第199話『神樹の|秘密《ちから》』
ヤマトにある神樹という木が枯れ始めているという事で、調査と治療に来たモモちゃんとリンちゃんであったが、どうも神樹は中々難しい状態である様だった。
神樹の近くでモモちゃんは難しい顔をする。
「うーん」
「どうじゃ? モモ」
「これはちょっと難しい状態ですねぇ」
「そうなのか……!」
「はい。まず神樹の状態ですが……驚くべき事に何一つとして悪い所はありません。寿命という事も無いようです」
「へ? そ、そうなのか?」
「はい。しかし、弱っているという事は確かです」
「何も悪い所が無いのに、弱っているという事か」
「そうです。もう少し詳しく調査をしたいですね。表面上だけでは分からない事が多いです」
「分かった。モモやリンが問題無いのであれば、こちらで衣食住を用意しよう」
「ありがとうございます。では長期の調査となりますので、よろしくお願いいたします」
理由は分からないが、弱っている。
それは、中々難しい状態だな、と俺は思いながら神樹に近づいた。
「ふむ」
「なんじゃ? 亮も見てみるか?」
「あ、いや。俺は専門家じゃないので、見ているだけですね」
「そうか。まぁ、気になるのなら、触れてみても良いぞ。亮なら、何か起きるかもしれんしな」
「……そうですか? では失礼して」
俺は楓ちゃんに許可を貰い、神樹に触れてみた。
「っ!?」
瞬間、俺の目の前には閃光の様な光が溢れ、世界の全てを白く覆っていく。
しかもそれだけでなく、その白き世界の向こうに何かが映し出されたのだ。
「……なんだ?」
それは、おそらく俺が今立っている場所が映し出されていた。
ただし、視点は神樹から建物の方を見ている様な状態で。
「これは……」
『母様! 母様! 見てみて! 上手でしょ!』
『本当ね。まだ覚えたばかりなのに、もうそんなに上手になって』
『へへ』
『むー! 桜ばっかりズルい! 楓だって、上手に出来るモン』
『はいはい。じゃあ貸してあげるよ。鞠』
『えーっと』
『足で軽くポンって蹴るんだよ』
『分かってるモン!』
『素直じゃないなぁ』
まだ幼い二人の少女が神樹の前にある庭で鞠を蹴りながら遊んでいる。
しかし、楓ちゃんによく似た少女は鞠を上手く蹴る事が出来ず、桜によく似た姿の少女に笑われているのだった。
二人はまるで姉妹の様によく似ていて……俺は何となくその姿を見て察してしまうのだった。
そして、楓ちゃんと桜によく似た少女の向こうには建物の縁側に座って微笑むセシルさんと、楓ちゃんと桜によく似た女性が座っていた。
おそらくは二人の母親なのだろうと思う。
俺はその幸せな光景を見ながらどうしたものかなと思っていると、不意に世界が暗くなり、現実の世界に戻ってくるのだった。
「っ、はっ!」
「ん? どうしたんじゃ? 亮」
「いや、今のは」
「今の? あぁ、亮も見えたんじゃな?」
「も、って事は」
「あぁ。わらわも見た事がある。母様も桜も見た事があった」
「私は見た事がありませんが」
「何の話ですか?」
「あぁ神樹を通して、どこかの景色を見る事が出来るという話じゃ」
「えぇー!? そんな事が出来るんですか!?」
「うむ。ただし。全ての人間が、という訳では無いがの」
「条件は……!?」
「神樹に触れる。それだけじゃ。それで何も見えなければ、どうやっても見えん」
「なるほど」
モモちゃんは頷きながら、そっと、神樹に触れようとした。
しかし、そこでハッと気づき、頭にピシャリと手を当てる。
「って、私もリンも、もう触ってるじゃない!」
「私たちは見えないみたいだね」
「うーん。残念!」
「そうなると後は……」
リンちゃんの視線が、スッとリリィちゃんへと向かった。
モモちゃんや楓ちゃん。セシルさんや俺の視線もリリィちゃんへ向けられる。
「……え? わ、わわ、私ですか!? ムリムリ! 無理ですよ! 何も見えませんよ!」
「やってみて、見なければそれで良いから」
「う、うぅ……」
リリィちゃんは酷く嫌そうな顔で、神樹にそっと手を向けて、チョンと一瞬だけ触れた。
だが、そんな事ではモモちゃんや楓ちゃんが納得できるワケもなく。
モモちゃんはちゃんと触って。と言い、楓ちゃんもそうじゃ! そうじゃ! とリリィちゃんを追い詰めるのだった。
そんな二人の反応に、リリィちゃんは心底嫌だなぁ。という様な顔で神樹に手のひら全てで触れる。
が、特に何も反応を示さないまま手を離すのだった。
「どう? どう? 何か見えた?」
「……いえ。何も」
「えー。そうなんだー。残念だなぁー」
リリィちゃんはモモちゃんの反応にホッとした様な顔で小さく息を吐く。
そして、楓ちゃんやモモちゃんは別の話を始めるべく再び神樹を見ながら口を開いた。
「まぁ、別に落ち込む様な事では無い。神樹は特別じゃからな」
「そうみたいですねぇ」
「あぁ。この神樹は神の世界に関わる人間にしか力を貸さないと言われておる」
「神の世界。ですか?」
「そう。深き森の奥に異界へと繋がる場所があり、その向こう側にあるとされる世界じゃ」
「へぇ。あ、という事は、亮さんも神の世界の関係者!?」
「もしくはその血を受け継ぐ者じゃ」
「ふぇー! すごーい! 神の血を継ぐ一族! って格好いいですねぇ!」
「そうじゃろう! そうじゃろう!」
楓ちゃんは腰に手を当てながら実に楽しそうな顔で笑い、モモちゃんとリンちゃんは凄い凄いと楓ちゃんを盛り上げていた。
そんな三人を少し離れた場所で見ながら、俺はリリィちゃんに軽く問うた。
「リリィちゃんはさ」
「っ! は、はい!」
「何が見えた?」
「え!? いや、私は何も……!」
「……」
俺はリリィちゃんの嘘をジッと見て、言葉を待つ。
リリィちゃんは少しの間。あうあうと言っていたが、やがて観念した様に小さな声で真実を語ってくれるのだった。
「……両親と兄が見えました。私がまだ家で住んでいた頃の景色です」
「うーん。なるほど」
リリィちゃんは家族が見えたらしい。
そして、俺も妹である桜と、桜の家族が見えた。
昔の景色を見せる事が出来るという事なのだろうか?
いや……しかし。
「ふふ。悩んでいますね? 亮さん」
「っ! セシルさん」
楓ちゃん達から少し離れた場所でコソコソと話していた俺とリリィちゃんであったが。
不意に後ろから、セシルさんが話しかけてきた為、リリィちゃんが軽く空に跳んだ。
「ビックリさせちゃってゴメンナサイ。ちょっと二人とお話したかった物ですから」
「は、はひ」
「俺も構いませんよ」
「では」
セシルさんは手をちょいちょいと俺たちに向けて、縁側の方へ来るようにと誘った。
俺たちはセシルさんに呼ばれるまま、縁側の方へと向かって、セシルさんと共に長く伸びた屋根の下で集まる。
「楓ちゃんに見つかるとまた怒っちゃいますから、静かにお願いします」
「はい」
「先ほどのリリィさんのお話ですが、私も黙っていますから、安心してください」
「は、はい……!」
「それで、神樹の話なのですが」
「……はい」
「神樹は先ほど楓ちゃんが言ったように、異世界から来た人か、その人の血が流れている人にのみ、『夢』を見せる力があるんですね」
「夢……ですか?」
「はい。夢です。触れた人が心の底から望む夢」
セシルさんの言葉に、俺は一つの納得を得た。
確かに、俺が望むのは桜の幸せであるし、本当の家族がこの世界に居るのなら、合わせてやりたいと願っていた。
だが、しかし。
どうやらセシルさんの話はそうそう簡単な話ではない様だった。
「そう。神樹は人に夢を見せるんです。だからこそ、危ない」
「危ない?」
「はい。人は、自らが願う幸福とは戦えない生き物ですから」




