第20話『英雄と|若き男《リョウ》の魂』
突如として始まった俺とエドワルド・エルネストとの戦いで、最初に仕掛けたのは俺だった。
まずは、地上で戦う事を避ける為に、エドワルド・エルネストを連れて屋根の上まで跳ぶ。
足場は最悪だが、桜やソラちゃんが巻き込まれるよりはマシである。
「ふむ。状況判断は悪くないな。あのまま下で戦う選択をしていたら、一瞬で終わっていただろう」
「アンタが俺を制圧して、か?」
「無論だ。ソラリアが危険にさらされるなど、あってはならないからな」
「同じ意見だ」
「む?」
「俺も……傷つけたくない子がいる。だから、やるなら誰も居ないこの場所だ」
「ふ、良いだろう」
エドワルド・エルネストは緩やかに剣を動かし、自然な形で腕を下ろして剣の切っ先を地面に向けると、屋根の一部を踏み砕きながら人間離れした速さで突っ込んできた。
何度か見て目が慣れたが、それでも体はまだ完全には追いつく事が出来ない。
だが、歯を食いしばり、致命傷を避けて剣線の中に潜り込めば、何とか戦う事は出来る。
「小を捨てたか。それは勇気ではないぞ」
「だろうな。だが、これ以外に勝ち筋がない!」
「若いな! いや、青いかな!」
エドワルド・エルネストは変わらず光の奔流の様な剣を振るい、俺はその光で全身に細かい傷を作りながら、一瞬出来たエドワルド・エルネストの隙に、刀を突き出す。
だが、それと同時にエドワルド・エルネストもまた俺の心臓に向けて剣を突き出していた。
そして……。
俺の刀はエドワルド・エルネストの首を避けながらすぐ近くを通過し、エドワルド・エルネストの剣は俺の胸の前で停止していた。
「やるな。若いの。相打ちか。まさかここまでやるとは思っても見なかったぞ」
「……いや」
「ん?」
「俺の負けだ。俺が貫くよりも前に、アンタの剣が俺の心臓を穿っていた。実戦であれば、俺は負けていた」
「ふ」
「……」
「ふっはっはっはっは! 青い青い! 真っすぐだな。小僧! 相打ちだと言っているのだから、頷いておけば良い物を」
「納得出来ない事に頷きたくはない」
「がっはっは! そうだな。お前との争いもそうやって始まったんだったな。いやいや、久しぶりに面白い戦いが出来たのでな。すっかり忘れていた!」
エドワルド・エルネストはゲラゲラと笑いながら剣を腰に差した鞘に納め、周囲を見渡した。
そして、手や足で壊れた屋根を確認しながら「後で修理を依頼しなくてはな」なんて呟いているのだった。
しかし、本当に強い。
英雄という名前は伊達ではないという事だろう。
俺はどこまでも澄み切った青空を眺めながら大きく息を吐いた。
今すぐにでもどこかに倒れたい様な気分だ。
「小僧」
「なんでしょうか」
「ん? 急に礼儀正しくなったな」
「まぁ、こっちが本来の俺ですよ。一応」
俺は刀を納めながら軽く頭を下げる。
「ですから、まぁ、出会い方はどうであれ、この様な事になってしまい申し訳ございませんでした」
「ふっ、青いな」
「……」
「だが、嫌いじゃない」
エドワルド・エルネストはニヤリと笑うと、俺に向かって言葉を投げる。
「小僧! 名を何という!」
「小峰亮」
「コミネ……? あぁ、ヤマトの侍か」
「……えぇ」
「なるほどな。若造にしては動けると思ったが、かの国の者か。分かった。覚えておいてやる。名はリョウで良いのだろう?」
「はい。あー、それと、ソラちゃんのお爺さん」
「む? あ、あぁ、どうした?」
「あ、いえ。ソラちゃんの事に関してお聞きしたい事が」
「……聞くだけ聞いてやる」
「はい。実はソラちゃんはこの辺りに用事がある様なので、出来ればその用事が終わるまでは手出しをしないで貰いたいと思っています」
「負けたのにか?」
「しかし貴方は相打ちと言った」
「……ふっ、確かにな。まぁ良いだろう。お前が居るのならば傷つく事もあるまい。ここで手を引いてやる」
「ありがとうございます」
「だが、夕刻までだ。確かにエルネスト家まで届けろよ」
「はい。承知いたしました」
「では任せたぞ」
エドワルド・エルネスト氏はそれだけ言うと、屋根の上を走りながら、おそらくは冒険者組合の建物がある方へ向かっていった。
屋根の修理がどうのと言っていたから、その関係だろうか。
……俺も屋根を壊しちゃったし、後で修理費の話をするか。
と、いきなり金銭的につらい話を抱えながら俺は屋根から路地に降りるのだった。
「ただいま。桜。ソラちゃん」
「勝負は!? 勝負はどうなったの!?」
「まぁ、俺の負けだよ。エルネストさんは相打ちだって言ってくれたけど」
「ふぇええ、凄い!」
「そうかな? こんなにボロボロだけど」
俺は全身に負ったかすり傷をソラちゃんと、おそらくソラちゃんと桜の護衛をしていたであろう強盗団の様な者達に見せながら笑いかけた。
が、向こうから帰ってきたのは酷く真剣な表情と訴えであった。
「いやいやいや。エドワルド・エルネストと戦って生き残ったってだけで英雄ですよ!」
「そうそう! エドワルド・エルネストと言えば、獣人戦争の英雄! 数千の獣人に追われていた姫様を助け、無事に帰還したとか! 数百の獣人を一人で倒したとか! とんでもない逸話が残っている伝説の御方なんっすよ!?」
「獣人戦争? なんですかそれは」
「獣人戦争を知らない!? なんてこった。とんだ田舎者……! あーいやいやいや! ちょっと情報の入手が難しい地域からいらっしゃった御方……!」
「良いですよ。田舎者で。それで? 獣人戦争っていうのはどういう戦争だったんですか?」
「獣人とね、人間との戦争だよ」
俺の問いに答えたのは強盗団まがいの連中ではなく、ソラちゃんだった。
今までに見た事のない静かな目をして、静かに語る。
「遠い昔から獣人と人間の間には確執があったんだ。でも、二つの種族は別々の場所で暮らしていたから直接的なぶつかり合いは無かったの」
「……」
「でも、事件が起きた」
ソラちゃんは一つ一つ思い出す様にゆっくりと語り、その真実を俺に伝えてくれる。
「切っ掛けはシーメル王国のまだ幼い王子が殺された事から始まったんだ。シーメル王国は王子を殺した犯人を国内に居た獣人と断定。弁明の機会も与えないまま、その獣人を処刑した」
「……そんな事をすれば」
「うん。獣人側も当然黙ってない。彼らは怒りのままに人間の集落を襲い……全滅させた」
「なるほど。そして、その報復に人間も……という感じか」
「そうだね。村が一つ滅ぼされて黙っている人間は少なかったんだと思う。それから激しい戦争が始まって、いくつかの小国が滅びたって書いてあったから」
「……悲しい話だな」
「うん。本当にね」
「でも、今は戦争をしていないんだろう? エルネストさんのお陰かな」
「まぁ、そんな感じかな」
微妙に濁された答えに、俺は何かを感じたが、あえてそれは口に出さず小さく頷いて話を終わらせた。
そして、ソラちゃんの依頼をこなすべく話を変えて情報を聞く事にするのだった。
「そういえば、ソラちゃん」
「うん?」
「これからどこか行きたい場所があるんだろう? 道案内をしてくれないか?」
「え? でも……」
「エルネストさんには許可を貰ったよ。夕刻までには戻りなさい。との事だ」
「……お爺様が!?」
「という訳だから、案内して貰えるかな? 君が何を求めてここに来たのか」
「うん!」
そして、俺は桜と共にソラちゃんの行きたい場所へと向かうのだった。
歓楽街の奥の奥。
整備されていない家の並ぶ街の中にポツンと存在している大きな建物へ。
ソラちゃん曰く、孤児たちが多く生活している光聖教なる宗教を信仰している教会へ。




