第189話『|亮の真実《戦い好き》』
異世界……つまりは俺のいた世界に行ってみたいという楓ちゃんの発言に、俺はどうしたものかと考えてしまった。
甘える様にコロコロと体を転がす楓ちゃんは桜に似て可愛らしいが、そう簡単に頷く事は出来ない。
「正直なところ、向こうの世界に行くのはオススメ出来ないですね」
「なんでじゃ!」
「俺の妹が、向こうの世界で苦しんでたからですよ」
「妹……?」
「はい。こっちの世界から迷い込んできてしまった子で、向こうは魔力が無いから、動く事も出来なくて、苦しい思いをずっとしていたんですよ」
「それほど過酷なのか……!」
楓ちゃんは酷くショックを受けた様な顔で両手を俺の腕から離して、身を投げ出した。
とは言っても、俺が支えているから、完全に寝る体勢とはならないのだけれども。
「妹がこのままでは危ないという事で、俺もこちらの世界に来ましたからね。危ないですよ。向こうは」
「そうなのか……悲しいのぅ」
「まぁ、話ならいくらでも出来ますから」
「ぷー」
「それに、俺も戻る方法は分からないですからね。連れていく事は難しいですよ」
「なんと! では亮はもう家族と会えんのか!?」
「まぁ、元々俺の家族は妹を除いて全員いませんから。こっちにいても、向こうに居ても変わりませんよ」
「それは……悲しいの」
楓ちゃんを支えている腕に寄り掛かりながら、楓ちゃんは小さく呟いた。
その言葉の中には、楓ちゃん自身の寂しさも含まれている様で。
俺は楓ちゃんに感謝しながらも、事情が気になってしまう。
まぁ、無理に聞き出す様な物でも無いのだけれど。
「亮は寂しくないのか?」
「大丈夫ですよ。血の繋がりは無くても、家族が居ますから。実は妹が沢山居るんです」
「そうなのか!」
「気が付いたらそんな事になってましたね」
「そうか。それは賑やかで楽しそうじゃのー」
コロコロと楽しそうに笑う楓ちゃんに、俺も頷いた。
そう。賑やかで楽しいのだ。
「あ! 良い事を思いついたぞ!」
「うん?」
「亮! わらわもお主の家族になってやろう!」
「それは、まぁ、嬉しいですけれど。俺は依頼が終わったらセオストに帰ってしまいますよ?」
「問題ない! わらわもセオストへ行けば良い。もっと異世界の話を聞きたいしの!」
「えー、と、それは……?」
問題があるのでは? と視線でセシルさんへ問いかけるが、セシルさんはニコリと微笑むばかりであった。
止める気は無さそうだ。
「いや、流石にそれは問題があるのでは?」
「何が問題じゃ」
「ヤマトは姫巫女様が管理しているんでしょう? 楓ちゃんが離れちゃったら、ヤマトの人達も困ってしまうのでは」
「問題ない。わらわの仕事なぞ、何か会った時の仲裁くらいじゃし。それならばセシル様がやって下さる」
「え? 楓ちゃんがセオストに行くのなら、私も行きますけど」
「えぇ!?」
「それはそうでしょう。もし楓ちゃんが怪我や病気になったらどうするんですか?」
「それは、そうじゃが」
「それに、楓ちゃん一人では亮さんに迷惑をかけるだけですよ。家だって借りないといけないんですから。一人で出来ますか?」
「う、うぅ……できぬ、の」
「であれば、私も付いていかなくてはいけないという事です」
「うー! でも冒険したい! 冒険したい! 冒険したいのじゃー!」
「あらあら」
不満そうに楓ちゃんはジタバタと暴れた。
が、暴れても意味がないと察したのか、ある程度暴れてから落ち着いて、シュンとなってしまった。
「わらわも冒険がしてみたいんじゃがなー」
「いつでも出来ますよ。それに、今も冒険しているではないですか」
「ヤマトの中ではないか! それに! どうせ見ておるんじゃろ! 雷蔵! 返事をせい! 雷蔵!」
楓ちゃんが俺の腕を握りながら半身を起こし、俺の足の上に座りながら叫ぶ。
その声は、誰かに呼びかけている様な声であった。
が、周りには誰の気配もない為、誰も居ないよと俺は言おうとしたのだが……。
「はいはい。何か用でございますか? 姫様」
「お主! 何をしておる!」
「何をしてるって、護衛をしてるんですよ。護衛。分かりますか? 護衛って意味」
「分かっておるわ! バカにするな!」
「わっはっは。これは失礼」
俺は突如として暗闇の中から現れた男に目を見開いた。
あり得ない。
だって、さっきまで何の気配も感じなかった。
今だって、目の前に居るのに、どこか気配が薄い。
「ほれ! 見ろ! これのどこが冒険じゃ! セシル様が居て! 護衛の雷蔵が居て! 何も起こらんわ!」
「まぁ、何も起こさせないのが護衛ですからね」
「それじゃ、冒険にならんじゃろー! ドキドキワクワクしたいんじゃー!」
「それなら、ほら。姿を消してますから。存分にドキドキワクワクして下さい」
「護衛が居ると分かってて、イザとなったら助かるのに、ドキドキもワクワクもあるか!」
「まぁ、みんな気づいてないだけで、子供の冒険は大抵そんなモノですよ。姫様」
「納得出来ん!」
「まぁ子供の時はみんなそう思うんですよ」
「わらわはもう子供じゃなーい!」
「子供は皆さん、そう仰るんです」
「うがー!!」
わいわいキャイキャイぎゃあぎゃあと楓ちゃんが騒いでいる間にも、姿を消したり現れたりする男を見て、俺は内心驚愕していた。
ヤマトには恐ろしい使い手が多いとは聞いていたし、実際、瞬さんもそれ相応の化け物だった。
リリィちゃんが自分を落ちこぼれといういくらいだ。強者が多い事は良く分かる。
しかし、ここまでの規格外が居るとは驚きだ。
完全に気配を掴めない人間が居るとは思わなかった。
戦ったとして、勝てるだろうか。
分からない。
分かることは戦わない方が良い人間というだけだ。
「んー。あー。時に、そこの小僧!」
「……なんでしょうか」
「そう殺気を向けないで貰おうか。俺は、瞬のアホや時道の間抜けと違い、戦いが好きでは無いんだ。面倒でな!」
「……?」
「だから、戦いたいのなら別の奴にしてくれ。俺は強さの順位なんぞに興味はない。何せ、俺が最強なのは分かり切っている事だからな! わっはっは!」
「……まぁ、そういう事なら、俺も別に戦いは好きじゃないので」
「はっ、よく言う」
「む」
「殺気がだだ洩れだぞ。小僧。どこからどう見ても戦い好きの戦闘狂だろうが!」
「なっ!? そ、そんな事は!」
「ある! あるぞ小僧! 証拠が欲しいというのならば、当ててやろうか? お前、ヤマトに入ってから多くの侍と戦ってきただろう!?」
「っ!」
「連中はお前の殺気に当てられて、戦いたくなってるんだ。さらに証拠を突きつけるのなら! お前の仲間たちは一切戦いを仕掛けられなかった筈だ! 例え強者であろうともな!」
ぐうの音も出ない。
何か反論したいが、何も出てくる言葉は無かった。
「どうだ。この天才的な指摘は。完璧だっただろう? 反論の余地はなかっただろう! そうだろう!?」
「そう追い詰めるな。雷蔵」
「ははっ! 承知いたしました」
「それにな。雷蔵。お前の意見には一つ大きな間違いがある」
「ほほぅ」
「亮の殺気と言ったがな! その殺気とやらはわらわには向けられておらんという事だっ!」
「まぁ、それはまぁ」
「流石に」
「分かっておらんの。わらわが感じないという事は、亮は誰でもかんでも殺気を向けていないという事じゃ。ずばり! 戦闘狂ではない! という事じゃな」
「姫様。それは当たり前の話なんですよ」
「なぬ!?」
「戦闘狂という奴は、ようする戦いたい奴な訳です。しかし、姫様は弱い。風が吹けば飛んで行ってしまう程に! 弱い! そんな相手に戦いを仕掛ける意味はありませんな。わっはっは!」
「何もおかしく無いじゃろうが!」
男の発言に楓ちゃんは怒りをあらわにし、今回何度目かの怒声を投げつけるのだった。




