第179話『|祭り《たたかい》の前夜』
ギリギリアウトな反則技を使ってじゃんけん大会を勝ち抜いた俺は、おそらく俺とは別種の反則技を使っていたと思われるヴィルさんと決勝で協議を行い、互いの望む場所の権利を得た。
そして急ぎ場所の情報を伝えようと、俺は冒険者組合から自宅へ戻る途中に、俺たちの店となる場所を見ながら帰宅するのだった。
「ただいま」
「おかえりなさい。早かったね」
「まぁね」
「お。お兄ちゃんの自信満々な顔。さては良い場所を確保しましたな?」
「当然だよ。俺はお兄ちゃんだからね」
「いえーい。さすがお兄ちゃん」
桜と笑顔を交わし合い、拳を軽くぶつけ合って、喜びを共有する。
そんな俺と桜を見ていたフィオナちゃんは苦笑しつつ、キッチンからリビングの方へ来るのだった。
「場所取りありがとうございます。はい。お茶です」
「あ、これは丁寧にどうも」
「それで、場所はどこになったんです?」
「大通りが交差してる場所があるでしょ? あそこの角」
「あら。ホントに凄い場所じゃないですかー。流石リョウさん。いい仕事しますねぇ」
「まね。それでさ。帰りにパッと店を見てきたんだけど、結構広いから、店の中の調整を誰かに手伝って欲しくてさ」
「あー。そういう事なら、私が行きましょうか。お菓子の作り方はひとまず伝授したし。今はフリーなので!」
「よっし。じゃあ一緒に行こうか」
「はーい」
俺はフィオナちゃんから貰ったお茶を一気に飲み干すと、出店に興味津々なフィオナちゃんと共に再び出かけるのだった。
目的地は我らが戦場となる出店である。
という訳で既に出店の準備も始まり、盛り上がりつつある大通りを進み、俺たちは戦いの舞台である出店の前に到着した。
「すみませーん」
「んー? おぉ。この店を使う冒険者か。もう殆ど準備は出来てるぜ」
「それはありがたい話です」
「まぁ、これが俺らの仕事だからな。んで、色々と機材の説明なんかをしていくが、良いか?」
「フィオナちゃん。大丈夫?」
「だいじょーぶです!」
「はい。お願いします」
「おうよ」
出店の組み立てをしてくれた職人さんは、一個一個の機材を丁寧に教えてくれ、トラブルが起きた際の対処法まで教えてくれる。
「んで、火を使う時は、ここを使ってくれや。何かあったら止まる様にはなってるが、まぁ手動の方が早いし確実だから火はちゃんと見ててくれ」
「あ、私たち火は」
「なんだ使わないのか。なら良いか」
「話に割り込んでゴメン! フィオナちゃん。一つ相談なんだけど、スノーベアーの肉を焼いて売る気はない?」
「え? まぁ、売るのは良いですケド、食べたい人なんているんです?」
「結構人気みたいだよ」
「あれま! そうなんだ。じゃあアリですねぇ。おじさーん! ごめんなさい! 火、使います! バンバン!」
「そうかい。まぁ、説明はさっき言った通りだからな。気を付けて使ってくれれば言う事はねぇよ」
「りょーかいしました!」
フィオナちゃんは元気に手を上げて肯定を職人さんに返す。
そんなフィオナちゃんを見て、職人さんはへッと笑いながら、うまい事やってくれと返すのだった。
それから俺たちは、職人さんからの注意を全て聞き、出店の見た目や中身を整える作業に入った。
俺は外側の看板に文字を書き、フィオナちゃんは中でアイスを入れた冷凍箱の置き場確保や、肉の置き場、皿の置き場所なんかを確保しつつ、動きやすいように綺麗にしてゆく。
そして、全ての準備が終わり、俺たちは出店を後にして帰宅した。
既に日は沈みかけていたが、満足の作業が出来た為、疲れはそれほど気にならないのだった。
「では、明日から頑張ろうという事で! せっかくなので、スノーベアーのお肉を焼いてみました!」
「これが噂の!」
「明日はこれも売りに出します! なので、気合入れていきましょー! はい! ガンバルゾー!」
「「「ガンバルゾー!!」」」
フィオナちゃんの言葉を合図として持っていたグラスを軽くぶつけ合い、決意表明とした後、俺は自分で焼いた時よりも遥かに旨いスノーベアーの肉を食べて、明日は大変そうだなと心の底で思うのだった。
という訳で迎えたセオスト祭りの一日目。
俺たちは朝早くから出店の中や外で準備をしていたのだが……。
「あのー。お客さん」
「なんだい? 店員さん」
「店開くのはまだまだ先なんですけどねぇ」
「そうなのかい。まぁ、俺たちはいくらでも待つけどね」
「そうそう」
「アイスにスノーベアーの肉なんて高級品が出ると聞いたら、並ぶよね」
「別に朝早くから並んじゃいけない。なんてルールないもんね」
「……まぁ、好きにしてくれ」
俺はもはや何も言うまいと溜息を零して、店の中で準備しているフィオナちゃんへと視線を向けた。
フィオナちゃんは苦笑しながら、まぁまぁと頷いている。
祭りの開催までまだ時間があるというのに、並び始めている十数人は見なかった事にするらしい。
まぁ、俺たちで制御できる事でもないしな。
仕方ないといえば、仕方ない。
「あれー? すっごい行列! もう始まってるの?」
「まだですよ。ソラちゃん実行委員長閣下」
「だよねぇ。って! 変な呼び方しないで!」
「これは失礼」
「んもう! って、そっちは良いんだよ。この行列。どうしたの? というかどうするの?」
「それは俺たちも悩んでる所なんだよ。何せ皆さん。開始までここで並んでるって話でね」
「えぇー!? まだまだ時間はいっぱいあるよ!?」
「それも伝えたんだけど、並ぶって言って聞かないんだよね」
「何でそんなに? ふみゅ。リョウお兄ちゃんの所は何を売るのかなぁ~?」
「チョコレートアイスとスノーベアーのステーキ」
「あぁっ! それは売れる! それは並ぶね!」
ソラちゃんは自分の額をピシャリと叩いて、はわわと声を上げた。
そして、へへへ、と笑いながら両手を俺に差し出した。
「何かな? この手は」
「私、セオスト新年祭りの実行委員長だから」
「なるほど」
「ほら。味とかね。確かめないといけないでしょ?」
「大丈夫じゃないかな。マズかったら売れないだけだし」
「いやいや! そういう事じゃなくて! その! 何ていうかなぁ!」
「味見がしてみたいんだね?」
「そうそう! それそれ! って……あ」
俺はソラちゃんをジッと見つめ、並んでいたお客さんもソラちゃんをジィーッと見る。
立場を利用して悪い事を企んでいる子を。
ソラちゃんはそんな視線に晒されて、あわあわとしてから、うぅ……と悔しそうに一歩後ずさった。
「あーあ。ズルい事しない良い子のソラちゃんだったら、実行委員長お疲れ様ってアイスとステーキをあげようと思ったのになぁ」
「えぇー!? 聞いてないよー!」
「言う前に、ソラちゃんがズルしちゃったからね」
「う、うぅ……」
「でも、今からでも何とアイスとステーキが貰えるかもしれない!」
「え!? そうなの!?」
「そうなの。ちゃんと並んでいる人に、ごめんなさいして、先に食べても良いですかー? って聞いたらね」
「っ! はぁーい」
ソラちゃんはややしょんぼりした顔になると、後ろに振り返って並んでいる人たちに向き直った。
そして、小さな声ではあったが、確かに悪い事をしたと謝ったのだった。
「えと、ごめんなさい……並んでたのに、ズルしちゃって」
「……」
「まぁ、良いんじゃないか? ソラリア様も頑張ってるし」
「これくらいはなぁ」
「ソラリア様のやる事なら文句はないぜ!」
「むしろリョウの奴が厳しすぎでは?」
「リョウの奴、許せんな」
「おーい! 話が逸れてるぞー!」
俺はザワザワと話している間に、何故か俺を責める流れになっているとツッコミを入れながら、フィオナちゃんに準備して貰ったアイスとステーキをソラちゃんに渡す。
「まったく。はい。じゃあ良い子で頑張り屋のソラちゃんにプレゼント」
「わぁ! やったー!」
「落としちゃ駄目だよ」
「はーい!」
「あ、そうそう。向かい側の店ではヴィルさんとアレクさんが珍しい卵の料理を出しているみたいだよ」
「そうなんだ! じゃ! 行ってみよ! ありがとう! みんなー!」
ソラちゃんは満面の笑みで大通りを走ってゆくのだった。
転ばなきゃ良いけど。




