第208話『|神藤時道との《あさの》修練』
モモちゃんとリンちゃんの護衛でヤマトへ来た俺達であったが、護衛として出来る事が少なくなり、一時的な休暇を貰った。
その休暇を利用して、俺はリリィちゃんと一緒にリリィちゃんの実家へと向かう事になった。
そして、リリィちゃんの家があるという街へ向かう当日、早朝。
俺は神刀を持ちながら、フソウの城にある修練場へと向かっていた。
正式に使用許可は貰っているが、実際に使用するのは今日が初めてな為、少しばかりの緊張がある。
木造の大きな建物に近づいて、俺は靴を脱ぎながら、木製の廊下を歩いた。
そして、修練場として開いているという部屋の前に立ち、大きく深呼吸をする。
「……お邪魔しまーす」
「あぁ、好きに入って。好きに使ってくれ」
「うわっ!?」
木製の引き戸を開けて、声をかけながらゆっくりと中に入った俺は、不意に扉の影から声をかけられて、驚き飛び上がってしまう。
気配を完全に殺して立っていたその人は、以前出会った人であった。
「し、神藤時道さん!」
「あぁ。いつかの時以来だな。小峰亮」
「そうですね。神藤さんはこちらで修行を?」
「あぁ。やはり、日々鍛錬を行わなくては体が鈍ってしまうからな。毎日、どこかで刀は振るっているさ」
時道さんは当たり前だろう? とでもいう様に、笑う。
そして、修練場の中にあった木刀を二本手に取ると、一本を俺の方に投げてきて、自分も残った一本を握った。
「お前も刀を振るいに来たのだろう? どうせなら、模擬戦をしないか? 相手が居る方がやる気も出るだろう?」
「それは確かに、そうですね」
「ふっ、やはりお前とは話が合うな」
「じゃあ、俺が審判をしてやろう。お前らはどっちも戦闘バカだからな。止め時が決められないだろう?」
「雷蔵か」
「雷蔵さん!」
「朝早くから、血気盛んな連中だよ。まったく。ビリビリ熱い殺気飛ばしやがって」
「いや、俺は飛ばして無いですけどね?」
「という訳で、オチオチ寝てられないから、ここで見届けてやろう。お前らの戦いをな」
雷蔵さんはニヤリと笑うと、大きな部屋の奥に座り、腕を組んで壁に寄り掛かった。
そして、右手を振るって、俺と時道さんに向かい合う様に示す。
「じゃ、準備は良いか?」
「あぁ。俺はいつでも良い」
「……はい。大丈夫です」
「よし。じゃあ、始めろ」
「「っ!」」
俺は雷蔵さんから出たやる気のない開始の合図と同時に、木刀を構えながら前に突撃した。
しかし、どうやら時道さんも同じ様に俺へ突撃していた為、ちょうど二人の中間で木刀がぶつかり合う。
「前とは戦い方が違うのだな」
「まぁ、木刀で死ぬことは難しいですからね」
「死ぬのが怖いのか? いや……殺すのが怖いのか」
「まぁ、俺は別に人を殺したいワケじゃないですからねっ!」
両手に力を込めて、両足を強く踏み出し、時道さんへと圧をかける。
どうやら単純な力でいうのなら、俺の方が上らしい。
しかし、時道さんは冷静に俺の木刀を受け流して、俺に切りかかろうとした。
「甘いな」
「それは、どうでしょうかね!」
だが、俺は前のめりで倒れそうになる体をそのまま投げ出して、前回りをしながら受け身を取って、後方へと飛び跳ねた。
そして、右足で床を強く踏みしめながら勢いを殺す。
「相変わらず器用な事だ!」
「魔物は人間らしくは動いてくれませんからね! 自然とこういう戦い方を覚えました」
「そうか。実戦型か。そういう視点は俺達にはないな!」
「俺の動きを読んでいる人が、言う事ですかっ!?」
時道さんは、どれだけ俺が動き回ってもピッタリくっついてきて。
多少フェイントを含めて立ち回っても、圧倒的な速度で追いついてきて、尋常ではない速度で木刀を振り下ろす。
型通りという訳では無いが、綺麗な戦い方をして、それでいて、時道さんらしさは失われていない。
相変わらず強い人だ。
圧倒的と言っても良い。
このまま戦い続けても、俺は勝てないだろう。
それだけの力の差がある。
しかし、これは修練であるのだから、俺はこの戦いの中で可能な限り、自分の力を伸ばすだけだ。
「そこまで!」
「あぁ。その様だな」
「……俺の負けですね」
俺は木刀が弾かれ、首筋に時道さんの木刀が置かれている状況で、手を上げた。
やはり、勝てなかったか。
壁は大きく厚い。
「ふぅ……かなり良い修練になりました。ありがとうございます」
「……亮」
「はい。なんでしょうか?」
「お前は、本当に瞬と良く似ているな」
「そうですか?」
腕や足を見ながら、何となく記憶にある瞬さんを思い出す。
俺も人間で、瞬さんも人間だし。正直なところ、何となくの見た目は似ていると思う。
髪も黒で同じだしな。
しかし、似ているのはそれくらいで、顔やらなんやら、見た目はあまり似ていないと思うのだが。
戦い方も全然違うし。
「あぁ。よく似ているよ。瞬も、修練の後はいつも楽しそうだった。また一つ強くなれたと、勝敗の事は何も気にせず笑っていた」
「あぁ、確かにそう言われると、よく似ているかもしれないな。瞬のバカも神刀やら修練やらが大好きだからな」
「いや、一応俺も負けて悔しいっていう気持ちはありますよ? それはそれとして、強くなれるのは嬉しいというだけで」
「それも昔の瞬はよく言ってたぞ。お前と同じまったく悔しく無さそうな顔でな。なんだ? 兄弟か? お前らは」
雷蔵さんが呆れた様な声で、告げた事実は衝撃的な物だった。
まさかまさかである。
瞬さんも確かに修練が好きそうな気配があったが……というかヤマトの侍はみんなそういう雰囲気じゃないのか?
この国に来てから、あらゆる人間から戦いを仕掛けられるのだけれども。
戦いが好きなのは侍の本能なのでは?
いや、そうなると、俺も戦いが好きな本能のある侍になってしまう。
違うんだ。
俺はただ、大切な物を守る為に強さを求めているだけで、別に戦いが好きなワケでは無いのだ。
うん。そうなのだ。
「なんだ。その顔は。『俺は別に戦いが好きってわけじゃないしな』みたいな顔して」
「心を読まないで下さい」
「分かりやすすぎるのが悪いとは思わんか? 俺は思う」
「一人で話が完結してるじゃないですか」
「そりゃあそうだ。俺は天才だからな」
「理由になってないですよ。理由に」
俺は雷蔵さんの指摘に突っ込みを入れながら反論する。
このまま押し切られたら、俺が戦い好きの人間になってしまう。
それだけは避けなくてはいけない。
「強情な奴だな。お前は」
「当然ですよ。ここで折れたら俺が戦い好きの人みたいじゃないですか」
「みたい。じゃないだろ。そうなんだよ」
「違いますよ!」
「どこが。俺から見ていると、そうとしか見えないが?」
「いやいや。俺は守る為に力を求めているだけです。より大きな脅威から大切な人を守る為にですね」
「しかし、結果的には力を求めているんだろう? なら同じ事だ。亮は力を求めて、戦いの中で生きている。違うかね?」
「何とも反論が難しい言葉を投げますね」
俺はううむ。と考えながらどう否定するべきかと考えて居た。
しかし、そんな俺の横から不思議そうな声が届いた。
「強さを求めてるというのは間違いでは無いだろう。誰しもが、力を求めている筈だ。それは雷蔵。お前だって同じだろう?」
「……確かにな?」
「だから、別に亮が力を求めているのも、おかしな事では無いと俺は思う」
「……」
いや、ただ意味もなく力を求めている訳じゃない。と思いながらも、そういう雰囲気ではない為、黙っておく。
そして、時道さんは静かに言葉を続けた。
「だから、力もなく、斬られれば消えるだけの存在が……誰かを害する事が出来る状態がおかしいのさ」




