第200話『|未来にある《いつかおきる》災害』
「そう。神樹は人に夢を見せるんです。だからこそ、危ない」
神樹は触れた人に夢を見せるのだというセシルさんの言葉を受け止めてから、俺は神樹へと視線を移した。
「いや、でも! 聖女様。私は、ただ過去が視えただけで、望みだなんて」
「本当にありませんか?」
「え?」
「過去に置き忘れてしまった、思い出を取りに行きたいと願った事はありませんか?」
「それは……」
「願いとはプラスの事ばかりではありません。失いたくないと思いながら手放してしまったもの。過去にこびりついた幻影もまた……願いになり得るのです」
「……」
「自らの心を受け入れ、願いと共に生きることが出来れば、また一つ成長出来ると思いますよ」
「……はい」
セシルさんの言葉でリリィちゃんは落ち込みながら小さく頷いた。
悲し気に揺れる瞳はまるで悪事を指摘された子供の様でもある。
「セシル様。あまりリリィちゃんを責めないであげて下さい」
「え!? あ! いや、そんなつもりでは!」
「セシル様にそのつもりがなくても、リリィちゃんはだいぶ落ち込んでしまっていますので」
「も、申し訳ございません! あぁ、もう! 私ってば推しキャラになんてことを!」
「おし?」
「気にしないで下さい。亮さん。キリッ」
セシルさんは、よく分からない言葉を呟いてから、キリっとした顔を作って、その表情を口にしていた。
落ち着いた女性だと思っていたが、どちらかというと、愉快な女性なのかもしれない。
「コホン。話は逸れましたが。どうかお二人には自分を強く持っていていただきたいのです」
「……それは、何か理由があるのでしょうか」
「はい。これからそう遠くはない未来に大きなイベント……もとい、災害が起こります」
「災害?」
「はい。神樹が暴走し、世界の全てを夢の中に落としてしまうのです。そして、人々は目覚めなくなる。これを回避する為には二つの力が必要です」
「……」
「一つは神樹と繋がる力。そして、もう一つは自分の夢に抗う力です」
「なるほど」
「もし災害が起きても私はお手伝い出来ませんので、どうか、心を強く持って下さい」
「わかりました。もし、災害が起こった時は、俺たちで解決しますよ」
「助かります」
セシルさんは女神の様な微笑みを浮かべながら頷いた。
そんなセシルさんに俺も頷きながら、大丈夫ですよと笑う。
正直な所、何をどうやって止めるのかとかサッパリ分からないが、まぁセシルさんが俺たちに言っている以上、俺たちが何かしら止める術を持っているんだろうと思う。
分からないが。
まぁ、実際にその災害が起こった時、災害をよく観察して何とかするしかない。
「……私に、出来るでしょうか」
キュッと魔術用の杖を両手で握りしめながら呟くリリィちゃんに、俺は何というべきか悩み……。
「大丈夫ですよ」
「……聖女様」
「貴女は、貴女が思うよりも強い人ですから。過去が貴女の目の前に立ち塞がっても、きっと貴女は進んで行ける。そうでしょう? 柊木百合さん」
「っ! せ、聖女様! 私の事!?」
「はい。よく知っていますよ。貴女もヤマトの子ですから。それに、まだ百合さんが幼い頃、何度かお話をさせていただきましたが、覚えていませんか?」
「お、覚えています! しっかりと! 覚えています! ですが、それは私だけかと」
「私にとって、ヤマトの子は皆、家族の様な物ですからね。一人として忘れた事はありませんよ」
「そ、そうだったのですね……」
セシルさんがどこか寂し気に呟いた言葉に、リリィちゃんは申し訳ない様な顔で返答した。
何とも言えない空気である。
向こうの方で、楓ちゃんがキャッキャとモモちゃんやリンちゃんと楽しそうに話しているが、そちらに向かいたいくらいだ。
いや、別に空気がどうの、という話では無いのだ。
ただ、ここに俺、いる? となっているだけで。
リリィちゃんの本名も流れで知ってしまったが、知って良かったのだろうか。という疑問もある。
この聖女様、割とノリで話している所があるのでは無いだろうか。という疑いすら持ち始めてしまった。
「と、リリィさんの話はこんな所で良いでしょう。あまり踏み込んだ話をするのも良くないですからね」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
笑顔でちゃんと踏みとどまれました。
という様な発言をしているが、思いっきり部外者の俺にリリィちゃんの事情を話していた事はセシルさんの中で問題なし。という判定だったのだろうか。
いや、リリィちゃんも気づいてないから良いのだけれど。
俺はひとまずこの話を心の奥底に封じ込めて、生きていこうと思う。
流石にこんな流れで名前とかをバラされてしまったリリィちゃんが可哀想だし。
「そういえば。亮さん」
「なんでしょうか」
「亮さんはお付き合いされている方はいらっしゃらないんですか?」
「……いませんが」
突然の質問に、一瞬で頭の中が疑問符に包まれるが、ここまでの会話でセシルさんが意味不明な事を言ってもおかしくない人という認識があった為、軽くスルーする。
こういう人なのだ。
この人は。
「興味は無いのですか?」
「ない訳では無いですが……妹も居ますしね」
「その妹さんが恋愛対象になるという事は……!?」
「無いですね。妹なので」
「むぅ」
何故悔しそうな顔をしているのか。
妹と恋愛なんて出来る訳が無いだろうが。
この人は俺にどうなって欲しいんだ。
「亮さんの好みの女性は!」
「大人の女性ですね」
「え」
「何か?」
「あ、いえ。年下の女性が好みなのではなく?」
「はい。上です。上」
「な、なんて……こと」
「なので、どちらかと言えば、聖女様の様な方が好みではありました」
「まぁ! わ、わわ、私が……推しと推しの間に、入っている!? いけませんよ。亮さん。それは良くない。モブキャラはモブとして流すべきです。はい。そうするべきです」
何やら興奮しつつ、明後日の方向に向けて走り出した気配を見せるセシルさんをそのままに、俺はそろそろ話も終わりかなと楓ちゃんの方へと視線を向けた。
申し訳ないが、暴走する人の相手をするのは難しいのだ。
「じゃあ、そろそろ話も終わっただろうし。俺は楓ちゃんの所へ行くよ」
「え? え?」
「いやー! でも私ももうこの世界の住人! こんな事があってもおかしくないのかもしれない!? でも! でもでもでも! これじゃ夢小説になっちゃうよ! どうすれば良いのー!?」
「まぁ、聖女様は……よろしく」
「りょ、亮さん!?」
やや騒がしくなってきたセシルさんを放置し、心配そうなリリィちゃんにはセシルさんをお願いした。
俺はしれっと楓ちゃんの傍に戻って、一応セシルさんの事を気にしつつ、護衛の依頼に戻る。
「お? 戻ったか」
「気づいていたんですね」
「あれだけ大きな声で話せば誰でも気づくじゃろう」
「まぁ、それはそうですね」
「それで? セシル様とは話せたのか?」
「はい。少々先の未来を聞きました」
「そうか……。もしや神樹の件か?」
「そうですね」
「じゃろうな。わらわでは抗う事が出来ん。亮には助けを求める事になるが」
「構いませんよ。俺の方がお兄ちゃんですからね。頼ってください」
「……あぁ、助かる」
楓ちゃんは本当に心配そうで……その顔を見ていると、俺も何とかしなくてはいけないという気になる。
しかし、だ。
何とかと言っても、何が起きるのか分からない以上、対策を事前にしておくという事も出来ないし。
……いや、出来るか。
セシルさんは神樹が起こす事件を、『災害』と呼んでいた。
災害という物なら、俺は専門家を知っている。
セオストに戻った時にはミクちゃんに助力を願ってみよう。
俺はそう心に決めて、護衛の依頼を続けるのだった。
まだ、災害の時までは遠い。




