第182話『|ヤマトへの困難な旅路《リョウの苦悩》』
のんびりと色々な話をしながらヤマトを目指して歩いていた俺たちは、日が沈むよりも前にキャンプ地点を決めてキャンプの準備を始めた。
セオストを出てからそれほどの距離を歩いていないし、まだモモちゃんとリンちゃんも疲れていないが、早めに休む場所を決めないと、魔物に襲われる危険性もある為だ。
まぁ、セオストからあまり移動できなかった原因は、セオストで色々な手続きをしていた為、出るのは昼過ぎとなってしまったからだが。
初日からそこまで頑張る必要は無いだろうという気持ちがあったのも確かだからだ。
「という訳で、今日はこの辺りでキャンプをしようと思います」
「わー!」
「おー!」
「はい」
何故か盛り上がっているモモちゃんとリンちゃんに笑みを返しつつ、リリィちゃんと共に場所の選定を始めた。
地面や周辺の木々を見て、状態を確かめながらキャンプに良い場所を探す。
「ここの木々は上部の葉が綺麗に残っていますので、背の高い魔物が通る事はないのだと思います」
「地面も踏み固められないし、ある程度柔らかいね」
「はい。おそらく、まだセオストに近い場所なので定期的に魔物の駆除が行われているのだと思います」
「なるほど……ここら辺で一度キャンプにしたのは正解だったかもしれないね」
「そうですね。場所はそこまで拘らず、奇襲だけを気にすれば良いと思います」
「となると、街道のすぐ傍が一番良いかな。特にこの辺りの道は馬車も通らないし」
「良いと思います」
リリィちゃんとの相談で、キャンプ地を決めた俺は早速テントを張り、荷物の整理をリリィちゃんにお願いして夕食を捕まえに行く事にした。
とは言っても、まだセオストを出る時に持って来た食料があるから、何も無いなら何もないで良い狩りだ。
という様な、軽い気持ちで森へ向かったのだが。
何だかんだと森の中で暴れていたイエローチキンに出会う事が出来た為、一匹狩って、解体してかた持ち帰る事にした。
「ただいま」
「あら。流石はリョウさん。何も取れないかも。なんて言ってたけど普通に捕まえて来てるじゃない」
「運が良かっただけだよ」
俺は笑いながら、肉をリリィちゃんに渡して調理をお願いしつつ、俺もたき火の管理なんかを始める。
「そういえばさ」
「うん?」
「さっき場所を決める時に、ここの街道では馬車が走らないって言ってたじゃない。なんで?」
「あぁ。ここはヤマトまで通じる街道なんだけど、ヤマト以外は行けないし。ヤマトへの通行もそれほど多くないから、大規模な街道の整備とかはしてないんだよ」
「ナルホド。馬車が通れるだけの道になってないって事か」
「無理に進む事は出来そうですけど、壊れてしまいますしね」
「そう。後は、それだけじゃなくて。魔物が多いから、大きな音を立てて動いてると、狙われちゃうんだよ」
「それは……確かに難しいですね」
「魔物に襲われたら馬車じゃ逃げきれないかもしれないから、誰も走りたくないって感じかな」
「そんな感じだね」
俺はたき火に木の枝を放り込みながら、リリィちゃんが作ってくれた夕食を受け取った。
それを食べながら、地図を見て、ヤマトまでの道のりを確認する。
「ふむ」
「どんな感じですか?」
「まぁ、順調といえば順調だよ。特にトラブルが起きそうな距離でも無いけど」
「そうですねぇ」
「問題が起きるとすれば、山の合間を歩く辺りかな。地図から見るだけでも、街道から山が近すぎて急襲されると対応が送れる可能性が高い」
「いっそ街道から外れて山に入るという選択肢もありますよ」
「あー、なるほど」
リリィちゃんの提案に頷いていると、俺たちの話を黙って聞いていたモモちゃんが、俺達の方を見ながら声を掛けてきた。
「ちょっと、ちょっと。山から何か来るかもしれないのに、山に入るの? 危なくない?」
「まぁ、そうなんだけど。山の中は視界が開けて無いからさ。魔物だけじゃなくて、こっちも隠れられるんだよ」
「あー、そういう事かぁ」
モモちゃんは納得し、うんうんと頷きながらリンちゃんと笑い合う。
「よく考えてるわよねー。やっぱりリョウさんを雇って良かったわ」
「ね。凄いね」
「いや、こういうのは俺も冒険者になってから覚えた事だからね。冒険者の先人が凄いんだよ」
「でも、そういう知識をしっかりと活かす事が出来るのも大事だと思うわ」
「まぁ、そう言われるとそうかもしれないけど」
何とも気恥ずかしいものだ。
俺は異様に持ち上げられる現状に、顔の熱さを感じつつ、夕食の肉を口に含んだ。
当分は話さないという意思表示でもある。
「ふふ」
「リョウさんって、たまに可愛いよね」
「ね」
「分かります」
いよいよ嫌な空気になってきたな。
と思いながら俺は肉にスープにと口に付けてゆく。
今までも周りには女の子が多く居たのだが、今回の三人は何とも接し方が難しかった。
俺は旨いスープを口に付けながら、女の子達の会話を聞く。
聞いてはいけない会話の様な気もするけど、目の前で行われているのだから、聞かないというのもまた、難しい。
「やっぱり男性って、格好いいだけじゃなくて、可愛さもあると良いよね」
「無口な方が、たまに優しさを見せてくれるとか」
「強くて頭も良いのに、褒められると照れてしまうとか」
「良いですね!」
「みんな結構色々考えてるのねー」
「色々な人と話しますしね」
ワイワイと盛り上がっている女性陣をチラリと見つつ、俺はこの居心地の悪さをどうしようかと考えていた。
いや、考えたところで解決策など無いのだが。
ただ、こうして思考を働かせているだけで、多少でも意識を逸らす事は出来るのだ。
とりあえず今日の夜はこうやって思考の海に潜り何とか平静を保って行こうと思う。
「……さん。……さん!」
「はっ!? 俺の事呼んだ?」
「はい。呼びましたよ」
「何か事件かな。魔物が出た気配はしてなかったけど」
「いや、魔物は出てないんですけど」
「リョウさんはどんな子が好み? って聞こうかと思って話しかけてたの」
「あー、なるほど」
俺は嫌な現実に帰って来たなと思いながら、期待の色に光る六つの瞳に嘆息する。
それほど興味を持たれても面白い物は何も無いのだけれど。
「俺は……まぁ、大人の女性が好きだよ」
「やはり、そうでしたか」
「やはり。って事は結構有名なの?」
「そうですね。冒険者組合でも結構有名で、一時期はオリビアさんという方にアプローチしていたと、噂が」
「へー。オリビアさんかぁ。どんな人?」
「最近は出勤が減ってしまったのですが、以前は受付をされていた方で。落ち着いた女性の方で、とても優秀な方でした」
「ははーん。なるほど。大人な女性ってそういう事かー。ふぅーん。リョウさんってそういう人が好みなんだぁ」
俺はモモちゃんの言葉と視線から逃れつつ、視線を逸らして空を仰いだ。
既に日は落ちており、夜空には無数の光が瞬いている。
そういえば、この世界にも星があるんだよなぁ。なんてことを考えながら、現実逃避するのだった。
「あれ? でも一時期って事は……」
「まぁ、そういう事です」
「へー。意外! リョウさんって冒険者の中では最高クラスでしょ? そんなリョウさんを断るなんて王族とでも付き合ってたのかしら」
「いや、オリビアさんは幼馴染の方と婚約されまして」
「へー。そうなんだ!」
「愛ですねぇ」
「は! という事は今、リョウさんは誰も想い人が居ない状態に!?」
「セオストの女性方は放っておかないのではないですか」
「それがそうでも無いんですよ。ほら、リョウさん桜ちゃんやココちゃんのお兄さんですから」
「「あー」」
何か、酷く心外な話をされている様な気がしながら、俺はため息を吐き、空を仰いだまま目を閉じるのだった。




