第166話『|水に慣れよう《およぎのれんしゅう》』
桜たちもプールへ来た事で、俺はプールの注意事項や機能について改めて説明するのだった。
「まず注意事項を説明するよ。みんなよく聞くように」
「はーい!」
「元気があって大変よろしい」
手を挙げながら返事をしてくれる桜たちに感謝しつつ、プールの注意事項を一つずつ話してゆくのだった。
「まず、プールに入る前には必ず準備運動をすること。体を柔らかくして、自由に動くようにしないと、水の中で動けなくなって、溺れてしまう可能性があります。気を付けましょう」
「はーい」
「また、プールで遊ぶ際には一人ではなく、誰かと一緒に遊ぶようにしましょう。何かあった時にはすぐに水を抜いて、お医者さんの所へ連れて行く事」
「でも、溺れた時には水が勝手に抜けるんでしょ?」
「一応機能ではそうなってるけど、機能がいつもしっかりしているかは分からないからね。ちゃんと互いに見てる事」
「はーい!」
「あと、溺れるって話に繋がる話でもあるんだけど、プールは非常に疲れる場所なんだ。だから、少しでも疲れてきたなぁと感じたら休憩すること。何かあってからじゃ遅いからね」
「わかりましたー!」
真面目に注意を聞いてくれるみんなに頷き、俺は注意事項終わり! と宣言した。
そして、今度はプールの機能について説明してゆく。
「長々と注意事項を聞いてくれてありがとう。じゃあここから機能を話してゆく訳だけど、まぁそこまで複雑な機能はないからサクッと覚えてくれると嬉しい」
「ふんふん」
「まずこの部屋にある全てのプールだけど、実は高さの調整が出来る。水の量を調整する事で丁度いい高さのプールで遊べるから、水の魔導具を触ってみて」
俺はプールサイドにある魔導具の制御装置を指さしながら、使い方を説明する。
まぁ皆の身長を考えると、今よりずっと水を減らした方が良いのは確かだ。
という訳で、この機能はなるべく早く伝える必要があったという訳だ。
そして、それだけじゃなく、流れるプールの速さを変える事が出来るという話も伝えておく。
「ただし、早くし過ぎると危ないからな、それなりの速さにしておくこと」
「はぁーい」
「ジーナちゃん。分かってるね?」
「わ、分かってるよ! ジーナちゃん気を付ける」
「本当に気を付けて下さいよ? 貴女は本当にロクな事をしないんですから」
「むー! そういう事を言ってるとおチビちゃんが入ってる時に、びゅんびゅん動くようにしちゃうから」
「なんてことをしようとしているんですか!? 貴女は! リョウさんの話を聞いていなかったのですか!?」
言い争いを始めてしまったミクちゃんとジーナちゃんを見つつ、とりあえずの説明は終わったと周囲を見渡す。
「他に何か疑問はあるかな?」
「大丈夫じゃない? お兄ちゃんからの説明は全部終わったんでしょ?」
「あぁ。お兄ちゃんからは全部終わりだね」
「じゃあそれで終わりって事で! 後は自由に遊ぶ時間にしよう!」
注意事項と説明は終わったと、桜は飛び跳ねる様な勢いで、プールへ向かって走る。
なんて危ない事を。
「桜! プールサイドで走ると危ないぞ! それとプールに飛び込まない!」
「はぁーい!」
「プールにも飛び込まない! 危ないぞ!」
「……! ぷはぁ! 分かったよー!」
いたずらっ子の様に笑いながらプールに飛び込む桜に俺は注意をしながら溜息を吐いた。
「まったく。本当に分かっているのかね」
一応プールの床はお風呂と同じく転んでも衝撃を体の方に与えないようにはなっている。
だから、転んでも怪我をする事は無いだろう。
だが、それでも危ない物は危ないのだ。
気を付けておいて損する事は無いだろう。
しかし、桜たちは元気が良いのか、走るわ飛び込むわで大変だった。
まぁ、少しずつ教えてゆくしかないだろう。
そんな訳で、俺は待っていて貰ったココちゃんの元へと戻るのだった。
桜たちは自由気ままに遊んでいるし、しばらくは放っておいても良いだろう。
「ココちゃんはどうする? 桜たちと一緒に遊ぶのも良いけど」
「ココは、まだ練習したい」
「そっか。じゃあ、また練習に戻ろうか」
「うん」
俺はココちゃんと共に子供用プールに戻って、水泳の練習をもう一度行う事にした。
ここまでの練習で、ココちゃんは水に顔を付けて、水の中に潜る事が出来ている。
ならば、水に対する準備としてはもう十分だろう。
つまり、ここからは泳ぐという行為への練習という事になる。
「そろそろ、泳ぎの練習をしてみようか」
「うん。がんばる」
「良い気合だ」
俺はうんうんと頷き、子供用のプールに入ってからココちゃんんを抱き上げて、プールの中に導く。
そして、ココちゃんを水の中に下ろしてから泳ぎ方の説明を始める事にした。
「今から教えるのはバタ足という泳ぎ方で、これさえ覚えれば泳ぐという事は出来るようになるよ」
「おぉー」
「やり方はシンプルだ。見ててね」
俺はココちゃんから離れて子供用のプールの中でスーッと水の中に滑り込み、そのまま水の上に浮きながらゆっくりと足を動かしてバタ足をする。
なるべくゆっくりと分かりやすく見せながら俺はゆっくりと進み、泳ぐという事がどういう物かをココちゃんに見せるのだった。
「と、こんな所かな」
「おー」
「体はそんなに簡単に沈まないから、まずは浮いてみて、前に進む時に足をゆったりと動かして進む。そんなイメージだよ」
「はい!」
「じゃあ、まずは浮いてみようか。俺がココちゃんの手を握っているから、体の力を抜いて、浮いてみよう」
子供用のプールの水を増やし、ココちゃんの首元くらいまで水の高さを上げてから、ココちゃんの手を取って再び言葉を紡ぐ。
「俺が手を握っているから、溺れる心配はないよ。体の力を抜いてみよう。少しずつ浮いてくるよ」
「う、うん……!」
と、言いつつココちゃんの様子を見るが……まぁ、そんな簡単に力を抜けたら誰も苦労はしない。
水の中に落ちた時の苦しさを知っているココちゃんは、力を完全に抜くことは出来ず、体を硬くさせてしまい、やや体が沈んでしまうのだった。
「やっぱり、まだ怖いよね」
「ご、ごめんなさい」
「謝る必要はないよ。今日初めてプールに入ったんだしさ。ここまで出来ただけでも凄い事だよ?」
「うん……」
「だから……まぁ、練習はここら辺で終わって、これからは水に慣れる様な遊びをしようか」
「水になれる、あそび?」
「そう。まずはこうして、プールの中をスーッと移動してみよう。半分泳いでいる様な感じだね」
「……わかった」
「大丈夫。俺は手を離さないから、このままゆっくりと水に体を慣れさせていこう。さ、ゆっくりと移動するよ」
俺はココちゃんの手を引いたまま、後ろ向きにゆっくりと動き、先ほど俺がやった様な泳ぎをココちゃんが体験できるようにした。
波が起きない程度にゆっくり、ゆっくりと進んでゆく。
その穏やかな水上移動に、ココちゃんは少しずつ落ち着きを取り戻してゆき、安心した様な顔になっていった。
それだけでなく、体も少しずつだが力が抜けて行き、ゆっくりとだが水面に体が浮かんでくる。
それが少しだけ嬉しくて、思わずココちゃんに伝えそうになったが、これを伝える事でまた緊張しても駄目かと思い、言葉を飲み込んだ。
そして、そのままゆったりと進む。
ここは怖い場所では無いのだと教える様に。
ココちゃんは何でも乗り越える事が出来るのだと教える様に。
「ココちゃん。大丈夫かい? 楽しい?」
「うん。たのしい」
「それは良かった。じゃあこのまま、もうちょっと遊んでみようか」
「うん……!」
それから、俺はココちゃんと共に水の中で滑る楽しみを繰り返し、休憩時間までのんびりとした時間を繰り返すのだった。




