第207話『|霊刀山からの帰還《フソウへ》』
モモちゃんとリンちゃんによる魔物の研究が霊刀山の頂上で行われたが。
朝早くから山に出かけ、夕方近くとなっても大きな収穫は得られなかった。
「うーん。駄目ですね。分からない事だらけです。魔物の事も、神樹の事も」
「そうか……やはり難しいのぅ」
「そうですね。ちょっとじっくり調査しないと駄目ですね。どちらの件も」
「分かった。ではまた明日、霊刀山へ……」
「その事なんですが!!」
「うん?」
「提案がありまして」
リンちゃんは、魔物の体を軽く撫でながら、楓ちゃんに一つの言葉を向ける。
それは、明日以降の研究に関する話であった。
「私もモモちゃんも、あまり体力が無いため、霊刀山へ毎日来るのは難しいと思っていまして」
「ふむ」
「それで、魔物さんと一緒に霊刀山から別の場所へ移動できないかと思っているんです」
「別にその魔物は霊刀山に置いている訳では無いから、移動に関しては何も問題はないが……大人しく付いてくるのかの?」
「それは、お願いすれば多分大丈夫かと思うのですが……」
「そうか、そうか。なら、フソウの城に連れてくると良い。空き部屋はあるからな」
「ありがとうございます!」
楓ちゃんから正式な許可を貰い、リンちゃんは大きな声でお礼を言いながら、魔物を撫でた。
魔物は相変わらず、嬉しそうに体を震わせると、体の表面を波の様に動かすのだった。
そして、俺たちは山を下りる事にしたのだが、どうやら魔物はモモちゃんやリンちゃんを乗せたまま動いてくれるらしく、二人は魔物に乗ったまま山を下っていた。
「おぉ、便利じゃのう」
「そうですね。でも、申し訳ございません。私たちだけ」
「良いんじゃよ。わらわは母上からの教育でな。なるべく自分の足で歩く様にと言われておるんじゃ。だから、山登りもよくやっておる。大して苦痛は無いぞ」
「なるほど」
「私たちも見習わないとね」
「そうねー。ヤマトに居る間に習慣づけておこうかしら」
モモちゃんとリンちゃんは運動の計画を立てながら、のんびり進む魔物の上で笑う。
楓ちゃんも魔物の近くで楽しそうに笑っており、俺は三人の後ろから周囲の様子を伺いながら、ゆっくりと歩くのだった。
霊刀山は、やはりというか危険らしい危険はなく。平和そのものである。
まぁ、幽霊の侍はジッとこちらを見ているが、俺に戦う意思が無いと分かっているのか、戦いを仕掛けてくる事は無かった。
こういう所は街の侍よりもだいぶ理性的である様だった。
「しかし、それでも……微妙な気持ちになるな。こう見られていると」
「……亮さん」
「ん? どうしたの? リリィちゃん」
ジーっと見つめられている事に、何とも言えない気持ちを感じて、心の中でため息を吐きながら歩いていた俺であったが、不意に後ろを歩いていたリリィちゃんに小声で話しかけられ、意識を後ろへ向けた。
セシルさんは、リリィちゃんの表情に何か思う所があったのか、足を早めてくれ、楓ちゃんや魔物のすぐ後ろへ移動してくれた。
山を登る時にリリィちゃんが気を遣ってくれたから、そのお礼かもしれない。
「実は、亮さんにお願いしたい事がありまして」
「何かな。何でも言って」
「はい。ありがとうございます」
リリィちゃんはホッと安心した様に微笑んでから、小さな声で言葉を続けた。
「実は、私……実家に戻ってみようかと思っていたんです」
「実家って、ヤマトの?」
「はい。フソウの街からは少し離れた街にあります」
「そうなんだ」
「はい。そうなんです。それで……その、実家へ戻るのに、亮さんにも付いてきて貰えないかと思いまして!」
「それは構わないけど……俺達、護衛の依頼中だしね。そっちの方はどうしようか」
「護衛の話でしたら、モモさんやリンさんと話して、フソウの城にいる間は大丈夫だと伺っています」
「あー、まぁ、そうか」
フソウの城は姫巫女様である楓ちゃんや、聖女様であるセシルさんが住んでいる場所である。
ヤマトで最も重要な人物である二人が住んでいる場所なのだから、どこよりも安全な場所だと言えるだろう。
あの時、城の入り口で戦った神藤時道さんみたいな人も居るんだろうし。
俺よりもずっと強い人たちが居るのだから、危ない事などあるとも思えない。
例の魔物が気になると言えば、気になるが……女性であるモモちゃんやリンちゃんと同じ部屋で寝泊まりする事は良くないし。
何よりヤマトにはセシルさんや、女性の侍も多くいるらしい。
それならば、フソウでの生活はそちらに任せる方が良いだろう。
なら、俺がやる事はそれほどないという事か。
「分かった。じゃあ、後でモモちゃんとリンちゃんに俺も許可を貰うから、それで了解を貰えたらっていう事でも良いかな」
「はい。大丈夫です! ありがとうございます!」
「いや、良いさ。リリィちゃんの事は気になってたからね。家の事とか、家族の事とか。だから、リリィちゃんの不安が解消されるなら、その方が良いさ」
「……いつも、本当にありがとうございます」
「良いんだよ。俺はリリィちゃんのお兄さんでもあるんだからさ。何でも頼ってくれると嬉しいかな」
「……はい」
気恥ずかしそうな顔をしながらも、小さく頷くリリィちゃんに俺は微笑みながら、バレない様に小さく息を吐いた。
リリィちゃんも緊張していただろうが。
俺も緊張していたのだ。
リリィちゃんから家の話が出た時は、かなりビックリした。
正直な所、リリィちゃんの家の話は口に出せない話題だと思っていたし。
リリィちゃん自身、あまり家には帰りたくない様な雰囲気であった。
しかし、家に戻ろうとしているとは……もしかして神樹の所でセシルさんと話した事で何か思う事があったのだろうか。
分からないが、俺に出来る事があるのなら、全力で応援しなくてはな。という気持ちだ。
「私、ずっと、逃げてました。でも……逃げてばかりいられないのかもしれないと、思ったんです」
「うん……そっか」
「はい。なので、見守って頂けると、すごく嬉しいです」
「分かったよ。俺はどんな時も、リリィちゃんの味方だからさ。安心して。っていうのもおかしいかもしれないけど。しんどい時は寄りかかってよ」
「はい! 私、頑張ります!」
それから。
気合を入れるリリィちゃんと共に、俺たちは霊刀山を降りて、フソウの城へと繋がっている楓ちゃんの家から、転移門でフソウの城まで移動した。
そして、フソウの城でそれぞれの部屋を宛がわれてから、俺はモモちゃんとリンちゃんの部屋にお邪魔していた。
「もしかしたら、もうリリィちゃんから聞いてるかもしれないんだけど」
「あぁ、リリィさんがヤマトで行きたいところがあるっていう話?」
「うん。そう。その話」
「私たちは全然構わないわよ」
「えぇ。むしろ、調べる事が多くて、待っていただく事が多くなりそうだったので、どうしようかと話していた所だったので、ちょうど良かったです」
「ありがとう。助かるよ」
「いいえ。私たちの方が助かってたわ。ここまで昼も夜もって護衛をして貰って。かなり助かっちゃった」
「本当に。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げてくれるとリンちゃんと、カラカラと笑うモモちゃんに感謝を告げつつ、一応これからの予定なんかを話しておく。
どれくらい時間が掛かるかは分からないが、フソウから離れて別の街へ行くという事。
フソウからリンちゃんやモモちゃんが出る時は、呼び戻して欲しい事。
「依頼は受けたままだからね。危ない場所へ行くのなら、護衛をするからさ」
「そんなに気にしなくてもいいのに」
「そういう訳にもいかないよ。二人だけって言うのは危ないからね。いくらヤマトの人たちが強くてもさ。気になっちゃうよ」
「そう? なら、分かったわ。何かあったら遠慮なく呼んじゃうわね」
「うん。よろしく頼むよ」
という訳で、俺はモモちゃんやリンちゃんとの話を終えて、明日から始まるリリィちゃんの実家帰りの旅に付き合う準備をするのだった。




