第196話『|ヤマトの奥にいる脅威《神藤時道》』
ヤマトに来てから幾度となく行われてきた事であるが。
俺は神刀を握りながら、襲い来る侍を一人、また一人と斬り捨てていた。
十人を超えた辺りからもはや戦争かなとも思い始めていた。
しかし、残念ながらここはヤマトの街中であり、戦っている相手はヤマトの侍だ。
そして、俺も別にヤマトに攻め込んできた人間ではなく、依頼で来ただけの一般人である。
「はぁっ……! はぁっ……! 流石にしんどいな!」
「おぉー! 凄いのじゃ! 全員倒してしまったのじゃ!」
「さすがは亮さんですね」
「亮はそれほど凄い男なのか? リン」
「えぇ。亮さんはセオストで英雄の一人に数えられていますから」
「おぉー! 英雄か。瞬や時道とどちらが強いのかのう」
楓ちゃん達の言葉に俺は刀を納刀しながら近づいて否定する。
「瞬さんと俺なら、瞬さんの方が強いですよ」
「そうなのか!?」
「はい。セオストで一緒に戦って、瞬さんの方が強いと分かってます」
「そうなのかぁ~。しかし、実際に戦ってみなければ分からんじゃろ?」
「それは、そうですが……その場合はどちらかが死ぬまで終わらないと思いますので、試してみるというのは難しいですかね」
「ううむ。それは残念じゃのう」
楓ちゃんは本当に残念そうな顔で呟いた。
そんな楓ちゃんに俺は無理ですよ。と強めにアピールしておいて、雷蔵さんの隣に座る。
「おつかれ」
「えぇ、本当に。疲れました」
「そう言うと思ってな。ステーキを頼んでおいてやったぞ」
「それはありがたいんですけど……運動してすぐにステーキってどうなんです?」
「まぁ、普通なら血を流すからな。肉食うと良いってセシル様が言ってたぜ?」
「なるほど。聖女様は詳しいんですねぇ」
俺は別に血を流してはいないが、まぁ疲れている事は確かだしと思いながらステーキへと向かう。
ナイフとフォークで食べる気にもならず、そのままかぶりついて食べるのだった。
「しかし、お前もよく狙われるなぁ。何かそういう顔でもしてるのか?」
「自分では分かりませんけどね。雷蔵さんから見てどうなんですか?」
「まぁ、俺は何も感じないがよ。瞬や時道は戦いたいと言うだろうな」
「もうその言葉が全てかなと思いますが、俺が原因というよりは、ヤマトの侍が叩飽き好きで、珍しい人間と戦いたいだけじゃないのかという気がしますが」
「否定は出来んな。しかし、亮以外で、ここまで戦っている奴も知らんし。何かしら亮側にも問題がある様に思えるな?」
「その原因が分かれば話も早いんですがね」
「それはそうだ」
ひとまずステーキを食べ終わり、食後の茶を飲んでからホッと一息つく。
俺が食事をしている間にセシルさんが怪我人を治した様で、元気になった侍たちが周囲の店で食事をしながらワイワイと話しているのが聞こえてきた。
「異国の侍は面白い戦い方をするな」
「それほどか? 外から見ていると分からんが」
「実際に戦ってみると良い。刀をどれだけ振り回しても当たらんのだ」
「距離を詰められていないのではないか?」
「バカを言うな。俺は確かに神刀には選ばれていないが、刀を握り始めて四十年だぞ。距離感覚くらい分かるわ」
「つまり、刀の範囲に居るのに、当たらないという事か?」
「そうだ」
「そんな事があり得るのか?」
「試してみれば良い。摩訶不思議な体験が味わえるぞ」
「らしいが?」
「勘弁してください」
「理由を話してやったらいい。刀を振るう瞬間だけ外に出て、死角から高速で近づいているからそう感じるのだと」
「それを話せば納得して貰えるんですか?」
「まぁ、難しいだろうな。実際に試してみるかとなるだろう」
「意味ないじゃないですか」
「むしろ、今まで戦った奴も、面白そうだ。もう一度試させてくれ! と来る可能性が高い」
「最悪じゃないですか」
雷蔵さんとの話に俺は嫌な予感を募らせながら、立ち上がり楓ちゃんの所へ向かった。
楓ちゃんは食後の甘味を楽しみながら足をブラブラさせて、モモちゃんやリンちゃんと話をしていた。
しかし、このままではまずいので、介入する。
「楓ちゃん。そろそろ城へ行きませんか? 食事も終わりました」
「うむ。そうじゃな。面白い物も見る事が出来たしの」
「えぇ、えぇ。では早速行きましょう!」
「む? どうやら例の侍が城へ行くらしいぞ」
「では、その前に挑まねばなるまい!」
「やぁやぁ!」
俺は聞こえてきた声を無視して、失礼と言いながら楓ちゃんを抱きかかえて走り始める。
目指すはフソウの城だ。
白く美しい外壁の城である。
左右対称な所も含めてとても美しいと思う。
等という感想を抱いている暇もない程に、俺は走り、城内へと飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「だいぶ、急いでおったのぅ」
「まぁ、結構長居してましたからね」
「そこまで気にする事は無いかと思うがの」
「まぁ、まぁまぁ」
俺は何とか楓ちゃんを納得させつつ、地面に下ろして城の中で手続き等をしようとした。
しかし、ビリビリと空気を震わせる様な殺気に、俺はあらゆる考えが吹き飛ぶのを感じて、神刀に手をかける。
「亮?」
「……」
抜くことはしないが、このまま何もしないという事も出来ない。
いつでも戦う事が出来る様にと、神経を張り詰めた。
「姫巫女様を抱えて飛び込んできた故、何事かと思ったが……侵入者という訳では無いようだな」
「おぉー! 時道! 戻っておったのか!」
「えぇ。雪解けで動き始めた大型の魔物は全て駆逐しました」
城の入り口の正面にある階段をゆっくりと降りてくる男は、初めて会った時の瞬さんと同じくらい危険な男であった。
空気が震えるほどの殺気が周囲に満ちている。
それでも楓ちゃん達が平然としているのは、その殺気が俺に向けられているからだろう。
「……!」
「逃げもせず、さりとて抜くこともしない。中々面白いな」
「時道が瞬以外に興味を見せるのは珍しいの」
「瞬ほどの人材は中々居ませんからね。しかし、面白い男を連れてきましたね。姫巫女様」
「じゃろ? 亮というんじゃ」
「亮、ですか。聞いた事のない名前ですが……」
「亮はセオストから来た異国の侍じゃからの。そういう事もあるじゃろ」
「なるほど。異国の侍ですか。それは中々面白い」
時道と呼ばれた男は、楓ちゃんと話をしてから少し笑みを作って俺の方を見た。
そして、腰に差した神刀を抜くと、ゆっくりと俺の方に向かって歩いてくる。
「異国の侍。刀を抜いてもらおうか。興味がある。俺は時道だ」
「俺は亮です……が、興味だけでは、戦う理由には、ならないでしょう」
「あるな。ここがヤマトで、俺たちが侍であるのなら……それが理由だ!」
時道さんが神刀を構えて飛び込んできた為、俺は神刀を抜いて、時道さんの神刀を受け止める。
一瞬で体を持って行かれそうになるが、何とか足を踏ん張り地面を削りながらその場に踏みとどまった。
強いとか、そういう次元ではない。
この人は危険だ。
「ほぅ。この程度は容易いか。まぁ、姫巫女様の護衛をしているのならば……当然か?」
「それほど容易くは無いんですけどね!」
「そうか? 並の侍なら、ここで終わりだが、お前は話す余裕もあるんだろう?」
「そう言われると、困りますね……っ!」
俺はひとまず、時道という人の刃を流し、そのまま内側に入り込んで斬ろうとした。
が、その瞬間、酷く嫌な予感がして、後方へと飛ぶのだった。
「良い勘をしているな」
「……本当に、まったく、困ったものですね!」
俺は先ほどよりも、深く意識を集中して両手で神刀を構える。
「まだやれるか。やはり興味深いな」
「この程度では折れませんよ。小峰亮……行きます!」
そして、俺は神刀を構えて飛び込んだ。




