第19話『|世界最強の男《エドワルド・エルネスト》』
ソラちゃんに案内されるまま、俺達は大通りを歩き、セオストの南東区画へと足を踏み入れていた。
先ほどソラちゃんが紹介する時に濁していた場所だが、足を踏み入れて少しばかり歩いてみれば分かる。
正直あまりいい場所ではない。
「ソラちゃん」
「なぁに? リョウお兄ちゃん」
「ここに、君の家はないね?」
「え? いや、そんな事はないけどなっ!」
「嘘を吐いても分かるよ。ここは君みたいな身なりの子が来る場所じゃない」
俺は大通りから区画の中に入って、すぐに感じた匂いと気配に意識を尖らせながらソラちゃんに問うた。
神経を研ぎ澄ませているからか、ソラちゃんは一瞬ビクッと震えた後、小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。
「謝る必要は無いよ。ただ、ここに来たかった理由はあるんだろう?」
「……うん」
俺は手の先から感じる怯えた気配にため息を心の中で吐きながらソラちゃんから手を離した。
そして、状況を察したのか左手から離れた桜にソラちゃんを託す。
「え? え?」
「ほら、お兄ちゃんの邪魔になるから」
桜はソラちゃんの手を掴むと少し離れた場所に移動し、何かあった時、俺がすぐ駆けつけられる場所に立っていてくれる。
当然桜の周囲に物陰はなく、不意打ちなどの心配も無いだろう。
これで、俺は安心してこちらを狙っている連中の相手が出来るという訳だ。
「何か用があるなら、出てきて話をしたらどうだ。見ているだけじゃ何も始まらないだろ?」
そして俺は、およそ子供が来るべきじゃない店の並ぶ通りの路地から出て来た怪しげな者達に視線を向けた。
足元はしっかりしており、特に酔っている様な様子はない。
が、手に持ったナイフは間違いなく敵意をこちらに向けていた。
「よぉ、兄ちゃん。威勢がいいな! ここがどんな場所か知ってて言ってるんなら褒めてやるぜぇ!?」
「生憎と、セオストには昨日来たばかりでね。教えてもらえると助かるんだが」
「ぎゃははは! 本気かよ! コイツ!」
「哀れな奴だ! もう少し賢いか、慎重ならこんな所で死ななかったのにな!?」
俺はギャアギャアと元気な連中から視線を外さず、桜たちにも意識を向けたまま腰に差した刀の鯉口を切った。
「教えてはくれないみたいだな」
「へっ! 知りたきゃ、天国でママに教えてもらいなァ!」
四人ほどいた男たちはそれぞれナイフを振りかざしながら走ってくる。
が、連携はバラバラ。走り方も、ナイフの構え方もなっちゃいない。
人を殺すという覚悟も足りない――
「ふぅ」
俺は息を吐いて小さく一歩を踏み出した。
そして流れる様な仕草で刀を抜き、反応も出来ないでいる男のナイフを根元から、斬る。
そのまま男の隣を歩きつつ、足を引っかけて転ばしながら次の男のナイフを肘で弾き飛ばし、次の男のナイフを掴んで奪いながら二番目の男を足場とした。
空中を歩きながら驚き固まっている四人目の男のナイフに向かって奪い取ったナイフを振り下ろし、共に砕いてから四人目の男を踏みつけて桜のすぐ傍に跳ぶ。
「動くな。お前がナイフを振り下ろすよりも前に、俺はお前を殺せる」
「……うっ!」
そして桜に向かって走っていた女の首に刀の切っ先を当てて、動きを止めるのだった。
女は、もはや勝てない事を察したのか持っていたナイフを手放し両手を上に上げた。
だが、武器を手放したからと言って、安全という訳でもない。
とりあえずは倒れている男たちの方へ向かわせてから、納刀するのだった。
「さて。目的を聞こうか。強盗諸君。それとも全員命を捨てるか?」
「ま、ままま、待ってくれよ!」
「俺達雇われただけなんだ!」
「雇われた? どんな奴にだ」
突発的な犯行ではなく、何かしらの組織が絡んでいる様な気配に、俺は目を細め、左手に力を入れる。
最悪の場合、ここで全員を始末する必要があるからなのだが……。
「エドワルド・エルネストって言ったら、アンタも分かるだろ!?」
「お爺様が!?」
ソラちゃんの驚いている反応を見て、嵌められた訳ではないらしいと察しつつ、俺は何が起きているのか知る為に強盗団に事情を聞こうとした。
しかし、その前に屋根の上から何かが降ってくる気配がして桜とソラちゃんを抱えながら大通りの方へ飛ぶ。
「ふっはっはっはっは! 反応は悪くない! 若造にしては中々やるじゃないか」
「……」
空から降って来た爺さんは、勢いよく降りて来た割に地面に一切の衝撃を与えず、振り下ろしてきた剣もまた空中でピタリと止めていた。
地面スレスレまで剣は降りているし、爺さん自身も深く沈みこんだ体勢ではあるが、あの感じじゃあ途中で止める事も一応は出来たのだろう。
それをするかどうかは分からないが。
「試してやろう。行くぞ」
「っ!」
俺は咄嗟に桜とソラちゃんを軽く近くに投げ刀を抜いた。
そして、爺さんの剣を受け止める……が重い!
爺さんの勢いを止める事が出来ず、俺は大きく後方に吹き飛ばされてしまう。
「足腰がまだまだだな!」
「この!」
「速さも今一つ」
後方に吹き飛ばされた俺に追撃をする様に突っ込んできた爺さんに刀を振るうが、爺さんは一瞬で俺の視界から姿を消し空に跳んでいた。
随分と人間離れした爺さんである。
「まぁまぁ、それなりという所だな」
「ぐっ、かっ!?」
そして空中を蹴ったとしか思えない動きで、空中から俺に向かって落ちて来た爺さんは俺を踏みつけ、地面に落とすのだった。
「ふぃー。久しぶりに良い運動になったな!」
「お、お爺様!? こんな所で何をしているんですか!?」
「何って、可愛い可愛い孫娘が朝から家を抜け出して冒険をしていたのでな。見守っていたんだよ」
「ずっと見ていたんですか!?」
「あぁ。下手な嘘を吐いて、歓楽街へ向かおうとしている所もしーっかりと見ていたぞ」
「~~!?」
「しかし嘘が甘いのー。コヤツはしっかりお前の嘘に気づいておったぞ」
「そんな!」
「さ。怖い想いもしたし。こんな所には近づかん方が良い。家に帰るぞ」
「嫌ですぅ!」
「何!? 我儘を言うんじゃない! お勉強なら家で、お爺様の膝の上でやれば良いだろう!」
「数字だけでは分からない事が世界にはいっぱいあるんです! だから!」
「……あぁ、そうだな」
「む!?」
俺は地面から飛び起きて、一応当てないつもりで爺さんに向かって刀を突き出した。
が、爺さんは俺の攻撃を察知し、とんでもない速度で屋根の上まで跳ぶ。
「悪いな。爺さん。俺は冒険者って奴でな。依頼主であるソラちゃんから一つの依頼を受けてるんだよ」
「ほぅ……しかし、その依頼はソラリアを自宅へ送り届けるという物だろう? ここに自宅は無い」
「分かっているさ。だから、少しばかり寄り道をしてから自宅へ送り届ける。それが俺の任務だ……!」
俺は頭から血が流れるのを感じながら、刀を真っすぐに構えて屋根の上にいる爺さんを睨みつけた。
爺さんは、重さを感じさせない動きで地面に降り立つと俺を真っすぐに見据えて剣を構えた。
おそらくは何も特徴らしい特徴のないであろう普通の剣を。
「あえて死に急ぐ必要も無かろう」
「あいにくと、子供を見捨てて自分だけ助かる様な人間じゃないんだ」
「ここでソラリアを手放したからと言って、ソラリアが傷つく事は無いがな」
「どうかな」
「ん?」
「傷つくってのはさ。何も体だけじゃないだろ? 心だって傷つく。傷つけば、痛みは残り続ける……!」
「ふっ、ならばどうする?」
「押し通る……!!」
「良い覚悟だ! かかってこい! 若造!」
俺は爺さんに向かって刀を振り下ろしながら突っ込んだ。
勝算など欠片も無いだろうが、捨てられない意地の為に。




