第173話『|氷臓のお菓子《アイス》』
森に入ってそれほどしないで見つかったスノーベアーを仕留めた俺たちは、ジーナちゃんの要望通り、狩ってすぐの肉を食べるべく解体作業をしていた。
まずは毛皮を剥いでゆく。
「かなり大きいですね」
「でも慣れたモンだよ。ジャイアントベアーにもよく似てるし、だいたいやり方は一緒なんでしょ?」
「はい。一部の内臓や骨、牙に違いはありますが、毛皮はそれほど変わりません。ただ、寒い場所だからか、少し厚いですね」
「分かった。慎重に外して行くよ」
「はい。手伝います」
巨大なスノーベアーの体を動かしながら毛皮を剥いでゆく。
流石というか何というか、リリィちゃんの補助は完璧で、非常にやりやすく毛皮を剥ぐことが出来るのだった。
「ジーナ。お前は何もしないのか?」
「うん。だってやり方分からないもん」
「分からないなら、分からないなりに聞きながらやれば良いだろう」
「それだと作業の邪魔になっちゃうでしょ」
「あー言えばこう言う。何も変わらんな。お前は」
「ジーナちゃんはいつでもジーナちゃんだからね」
「そんな事で誇るんじゃない」
ジーナちゃんは皇帝陛下に頭をピシッと軽く叩かれ、いたっ。なんて言いながら笑っていた。
何だかんだと言いながら二人の仲は良いらしい。
ジーナちゃんの発言も素直になれない子供の言葉なのかもしれないな。なんて思いながら俺は解体作業をリリィちゃんと進めた。
「リョウさん。次は血抜きをしましょう」
「腕を斬ってるから、そっちからかなりの量は流れたと思うけど、切るなら左腕の方が良いかな」
「いえ。氷で止血されてしまってますし、この大きさだと胴体にもかなり残りそうなので」
「なら、いつも通りだね」
俺は手慣れた血抜き作業をしてから内臓を抜いてゆく。
しかし、いつもとは違い、ここで特別な作業が入った。
「確か、胸の下あたりにある白い臓器が氷臓ですね」
「んー、これか」
「はい。それです。ジーナさん。まほ……あ、いえ、魔術で水を出せますか? 魔術の水を」
「? 魔法の水だよね。出せるよ」
「あっ! そのジーナさん。魔法は」
「大丈夫だ。冒険者の少女よ。私はジーナが魔法使いである事を知っている」
「あ、そうなんですね」
「あぁ。だから気にせず魔法を使わせてやってくれ」
「ちょっと。エリク君が指図しないでよ」
「別に良いだろう」
「よくないから言ってるの!」
何だかんだと言い争いをしながらも、ジーナちゃんはバケツの中に水を出してくれ、俺はその水の中に氷臓を入れながら洗おうとしたのだが……。
「っ!」
「大丈夫ですか!? リョウさん」
「あぁ。大丈夫。だけど……水が凄く冷たいね」
「え? そうなの? 結構温かい水を出したと思うんだけど……って、ちべたっ!」
「何をやってるんだ。お前は」
バケツの水に指を入れて飛び跳ねるジーナちゃんを見ながら皇帝陛下は溜息を吐いた。
「いえ。ジーナさんの責任ではありません。この水が異常に冷たいのです」
「そうなのか?」
「はい。氷臓はその名の通り、氷を作り出す臓器ですから、周囲の水を冷やしてしまっているのだと思います」
「それは凄いな……あぁ、なるほど。その臓器を使って氷菓子を作ろうとしているという訳か」
「……よくご存じですね!」
「あぁ。前に聞いた事があるからな。まぁ、その時はユキウサギを捕まえて材料としていたが、そうかスノーベアーでも出来るのか」
「はい。他にもスノータイガーも同じ臓器を持っていますね」
「なるほど。勉強になるな。しかし、どの道危険度で考えればユキウサギが一番だろう。無理をする事はないな」
「そうですね。無理はしない方が良いと私も思います」
リリィちゃんと皇帝陛下が話をしている間に、俺は何とか氷臓を荒い終わり、事前に準備していた容器に納めた。
中々大変な作業であったが、ここまで終われば後はフィオナちゃんに託す事が出来る。
フィオナちゃんなら上手い事調理してくれるだろう。
「じゃあ本格的に、肉の調理に入りましょうか」
「いえーい! 待ってましたー! 何をすればいい? 火を起こす? もしくはお肉を並べるお皿を出そうか! 鉄板もいるよね!?」
「急に元気になったなぁ。ジーナ」
「だって、お肉を焼くんだよ。スノーベアーのお肉だよ。お手伝いした方が早く食べられるじゃん!」
「先ほどと言っている事が違うが……まぁ良いだろう。ここから先は我らの食事で使う食材だからな。多少手荒になろうとも構わん。手早く作業するとしようか」
「おーおー! いいぞいいぞー!」
突然元気になったジーナちゃんと皇帝陛下を横目に、俺は持ち帰る用の肉と、食べる用の肉をリリィちゃんと相談しながら決めて、ちょうど良いところで斬り落とす。
先ほどの話でジーナちゃんが肉を3枚食べたという話もあったし、なるべく多めに食べる用とした。
まぁどの道、氷臓目的でもう一匹狩る必要がありそうだし。多少多めに肉を食べても良いだろう。
という訳で、大き目に肉を切り取り、既にジーナちゃんが用意している調理場へと持っていくのだった。
雪の上に置かれた台の上には、おそらく魔法の炎がごうごうと燃えており、その上に置かれた鉄板は既に熱を持っているらしく、空気が熱いような気がした。
「熱し過ぎなのではないか?」
「そうかな? もうちょっと弱くする?」
「あぁ。このままでは肉が焦げる」
「それはダメだね! もうちっと火を弱くするかぁー」
ジーナちゃんは器用に火を調整しながら、鉄板を温める。
俺はとりあえずそんな鉄板の上に手をかざしながら何となく温度を確かめるのだった。
キッチンでの料理なら圧倒的に桜やフィオナちゃん、リリィちゃんの方が上だが。
外で行う料理は俺もそれなりに経験を積んできたからな。
ある程度はしっかりとした物を調理できる。
「じゃあそろそろ準備していこうか」
「おー! 待ってました! やろうやろう!」
ジーナちゃんはワクワクを隠し切れないという様な顔で、左右に揺れて笑う。
そんなジーナちゃんの前で、俺はいつも持ち歩いている塩コショウを肉にかけて、軽く味を整えてゆく。
前の世界でもバーベキューをした時は、塩コショウをかけた物だが、この世界にもあって良かったと改めて嬉しく思うのだった。
そして、熱せられた鉄板の上に油の塊を落とし、ジーナちゃんに鉄板を魔法で動かして貰いながら、まんべんなく油を溶かして広げる。
「そろそろ良いかな」
「ワクワク」
「もう言葉を失っているではないか」
「良いんだよ! 私の口は今、食べる専用になってるから!」
俺はジーナちゃんと皇帝陛下の会話に苦笑しながら、肉をゆっくりと鉄板の上に下ろし、ジュウジュウと焼けていく音を聞いて、問題なさそうだと頷き、次の肉を準備する。
ジーナちゃんはジーっと鉄板を見つめながら、まだかな、まだかなと呟いているのだった。
「肉に呼びかけても、何も変わらんぞ」
「分からないでしょー! お花は毎日話しかけると綺麗になるってジーナちゃん聞いたよ!」
「花はまだ生きているだろうが、肉は既に死んでいる」
「な、なんて酷い事を言うの!」
「事実だ。そして、死した後は我らの血肉となる」
皇帝陛下とジーナちゃんが深いんだか、浅いんだかよく分からない事を話し合いながら、ジッと鉄板を見ているので、俺は二つ目の肉を投下する事にした。
とりあえずはジーナちゃんと皇帝陛下の分だ。
俺はまだ腹が減っていないし。
リリィちゃんも後で良いと言っている。
という訳で、俺は二人に焼けてきたらひっくり返して欲しいと告げてから持ち帰る用の肉を皇帝陛下に凍らせて貰いつつ、丁寧に包んでゆくのだった。
下処理はもう行ったし、凍っているし。
大丈夫だとは思うけど、家に持ち帰ってから確認だな。
「でも、これで味が落ちていないなら、冷凍魔術を覚えるか、魔導具を買っても良いかもしれないですね」
「確かになぁ。新鮮なまま持ち帰れるという訳だし」
そしてリリィちゃんと未来への展望を語りながら、背後から聞こえてくるジーナちゃんの歌に耳を傾けるのだった。
「お肉、肉にくにく~ お肉はなんで~美味しいの~。お肉だからだよ」
「なんだ、その歌は」
「お肉の歌!」
実に楽しそうだった。




