第171話『|北方《スタンロイツ》の魔物狩り』
俺はフィオナちゃんから渡された必要な魔物一覧を見ながら、ふむと考える。
やはりセオストでは見た事のない魔物ばかりだ。
図鑑とかで見た様な気もするけど……はて、どこの魔物だったか。
「ユキウサギ、スノーベアー、スノータイガー。寒そうな場所に居そうな事は分かるんだけど、リリィちゃん、ジーナちゃん。何か知ってる?」
「私は、市場で見るくらいです。どこに生息しているかは……」
「なるほど。ジーナちゃんは?」
「うーん。たぶん、しってる」
「そうなの?」
腕を組み、悩みながら発したジーナちゃんの言葉に、俺は嬉しい気持ちをそのまま表情に出して笑う。
ジーナちゃんが知っているのならば、話は早いと。
「たぶんね。スタンロイツ帝国に居た魔物だと思うんだよ。聞いた事ある気がするし」
「なるほど。じゃあ、スタンロイツ帝国の魔物について調べてみようか。それでハッキリするし」
「そうですね。ではまず図書館に行きましょうか」
「うん。ジーナちゃんも探す!」
「ありがとう。じゃあまずは図書館で調査だ!」
俺はジーナちゃん、リリィちゃんと共に図書館へと向かい、指定されている魔物について調べ始めた。
まぁ、狩るのが難しい場合は、市場で買うというのも手段の一つだが、せっかくなら材料は直接揃えたしな。
という訳でスタンロイツ帝国の魔物一覧を開きながら、該当の魔物を探す。
ユキウサギ、ユキウサギ……スノーベアー、スノータイガー
っと、見つけた。
「これか」
「もう見つけたの? リョウ君」
「あぁ。どうやらジーナちゃんの情報は正しかったみたいだ。スタンロイツ帝国に三匹とも存在しているみたいだよ」
「おー。良かった良かった」
「場所も、何となくだけど書いてあるね。今回は急ぎじゃないし、ちゃんと正式な手続きをしてから行こうか」
「えー、面倒じゃない?」
「帝都の近くに行かなきゃいけないから、バレた時の方が怖いよ。それなら冒険者の依頼として正式に行く方が良いんじゃないかな」
「んー。まぁ、ジーナちゃんは良いけど」
「じゃ決まりだね。冒険者組合で証明書とか発行して貰ってくるよ」
そして、俺は組合の受付で手続きを行って、三人分の証明書と許可証を受け取って、セオストから出かける事にした。
いつもなら、ジーナちゃんの魔法でコッソリ移動するのだけれども。今回は正式な書類があるので、セオストの北門を出て、街道をある程度進み、ジーナちゃんの転移魔法でスタンロイツ帝国のすぐ近くまで転移した。
何とまぁ、便利な事である。
「結局転移で移動するのなら、コッソリ行っちゃえば良いのに」
「まぁ、道中は良いけどさ。国の中に入る時は流石にね。通常通りの手段が取れるなら、その方が良いでしょうって話だよ」
「むー。まぁ良いけどさ。面倒な事になっても知らないよ?」
「面倒なこと?」
そんな事あるのか? と思いながら俺は証明書をスタンロイツ帝国の門で提出した。
しかし、その面倒ごとについて、俺はすぐに思い知る事になるのだった。
証明書を確認するからと門の中にある特別室で待たされて、しばらくスタンロイツ帝国のお茶を楽しんでいた俺達であったが、不意にジーナちゃんがイヤーな顔をして入り口の方を見る。
どうしたの? と問う前に、入り口が開かれ、少し前に見た顔の人が現れた。
「久しいな。ジーナ。それに……いつかの国連会議で見た顔だな」
「うげー。やっぱり出てきた」
「なんだ。久しぶりに会うというのに、その態度は」
「別に会いに来たワケじゃないから」
「そうなのか?」
「そうだよ。許可証、見たんでしょ! ジーナちゃん達は魔物狩りに来ただけだから!」
「ほう。魔物狩りか。それは良いな。私もたまには体を動かしたい。参加させて貰おうか」
「いらないですー!」
「そう言うな。別に報酬は要らんぞ。ただ、私は体を動かしたいだけだからな」
「そういう話はしてないよ!」
ジーナちゃんとスタンロイツ帝国皇帝の会話は、流石というか何というか。
スタンロイツ帝国皇帝の方が一枚上手らしく、ジーナちゃんはかなり会話で疲れてしまった様だった。
その結果、ジーナちゃんは白旗をあげると、俺に視線を送るのだった。
「もー! だから嫌だったのに! リョウ君決めて!」
「俺は別に、どちらでも構わないよ。ただ、まぁ皇帝陛下を護衛するっていうのは、ちょっと難しいかもだけど」
「その点は心配いらん。自分の身くらい自分で守れるからな。足手まといにはならんよ」
「まぁ、そういう事でしたら……」
「では決まりだな。私もついていくとしよう! いや、気楽にしてくれ。私も気にしない!」
「そんなバカなって思うかもしれないけどさ。エリク君はホントに気にしないから、テキトーに接してあげて。テキトーにね」
「いや、流石に皇帝陛下にそういう態度も良くないだろう……?」
「ホントに大丈夫だから」
俺は何度も念押しするジーナちゃんに、そんなバカなと思いながらも、帝都近くの森へ皇帝陛下と共に魔物狩りへ行く事にした。
一応リリィちゃんに皇帝陛下の事は気にして貰う様にしていたんだけれども。
森へ入ってすぐにジーナちゃんの言っていた言葉の意味がよく分かった。
そう。スタンロイツ帝国の皇帝陛下は何というか、非常に自由な人であったのだ。
いやまぁ、ジーナちゃんに比べればだいぶ大人しいのだけれども、それでも、想像していた王族の姿からは遠い。
「いやぁー冒険者という仕事も実に興味深いな!」
「エリク君。足元。危ないよ」
「おっとすまない! そうだな。森に居るのだから、整えられた道ではない。気を付けなくてはな!」
わっはっは、と笑いながら森の中を歩く皇帝陛下は実に王族らしくなく、どこにでもいる普通の青年と同じ様にも見えた。
しかし、以前アリア姫様と話していた時の会話や雰囲気を思い出すと何とも微妙な気持ちになってしまう。
何故ならこの人は、ココちゃんに対して強い害意を持っていたからだ。
まぁ、獣人に対する扱いがそんな物なのだと言えば、そうなのかもしれないが。
「……皇帝陛下は冒険者の仕事を見るのは初めてですか?」
「いや、冒険者に色々な依頼をしているからな。完全な初めてというワケではないよ。ただ、まぁ、まだ雪の残る森に入るのは初めてだがな!」
「スタンロイツ帝国では雪が解けてからの安全圏拡張などは行わないのですか?」
「やっているよ。だが、それをやるにしてももう少し後だ。セオストほど、強い冒険者が多いワケでは無いからな。雪が完全に溶けてから、騎士と合同で行うのがスタンロイツ流だ」
「なるほど」
「だから今、こうして森の中を歩くのは実に興味深い事だよ」
「はいはい。喜んでるのは良いけど、足元はちゃんと見て下さーい」
「おっと、危ない危ない」
「だから言ってるのに。危ないんだよ! 森の中はー!」
「分かっているさ。わはは」
皇帝陛下は、おっとっとなんて言いながら森の中を歩き、どこか見ているこっちを不安にさせながらも何とか俺たちについて歩いてくるのだった。
そして、俺はそんな皇帝陛下を気にしながらも、本来の目的である三匹の魔物の痕跡を探す。
「……これかな」
「情報通りですね。足跡も、落ちている毛も」
「あぁ。どうやら魔物は近そうだ」
俺は後ろで遊んでいる皇帝陛下とジーナちゃんをそのままに、リリィちゃんと見つけた痕跡について話し、森の奥へと視線を向けるのだった。
見知らぬ魔物だ。
どの程度の脅威なのか、ザックリと本では読んだが、本の知識と現実の脅威はまた違う。
俺たちは頷きあいながら、未だ見ぬ脅威への警戒心を強めるのだった。
「おぉ、見ろ。ジーナ。こうして歩くと、転ばないぞ」
「もう、分かったからもっと周りにも注意して!」
……警戒心を強めるのだった。




