第18話『初めての|依頼《クエスト》』
朝も早くから家のチャイムが鳴り響き、何事かと玄関に向かってみれば、満面の笑みを浮かべたソラちゃんが立っていた。
どうやってこの家を調べたのか気になるが、聞かない方が精神衛生上良さそうである。
「おはよう! お兄さん!」
「あぁ、おはよう。えっと、何かこの家に御用かな」
「ううん。用があるのは家じゃ無くて、お兄さんの方!」
「……あー、そっかぁ」
俺は昨日のやらかしを思い出し、遠い目をしながら頷く。
さて、どうするべきか悩ましいな。
いざという時はセオストを脱出しないといけないが……。
「んー? あ、そっか。ごめんごめん。悪い話を持ってきた訳じゃないよ。依頼をしに来たの!」
「依頼?」
「そう。依頼。どうかな。受けてくれるかな?」
「受けてくれるかって言われてもな。内容を聞かないと頷けないよ」
「……ふーん。まっ、それもそっか」
ソラちゃんは一瞬悩んだ様な顔を浮かべた後、満面の笑みで頷き、俺の手を掴んで握りしめ、上目遣いで語り掛ける。
「お願い……お兄さん。私を外まで連れて行って?」
「外?」
「そう。門の外。良いでしょう?」
「危ないから駄目だよ」
「そんな事言わずに! お兄さん、個人戦闘力Bランクなんでしょ! それだけ強ければ近くの森なんて全然大丈夫だよ!」
「俺が大丈夫でも、ソラちゃんは危ないからね。ダメ」
「ぶー」
頬を膨らませながら不満を示すソラちゃんに俺は背中で冷や汗をかいた。
何故なら既に貴族の中で俺の情報が回っているからだ。
ソラちゃんくらいの子供が知っているという事は、当たり前の様に大人は知っていて、話に出ているという事だろう。
ロクでも無いな。
「ちぇー。やっぱりダメかー」
「さ。分かったらお家に帰りな」
「はぁーい。あー、でも、どうしようかな」
「ん? どうしたんだい?」
「いやね。私朝早く家を抜け出してきたから、帰りに怖い人に攫われないかなって怖くて」
「あー」
俺はすっかり朝日の上がった玄関の向こうの世界を見て、声を上げた。
確かに、そうだ。
早朝が安全という訳では無いだろうが、少なくともこれから人が溢れてくるであろう時間よりは安全であっただろう。
そして、これから通りには人が溢れるだろうし、この子を一人で返して何かがあっても心配だ。
「分かった。お兄さんが家まで送っていくよ」
「良いの!?」
「まぁ。これくらいはね」
俺は最悪の事態を考え、廊下の向こうでこっちの様子を伺っている桜を呼び、二人でソラちゃんを自宅まで送っていく事にした。
桜を連れて行く事はリスクがあるが、傍に居る方が最悪の事態に対応しやすいのだ。
という訳で桜は玄関まで来た訳だが、当然の様にソラちゃんとは視線を合わせない。
「桜」
「……っ」
黙って首をフルフル。
挨拶はしたくない方針らしい。
さて、どうするべきか。
「サクラちゃんは恥ずかしがり屋さんなの?」
「まぁ、そういう事だね」
「ふーん。じゃあ、お姉さんのソラちゃんから挨拶してあげるね。はじめまして! サクラちゃん」
「……お姉さん?」
ソラちゃんの挨拶は無視して、桜は俺の背中から少しだけ顔を出し、ソラちゃんを見つめた。
その瞳には疑う様な、怪しい物を見る様な雰囲気が宿っていた。
「私、桜。初めまして。でも私の方がお姉さんだから」
「えー? そんな事ないよ! ソラちゃんの方がお姉さんだと思うなっ!」
「じゃ、じゃあ、年齢! 私、12歳。あなたは」
「うっ」
「ほら、言えない! 私の方が年上なんだよ。ソラちゃん。ちゃんと桜お姉ちゃんって言ってよね」
「……ふ、ふーん。ソラちゃんだって来年には12歳だもん」
「その頃には私は13歳になってるから」
「むー!」
なんて不毛な争いなのだろう。
1歳差なら仲良くすれば良いと思うのだけれど、譲れない物があるのだろうか。
まぁ、良い。とりあえず仲良くはなった。
桜がこんなに話すのなら問題は無いだろう。
「じゃあ、とりあえず挨拶も出来たし。お兄ちゃんはソラちゃんを送っていくけど、桜はどうする?」
「行く!!」
ソラちゃんをジッと見つめながら叫ぶ様な声で言った桜に、心の中でだろうなと思いながら俺は頷いた。
そして、右手はソラちゃん。左手には桜と、それぞれ手を繋いで俺はソラちゃんの家を目指すのだった。
家を出てすぐ目の前にある通りを歩いて、三人が横に並んでいても問題ないくらい広い大通りに出る。
おそらくソラちゃんは貴族の区画から来たからそのまま大通りを縦断して向かい側にある区画に行けば良いのだが。
「あ、お兄さん。ソラちゃんの家はこっち!」
「え?」
何故かソラちゃんは冒険者組合の建物がある方向を示した。
どう考えてもそっちに家があるとは思えない。
だが、自信満々に言われてしまえば、この街についてほとんど知らない俺は頷く事しか出来ないのだった。
「このまま道をまーっすぐに進んでね!」
「それは構わないけれど、どこまで行くんだい?」
「だーかーらー。ソラちゃんのおうち!」
これは嘘だな。
ソラちゃんは嘘を吐いている。
それは間違いない。
だが、その目的が見えない事も確かだった。
何か目的があるのか、はたまた気まぐれか。
悪い事を考えている様には見えないが……一応探ってみるかぁ。
「そういえば、俺達は昨日この街に来たばかりなんだけどね」
「うん」
「まだこの街の事はそれほど詳しくなくてね。どこのどういう場所があるのか分からないんだ」
「へー。あ! それなら、ソラちゃんが案内してあげようか!?」
「良いのかい? 急いで家に帰った方が良いだろう?」
「いいの! 折角抜け出してきたんだから!」
家出少女をかくまった場合の罪はどの程度か。
俺は考えながら笑顔でソラちゃんに頷く。
「まずね、まずねーセオストは大きく五つの区画に別れてるんだけど」
「うん」
「お兄さんたち冒険者さんや騎士さんが住んでるのが北東の地区。そして、貴族とか偉い人が住んでるのが北西の地区ねー」
「うんうん」
「それで、街の維持管理をしたり、魔導具を開発したり、道具を作ったりしてるのが、南西の地区で、後は……その、残った人はみんな南東の地区に住んでるの!」
「なるほど。あれ? 後一つは?」
「あ、そうそう! 西側の壁の向こうにはすっごい広い土地があって、そこでは農作物を作っている人たちが居るんだよ! ここで働いている人は外と街と二つ家を持っててね。時期によってどっちに住むか変わるんだ」
「丁寧な説明ありがとう。これで何となく全体像が分かったよ。ソラちゃんは勉強熱心なんだね」
「えへへー。まぁね! お爺様の跡を繋がないといけないから、毎日頑張ってるの!」
「そうか。偉いね」
「でしょでしょー?」
「うん」
「でしょでしょー?」
「……」
「……」
何かを期待する様にソラちゃんの目がジッと俺を見ていた。
その何かを察せない程、俺は鈍くないが、果たしてソレをしても良いのか疑問ではある。
しかし……純粋に甘えている子を無視できないのも俺という人間な訳で。
「偉いね。ソラちゃん」
「っ! えへへ。うん!!」
満面の笑みで喜ぶソラちゃんを見て、一定の満足を得てしまうのも俺という人間であった。
「お兄ちゃん。桜は?」
「え? あぁ、そうだな。桜も偉いな」
「……うん」
何故か流れで桜の頭も撫でる事になり、なんだこの姿はと思いながら、俺はとりあえず話を変えようと、直前に出て来た言葉についてソラちゃんに尋ねる事にした。
「そういえば、さっき言ってたけど、お爺様って……」
「あ。お爺様? エドワルド・エルネストっていうんだ」
「……なるほどね」
それは、以前聞いたこの街で最も強く恐ろしいと言われる者の名前であり。
俺は、選択を間違えたのではないかと心の中でため息を吐くのだった。




