第174話『|冷気の魔術《べんりなちから》』
「ふわっ! わ! わっ! あふっ!」
「っ!? どうしたの!?」
スノーベアーの肉を処理している所に聞こえてきたジーナちゃんの焦った声に、俺はバッと顔を上げてジーナちゃんの方へと顔を向けた。
視線の先でジーナちゃんはジタバタと暴れながら、ふわふわと空中に浮いていた。
「心配しなくていいぞ。リョウ」
「と、言いますと?」
「ジーナの奴は肉を少しも冷やさずに食べたのだ」
「あぁ、熱かったんですね」
「そういう事だ。以前も似たような事をやっていた。ジーナはな。まるで学習という物をしない人間なのだ」
そう言いながら、皇帝陛下はジーナちゃんの前に置かれた肉と同じくらい熱そうな肉にナイフを入れて、フォークで刺して食べていた。
熱くないのだろうか。
「皇帝陛下も同じくらい熱そうな物を食べている様に見えますが……」
「あぁ、私か。私は問題ない。ナイフとフォークに冷気を纏わせているからな。食べる時には適温だ」
「それは……凄い魔術ですね」
「まぁな。食べる時間が無い時などによく使っているんだ。日常で使っているから自分ではあまり凄いという感覚は無いがな」
「なるほど」
「しかし、ジーナも似たような魔法が使えるのだがな。ジーナは嫌がって使わないのだよ」
皇帝陛下に言われて、ジーナちゃんとの食事を思い出すが、確かにジーナちゃんが食事に対して魔法を使っている姿を見た事がない気がする。
ジーナちゃんに何かこだわりがあるのだろうか。
「当然だよ! せっかくご飯を作ってくれたのに、ジーナちゃんが魔法使っちゃったら別物になっちゃうじゃん」
「別に本質は変わらないだろう」
「変わるよ! 出来立てを食べて欲しいなって思って作ってくれてたら、出来立てのまま食べるべきなの!」
「言わんとする事は分かるな」
「でしょ!?」
「しかし、今回に限って言えば、焼いているのはお前なのだから、お前が調整すれば良かっただけの話だ」
「うぐ」
「今回に関してはサボっただけだろう。いや……我慢が出来なかった。が正解かな」
「ぐぬぬ……! ぐぬぬ!」
悔しそうに歯噛みするジーナちゃんを皇帝陛下はフッと笑いながら追い詰めた。
そして、ジーナちゃんが完全に白旗を上げてからフッと笑う。
「しかし、面白い考えだ。私も次からその様にするとしよう。料理人の気持ちか。考えたことも無かったな」
「エリク君はそういう所がダメなんだよね!」
「まぁジーナはそういう所以外全てが駄目だがな」
「むー!」
ジーナちゃんは頬を膨らませ、肉を頬張り、食べ終わってからまた頬を膨らませる。
何とも器用な事であるが、非常に分かりやすく怒りを皇帝陛下に伝えていた。
そして、肉を食べ終わってから皿をこちらに突き出して叫ぶ。
「おかわり!」
「はいはい。ちょっと待ってね」
俺はジーナちゃんの皿を受け取ってから再び鉄板の上に油を落とし、十分に溶かしてから肉を投下してゆく。
「おい。ジーナ」
「はっ! あ! 違うよ! リョウ君! ジーナちゃんはもう食べたから先にリョウ君たちが食べて!」
「気にしなくても大丈夫だよ。俺たちはまだ食べないからさ。美味しく食べられる内に、ジーナちゃんが食べちゃいな」
「う、うぅ……ありがとう」
「すまないな。リョウ」
「いえいえ。気にしないで下さい」
「まったく。人の気持ちを考えろという割にお前が考えられていないでは無いか。しっかりしろ。ジーナ」
「はぁい」
すっかり落ち込んで肩を落としてしまったジーナちゃんに、俺は気にしないでと言いながら次の肉を焼いてゆく。
まぁ正直な所、自分で作って自分で食べるよりも、誰かに作って食べてもらう方が嬉しいからな。
……そうか。
これが桜たちが感じている気持ちか。
と、俺は桜たちの気持ちが少しわかりつつ、調理を続けジーナちゃんの為にステーキを追加で用意するのだった。
「はい。ジーナちゃん」
「う、うぅ……ありがとう」
ジーナちゃんはメソメソとしながらステーキを切って、口に入れる。
今度は先ほどの話を聞いて、ちょうど良い温度にしておいたから火傷はしないハズだ。
「おいひぃ、おいひぃよぉ」
「少しは落ち着いたらどうだ」
「むい!」
「そうか。すまないな。リョウ」
「気にしないで下さい。むしろ美味しく食べて貰えるのは嬉しいですから」
「そう言って貰えると、私としても嬉しいな。ジーナの保護者としてはな」
「エリク君よりも、私の方が年上なんだけど!?」
「人を成長させるのは時ばかりでは無いのだよ。ジーナ」
「意味が分からないんだけど」
「分からないからお前はまだまだ子供なのさ」
「ムキー!」
皇帝陛下の言葉にジーナちゃんは子供の様な怒り方をしていたが、ハッとなり再び肉の方へと戻った。
しかし、食べながらも皇帝陛下をジーっと見る事は忘れない。
そして、先ほどまでしていた地団太を小さく片足だけでやっていた。
椅子に座りながら足でダンダンと地面を蹴る行為は非常に見た目が良くないし、貧乏ゆすりの様にも見えるから止めようかと思ったが、まぁ落ち着けば止まるかと俺はとりあえずそのまま流すのだった。
しかし、皇帝陛下はジーナちゃんの行為を見て目を細めると注意をする。
「ジーナ。行儀が悪いから止めなさい」
「エリク君がわるい!」
「それならそれで良いが、食べるか怒るかどちらかにしろと言っているんだ。とりあえず肉を置け」
「やだ! 冷めちゃうもん! せっかくリョウ君が作ってくれたんだから!」
「ハァ……まったく、お前は」
皇帝陛下は頭を抱えながらため息を吐くと、俺の方を一瞬見てからジーナちゃんにすまなかったな、と謝るのだった。
おそらくは俺に気を遣っての事だろう。
それをジーナちゃんも気づいたのか俺の方をチラッと見た後、皇帝陛下に謝るのだった。
そして、場が落ち着いた事で、俺とリリィちゃんの分のステーキを焼く準備を始める。
「あれ? リョウ君。もう焼くの?」
「あぁ、俺とリリィちゃんの分だね」
「あ……そっか! そうだよね! 分かってるよ! ジーナちゃん! ちゃんと分かってるから!」
「そうだと嬉しいね」
「うん! 当然だよね! って、ちょっと! エリク君! 変な目で見ないでよね!」
「私は何も言ってないが?」
「目が言ってたもん! コイツ、まだ食うのか。って!」
「さて、どうかな」
皇帝陛下が肩をすくめて、ジーナちゃんが怒る。
今日だけで何度見たか分からない光景であるが、何度繰り返しても変わらない辺り、二人にとっては呼吸の様な物なのだろう。
俺はそんな二人を放置し、出来上がったステーキを2枚の皿に乗せてから、リリィちゃんを呼んで、二人で食べてみる事にした。
噂の肉はどれくらい美味いのか。
実に楽しみである。
「ふむ」
「肉はかなり柔らかいですね。ジャイアントベアーとは違うようです」
「確かに。スッとナイフが通るね」
「……んぐ」
「うん。ナイフだけじゃなくて、口に入れると解けるみたいに肉が無くなったよ」
「これは凄いですね。最低限の味付けしかしていないですが、肉に染み込んだ奥深い味があります」
「食べる度に、色々な味が顔を出すな……これはもしかして相当凄い食材なのでは?」
「そうですね。こんなお肉は初めてです」
俺がリリィちゃんと顔を見合わせながら肉の感想を言っていると、やや離れた場所でジーナちゃんと皇帝陛下が嬉しそうな顔で笑いながら自慢げに俺たちを見ていた。
気持ちは非常によく分かる。
まぁ、自慢したくなるよ。この肉は。
という事で、二人に詳しい話を聞いてみる事にするのだった。
「このお肉の話を色々と聞かせていただけると嬉しいですね。かなり気になる味だったので」
「少し長い話になるが良いかな」
「えぇ。ちょうど次の狩りまで休憩しようと思っていましたから」
「ふむ。では話そうか」
そして実に嬉しそうな顔で笑っていた皇帝陛下が近くの椅子に座り、緩やかに豆知識を話始めるのだった。




