第148話『|人《かれ》が生きる理由と意味』
思いがけない所で次の仕事が決まった俺であったが、それはそれ。
今やるべき事は今の仕事である。
とは言っても、特にこれをやって欲しいという依頼は無い訳だが。
「そういえばミクちゃん達の方は順調ですか? 何か手伝う事があれば手伝いますけど」
「いえ。大丈夫ですよ。ある程度目星は付いてきましたので、三人で手分けすれば十分です」
「そうですか。じゃあ何かあったら呼んで下さいね」
「ありがとうございます」
にこやかにお礼を言うミクちゃんに軽く頭を下げてから俺は、ひとまず護衛の依頼だけこなせば良いかと考え、忠犬の様に俺を待っていたリリィちゃんの元へ向かった。
とは言っても、俺とミクちゃんの会話は聞こえているのだろうし。
話すのは護衛の依頼をどうするかという話であるのだが。
「聞こえてたと思うけど」
「はい。資料探しのお手伝いはいらないというお話でしたね」
「うん。だからリリィちゃんも何か好きな本を読んでてくれれば。警戒は俺の方でやっておくからさ」
「いえ! そういう訳にはいきません! 私も警戒します!」
「それは、嬉しいけど。入り口の方見てるだけだからね。あんまり労力は使わないよ?」
「それでも、意識を集中していると疲れますからね。うまく交代しながらやりましょう」
「それなら。うん。そうしようか」
俺はリリィちゃんの提案に頷いて、ひとまず入り口近くに過ごしやすい環境を作る。
外で使っていたテントや、寝袋をクッションがわりにして床に置き、読書をするのに最適な状態とした。
近くではリリィちゃんが、飲み物を置く場所を確保しつつ寝袋を丸めて座る場所とするらしく、コロコロと丸めていた。
これで、この依頼が長期の依頼になっても大丈夫という状態であろう。
そんなリリィちゃんの動きを観察しつつ、俺は俺で読む本を確保する為に本棚の方へと向かった。
ひとまずは少し前に見ていたテオドールさんの関連書籍を探す事にする。
しかし、そこで俺はとんでもない事に気付いてしまう。
どうやらテオドールさんの書籍は十冊やに十冊ではなく、本棚一つ分……いや二つか三つ分は最低ある様なのだ。
「……しかも研究資料ばかり、種類も多いな」
思わず呟いてしまった言葉に自分で納得しつつ、どういう研究資料があるのかと本棚を順番に見ていく。
その中で、俺は一つ奇妙な本を見つけた。
「これは、日記か?」
どうやらテオドールさんの日記の様な物を俺は見つけてしまうのだった。
見ても良いのか一瞬迷ったが、テオドールさんという過去の偉人への興味が勝ってしまい、俺はその本を手に取ってみる事にするのだった。
『本日より日記を付けてみようと思う。エリカに勧められた物だが、正直自分の事でそれほど書く事はない』
『しかしまぁ、リヴィもアリス嬢も、アルも書いている様だし。私も書いてみても良いかもしれない』
『今日は朝からエリカがヘンリーと共に研究室へ来た。どうやらアルと喧嘩をしたようだ。それで家出をしてきたと』
『何とも可愛らしい事だと思う。まぁ家出と言っても王城内を移動しているだけだしな』
『しかし、家出はアルにとって想定外な事だったらしく、夕方になって汗だくのアルを見る事になった』
『完璧な王子と呼ばれ、今、完璧な王と呼ばれるアルバートのどこか余裕のない姿を見て、私は少し嬉しくなってしまうのだった』
『エリカのお陰で、アルも人間らしくなれたのだな、と。しかしそれはそれとして喧嘩は止めなくてはなるまい』
『先日エリカが研究室に家出をしたという話をどこから聞いたのか、アリス嬢が私の研究室へ家出をしに来た』
『こちらはこちらでエリオットと喧嘩をしたという事だが……若いというか、何というか』
『しかし、こちらに関しては流石エリオットというべきか、僅か数刻で研究室へ来て、アリス嬢を見つけてしまう』
『だが、逆にそれが気に入らなかったらしく、アリス嬢はもう一度家出する! と大騒ぎなのであった』
『まったく。私の研究室だというのに、自由な事だ』
呆れた様な文章が描かれているが、何となくテオドールさんがこの状況を楽しんでいたのだろうなという事が伝わってくる。
ドタバタと騒がしい日々の中で、幸せを感じていた様な文章だ。
「……それでか」
俺は何となく読み進めていく中で、テオドールさんの研究が変化していった理由を理解した。
魔物の骨に関する研究は、最初魔物の生態や、進化変化の過程を描いていたのだけれど、段々と人々の生活にどの様な影響を与えるかという方向に変化してゆき。
やがてそれは生活をどれだけ豊かに出来るかという方向へと変わっていった。
おそらく、だが……。
テオドールさんという方は最初普通の研究者であったのだが、日記に出てくる様なエリカさんやアルバートさん。
それにアリス嬢やエリオットさん。
リヴィアナ姫様、セシルさん達との日々の中で、少しずつ大切にする物が変わっていったのだろう。
過去への興味から、現在、そして未来へと。
それは自分よりも後から生まれてきた存在への愛おしさか。
自分が居なくなった後に、少しでも豊かで心安らぐ世界で生きて欲しいと願ったからか。
詳細はわからない。
分からないが、多分楽しかったのだと思う。
家族の様な人達と触れ合う時間が。
「まぁ想像でしかないけどな」
しかし、日記にもやはり描かれているのだ。
己が世界を去ってから、残される人々や世界への想いが。
だからこそ、彼は多くの物をこの世界に残したという事だろう。
「けれど、そう考えると、このままここで眠らせておくのが正解なのかは微妙だな」
「テオドール博士の研究資料の事ですか?」
「っ! ミクちゃん。聞いてたんですね」
「ちょうど、この辺りの資料を確認しにきた所だったので、聞こえてしまいました」
「これは恥ずかしい所を見せてしまいましたね」
「いえいえ。集中していると私も独り言を言っている事がありますからね。特に恥ずかしい事はありませんよ」
ミクちゃんは静かに笑みを浮かべながら俺の目の前にある本棚から一冊本を取り出して開き、中をパラパラと確認する。
そして、その中で一つのページを開いたまま俺に手渡してくれた。
「実は、テオドール博士の研究に関しては、多く世界に広まっているのです」
「本当ですね。この辺りの記載は冒険者組合の図書館で見た事があります」
「無論、全てでは無いと思いますが、少なくとも人類のプラスになる事は多く広まっていると思いますよ?」
「そうなんですね」
俺はミクちゃんに渡された本を見ながら何度も頷く。
確かにこの本に書かれている事は、多く世界に広まっている様だった。
「テオドール博士の本は図書館にも多くありますし。テオドール博士の研究を引き継いだ研究もいくつかありますので、その辺りを調べてみるのも面白いかもしれません」
「そうですね。今度ゆっくり図書館に行く機会があれば見てみます」
「えぇ。良いと思います」
ミクちゃんは短く言葉を残し、いくつかの本を抱えながら元居た場所へと戻っていった。
俺もミクちゃんの言葉を受け止めつつ、どうせならこの場所でしか見る事の出来ない本を探そうと本棚を順番に見始めるのだった。
とは言っても、基本的には研究資料ばかりだし、健全そうな研究は図書館にもあるだろうし。
そうなると、あまり健全では無さそうな資料、とか。
いや、健全では無さそうな資料といってもな。
そんな物あるか……?
俺は順番に本のタイトルを追いながら、良い物があるかと探していく。
その中で一冊の本に興味を持ち、手に取った。
「聖女の伝説について、極秘資料。王族以外閲覧禁止か」
酷く露骨なタイトルに俺は思わず、その本を手に取ってしまった。
聖女という存在は気になっていたし、ちょうど良いかと軽い気持ちで見るのだった。




