「えと、そのサラスさんに……」
「サラスか……! セオストに戻ったら覚えてろよ……!」
「ひぇ」
「あー。大丈夫。大丈夫。怒ってないからね」
俺は百合ちゃんへのフォローを入れながら、セオストのお調子者へと目標を定める。
俺のいない所で言いたい放題している男には、制裁を加える必要がありそうだ。
という訳で、俺は改めて鍛錬を重ね、体を傷つけず、痛みだけを与える術を編み出すのだった。
「百合。亮さん。朝食が出来ましたよ。そろそろ修練は終わらせて食べちゃいなさい」
「はぁーい」
「分かりました」
それから。
俺と百合ちゃんは百合ちゃんのお母さんの言葉に従って朝食を食べるべく、居間に向かった。
既に百合ちゃんのお父さんとお兄さんは食事を始めていて、俺も台所で食事を二人分貰ってから居間に戻った。
ちょうど百合ちゃんが居間に来た所だったらしく、俺は食事を百合ちゃんに渡す。
「え!? あ、も、申し訳ないです!」
「ついでだから。あんまり気にしないで」
「え、あ、と、はい……」
「じゃあ食べようか」
「……はい」
何だか、あわあわとしている百合ちゃんに落ち着くよう言ってから、俺は箸を手に取って食事を始めた。
今日も今日とて、美味しいご飯を頂けて、何よりも嬉しい気持ちである。
「時に亮殿」
「はい」
「昨日は魔物を狩ってきてくれたようだな」
「そうですね。ご迷惑でなければ今日も狩ってこようかと思っていますが」
「無論、迷惑などという事は無いが……良いのだろうか」
「勿論ですよ。俺はセオストで魔物狩りを生業としていますから。慣れてるんです」
「そうであったか。では、お願いしよう」
「はい」
という訳で、お父さんとの話も終わり、俺は昨日も狩った魔物が居る場所へと向かう事にしたのだが。
やはりというか。百合ちゃんも行く事に決めたらしい。
「良いの? 百合ちゃん。家でゆっくりとしてても良いけど。ほら、昨日場所を教えてもらったし」
「大丈夫です。私も体を動かしたいですし。昨日も言いましたが、霞ともっと仲良くなりたいので!」
「まぁ、そういう事なら良いか」
俺は百合ちゃんの言葉に納得し、百合ちゃんと共に昨日も行った魔物の出現地点へと向かう。
既に一度、向かった場所である為、何も問題なく、迷う事もなく、俺たちは現地へと到着した。
「さて。まずは……」
「亮さん? どちらへ?」
「いや、昨日置いていった内臓とか骨とかを確認したくてさ」
「なるほど」
百合ちゃんは俺の言葉に納得した様で、軽くうなづいてくれた。
そして、二人で昨日放置した魔物の骨と内臓を置いた場所に向かう。
「おぉ……」
「凄いですね」
俺たちは少し離れた場所から、魔物の残り物を見つけたのだが……そこには多くの小さな魔物が集まり、内臓や骨を食べているか、運んでいる所だった。
それは、おそらく俺たちが近づけば逃げてしまう様な小さな魔物ばかりで、セオストであれば目撃するのが難しい光景であっただろう。
だから、俺はその光景をしっかりと視界にとらえ、小さな魔物たちがどういう物を喜び、どういう風に解体しているのかと観察する。
「うーん。凄く貴重な物を見ている様な気がする」
「そうですねぇ。ほら。見て下さい。亮さん。角うさぎと黄色長へびが一緒に内臓をはむはむしてますよ」
「あの二匹って結構仲が悪い筈だよね? 魔物をペットとして飼っている人からそんな話を聞いた気がするけど」
「そうですね。確か、前に冒険者さんから聞いた話では、互いに獲物だと思っていて食べ合っているみたいな話もありました」
「けれど、ここでは敵意を見せないまま、一緒に食事をしている、と」
うーむ。
面白い光景だ。
セオストとヤマトなんて、それほど離れてはいないのに、ここまで環境に差が出るとは。
やはり昨日話した様な、冒険者がおらず、侍しか居ないからこそ起こる変化なのだろうか。
「あー。なるほど」
「どうしました?」
「いや、あくまで仮説なんだけどさ。もしかして、冒険者が居なくて、小さな魔物を狩る人が居ないから、小さな魔物は結構数を増やしていて、それで、餌も定期的に侍が倒した大きな魔物の骨や内臓で得られるから、喧嘩をしなくても良い。みたいな話なのかあな」
「確かに。そういう可能性はあるかもしれないですね」
「しかし」
「……?」
「彼らはどうやって餌を探しているんだろうね」
「匂い、とかでしょうか」
「ふむ。匂い、か」
俺はスンスンと鼻を動かして周囲の匂いを嗅いでみるが、特に変な匂いは感じない。
「……ススス」
「うん? どうしたの?」
「あ、いえ。私もここまで走ってきたので、汗臭かったら申し訳ないなぁーと思いまして」
「そんなに気にしなくても良いんじゃない? 別に百合ちゃんから変な匂いはしないよ」
「っ!!」
百合ちゃんは俺が言葉を発するや否や、凄い勢いで俺から離れていった。
うーん。今のは失言だったか。
「ごめん、ごめん。別に変な意味じゃないんだよ」
「いえ! 気にしないで下さい!」
気にしないでとは言うけれど、距離は開いたままであった。
頭の中で、想像の桜が怒っている声が聞こえてくるかの様だ。
『お兄ちゃん! 女の子は繊細なんだからね! 変な事言っちゃだめだよ!』
と。
いや、お兄ちゃんいつもは気にしてるんだけどね。たまにやってしまうのだ。
申し訳ない気持ちだよ。
しかし、こうなってしまった以上、当分は解決出来ないだろうし。静かに観察をしながら時が解決するのを待とうと思う。
「……」
「チラチラ」
「うーん」
「チラチラ」
遠くから、百合ちゃんの視線を感じつつ、俺は観察を続け、百合ちゃんに話しかけるタイミングと内容について考えるのだった。




