第191話『|彼女《リリィ》の衝撃』
深い眠りの中に居た俺は、リリィちゃんの声で目を覚まし、まだ半分寝ている頭を動かし始めた。
昨日は忙しい日だったなと思いながら、まだ眠い頭に気合を入れて、目を覚ます。
昼間はヤマトの侍と戦い、夜は夜でヤマトの姫巫女様と遅くまで話をしていたのだ。
そして、今朝はかなり早い時間からリリィちゃんの声で目を覚まして活動を始めている。
体はまぁまぁ頑丈な方だと思っているが、シンドイと言えばシンドイ状態でもあった。
「りょ、亮さん! これはどういう状況なんですか! 昨日の夜は何も無かったのに! どうして突然姫巫女様が現れて!? 亮さんと手を繋いで寝てるんですか!?」
「まぁ、落ち着いてよ。リリィちゃん」
「これが落ち着いていられる状況ですか!?」
「そうかもしれないんだけどさ。騒ぐと楓ちゃんが起きちゃうから」
「ん、んん~?」
「っ!?」
リリィちゃんは急いで口を塞ぎ、手と体を激しく動かしてどういう事なのか! とアピールする。
忙しい事だ。
俺は深い眠りの中にいる楓ちゃんから手を離し、やたらと豪華で広いテントから外へと出て、リリィちゃんに事情を伝えようと小声で話を始めた。
「実は昨日たき火が燃え尽きるのを待っていたら、姫巫女様が通りがかってね」
「……あの」
「何かな?」
「冗談を聞きたい訳じゃないです」
「いや! 本当なんだって! 信じられないかもしれないけど!」
俺はなるべく声を抑えながら必死にリリィちゃんへ訴える。
しかし、リリィちゃんは俺の言葉を信じてはくれず、どこか遠い目をしているのだった。
なんてこったい!
「……では、何故姫巫女様が夜、こんな場所を歩いていたのですか?」
「えと、なんでも冒険がしたかったらしいよ?」
「……」
リリィちゃんはジト目で俺を見据えると、大きなため息を吐いた。
その目はハッキリと告げている。そんなワケ無いだろう? と。
なるほど。
どうやらヤマトの住人全てが楓ちゃんの事を詳しく知っているワケでは無いらしい。
まぁしかし。
ヤマトの姫巫女様という存在は、他国における王様みたいな位置なのだろうから。
普通の国民が知らないのもおかしくないといえばおかしくない姿ではあった。
「確かに。俺も逆の立場だったら信じられなかったかもしれない。しかし、現実の話として、今ここに楓ちゃんとセシルさんが居るワケで」
「それは、そうですけど」
「それにこんな嘘を言ってもしょうがないだろう? 楓ちゃんが起きたらすぐにバレる嘘を吐いてどうするっていうんだい」
「……確かに」
リリィちゃんは信じがたいが、納得するしかない。
とでもいう様な顔で、小さく頷くとため息を吐きながらチラリと楓ちゃんが寝ているテントの方へ視線を向けた。
どこか落ち着かない様子だ。
「楓ちゃんが何か気になる?」
「あ、いえ! そういうワケでは無いのですが、国に居た時は、遠くからお姿を拝見するだけだったので、緊張してしまって」
「なるほど。まぁ、確かに分かる様な気がする」
「……本当ですか? 先ほどは姫巫女様と手を繋いで眠っていましたが」
「アレには深い事情があるんだよ。深い事情が」
「……」
リリィちゃんは何とも言えない目を俺に向けた。
何だろうか。リリィちゃんと言葉を交わせばかわす程に、評価が下がっている様な気がする。
いや、評価が下がっているという訳では無いのか。
呆れられているというか。
「亮さん。亮さんが小さな女の子に好かれる事が得意なのはよく分かります」
「リリィちゃん? 何か、酷い誤解がある様な気がするのだけれど」
「しかし、桜……ちゃんの様に心が広い方ばかりではありませんから。気を付けて下さいね」
「話を聞いて欲しい! 俺は別に小さな女の子を狙っている訳じゃないんだ」
「はい。分かっていますよ。狙ってはいないですが、好かれる様に行動しているんですよね?」
「してないよ!?」
とんでもない誤解だ。
俺はリリィちゃんの誤解を解くべく、必死に言葉を並べて説得した。
最後は納得してくれた様に見えたが、そろそろ皆さん起きてくる時間ですね。と言いながら準備を始めた事から、単純に時間の無駄だと考えて頷いた可能性が高い。
なんて事だ!
こんな罠が仕掛けられていたとは!
このままでは不名誉な称号を手に入れてしまう!
何とか汚名返上しなくてはなるまい……!
その為にも、作戦を考えなくてはいけないのだが、これ以上の説得は無意味だ。
余計に印象を悪くするだけである。
ならばどうするか?
……うーん。
今は何も思いつかないので、とりあえず朝食を食べてから考えよう!
という訳で、俺もリリィちゃんと共に朝の支度をして、起きてきたモモちゃんとリンちゃんに食事を渡す。
二人は眠そうな顔をしながら朝食を食べていたのだが、俺たちのテントの近くにもう一つ豪華なテントがある事に気づいて驚き声を上げた。
「わ! なんかテント増えてる!」
「夜の間に出来たのかなぁ。全然気づかなかったね」
「ね。ヤマトに用事のあった冒険者さんかしら」
「いえ。あちらのテントは、ヤマトの姫巫女様の物です」
「「っ!」」
リリィちゃんが放った言葉に、リンちゃんとモモちゃんが驚き、目を見開く。
完全に想定外という様な顔だ。
まぁ、俺だって逆の立場ならそうなるけれども。
「姫巫女様がここに?」
「私たちが来たのを知ってたのかな」
「かもしれないわね。普通に入ってきたし」
「……? どういう事でしょうか?」
「あぁ、それが……実は私達、姫巫女様のお願いでヤマトまで来たのよ」
「そ、そうなのですか!?」
「そう。神樹の元気が無いから診て欲しいってお願いでさ。それで春になったし、ヤマトまで来たってワケ」
「まさか……それで姫巫女様は夜遅くにここへ……?」
なんだなんだ?
よく分からないけれど、リリィちゃんが一つの納得した理由を見つけた様で、俺への目線が少しだけ弱くなったぞ?
少しだけ評価が回復した様に思う。
あれだ。
楓ちゃんが朝起きたらテントの中で寝ていて、俺が何かやって引き留めたと思われていたが。
モモちゃんやリンちゃんと会うためにここへ来ていたという事が分かり、評価が少しだけ良くなったという事だろう。
俺はひとまずこの流れに乗ろうと、二人に話しかけた。
「じゃあ、フソウへ行こうとしてたのも、姫巫女様に会うため?」
「そう。そこに居るって聞いてたからさ。でも、今ここに居るのなら、向かう必要は無いのかしら」
「でも、神樹がフソウにあるのなら、フソウに行かないといけないんじゃない?」
「まぁ、そうだけど。その辺りも姫巫女様が起きてから聞けば良いんじゃない?」
「そうだね」
モモちゃんとリンちゃんは納得した様で、スープを一口飲んでから小さく息を吐いた。
ある程度急いでいた旅であったが、不意にゴールが目の前にやってきた事で、急ぐ必要が無くなったのだ。
のんびりと朝食を食べて、のんびりと考えようという事だろう。
「でも、よく分かったわね。私たちがここにいるって」
「そういえば、そうだね。私たちはテントの中で寝てたし」
「おそらくですが、外に亮さんが居たからだと思います」
「あぁ。そっか。昨日の夜はたき火を消すまで起きてたんだっけ」
「そ、そうだね。火の番をしていたら、姫巫女様が通りがかって、話をしていたらって感じだね」
「ふーん。運が良かった。みたいな感じなのかな」
「良かったんじゃない? 姫巫女様と会うのは手続きも結構大変だって話だったし」
「まぁ、そうね。動きが早いのは良い事だと思うわ」
リンちゃんとモモちゃんは納得したと頷き、リリィちゃんもなるほどと小さく頷いているのだった。
危機は去った!!
と思われる。
分からないけど!




