第145話『|多くの書籍《かこのちえ》が眠る場所』
開かれた封印書庫の中は薄暗く、狭い通路が地下に向かって伸びていた。
先は見えない。
どこまでも地下深くに続いている様だ。
外から見えた建物部分は、封印書庫の一部に過ぎなかったという事だろう。
地下に書庫がある以上、その全容は分からない。
「ミクちゃん。一つ聞きたいのですが」
「はい。なんでしょうか?」
「この書庫は、どれくらい広いのでしょうか」
「えと、広さは分からないのですが、最低でも書籍が1000冊、いえ、2000冊はあると思います」
「それは……相当な広さですね」
俺は前の世界で何度か行った図書館を思い出しながら、頷く。
1000冊、2000冊という本の量がどの程度かというのは想像も出来ないが、少なくとも俺の部屋くらいの大きさという事は無いだろう。
俺の家くらいは最低ありそうだ。
「じゃあ、入りましょうか。ひとまず俺が先頭で行きます」
「はい……! じゃあ次に私、リン、モモ、そして最後がリリィさんという所でしょうか」
「リリィちゃんは中に入りませんよ」
「えぇ!? 一人で置き去りですか!? それは可哀想では」
「いや、入り口が塞がれると外に出られなくなるので、出口を見つけるまでは……」
「出口なら、もう見つけてますよっ!」
「え? そうなのですか?」
「はい!」
ミクちゃんは嬉しそうに入り口に入ってすぐの場所を指さした。
壁には何やら文字が刻まれており、以前見た魔術式にも似ている様に思う。
「これは……?」
「だいぶ古いですが、簡易的な転移魔術式です。転移魔術式自体は大賢者ドラスケラウが考案した物なのですが、それよりも以前の物ですね。もしかしたら、この書庫を作ったリヴィアナ様のオリジナルかもしれません」
「確かリヴィアナ様は王族なんでしたよね。なら、一般に流通させず、王族が逃げる為の手段として作っておいた可能性もありますね」
「はい。昔は今よりも争いが多かったですからね」
俺は神妙な顔で頷くミクちゃんになるほど、と返し再び壁に刻まれた魔術式を見た。
ミクちゃんから見て、これは使えるという判断なら、脱出に関しては問題ないだろう。
なら、逆に入り口は完全に閉じてしまって、外部からの侵入を阻止する方が安全かもしれないな。
「分かりました。予定を少し変えましょう。リリィちゃん。内部の安全が確認出来たら、外の荷物を全て中に運ぼう。外は俺たちが来る前の状態に戻す」
「はい」
「じゃあ、行きますか。内部の空気も気になりますしね」
俺はたいまつを持ったまま、階段を一段一段慎重に降りてゆく。
階段の先は闇に満ちており、先は何も見えない。
が、ふと頬を撫でる感触に、俺は内部から空気が通り抜けるのを感じた。
「風……?」
「みたいですね」
「空気が循環しているのなら、とりあえず窒息の心配は要らなそうですが……」
どの程度の空気穴かというのは気になるところだ。
「……ん? 何か広い場所に出ますね」
「本当ですか?」
「はい。階段もそこで終わり、その先に空間があります」
俺はたいまつの灯りで先を照らしながら、罠の確認をしつつ降りて行った。
そして、およそ二階分くらい下がったと思われる場所に、その空間はあった。
天井はかなり高く、天井の壁際にはいくつもの穴が開いており、そこから空気を取り込んでいると思われる。
俺は一応そこの確認をしようとしたのだが、広い空間に足を踏み入れた瞬間、空気を切り裂くような音が聞こえ、俺はそれを神刀で斬り落としつつ、ミクちゃん達に警告をする。
「下がって! 罠がある!」
「っ!」
「あ、灯りを! 光の魔術!」
そして、俺の声に反応して、すぐに光の魔術でリンちゃんが部屋全体を明るくしてくれる。
便利な物だと、リンちゃんに感謝しつつ、俺は左手でたいまつ、右手で神刀を構えたまま周囲を警戒し続けた。
床に落ちている矢はかなり古い物に見え、だいぶ昔に作られた罠の様だった。
しかし、今も平然と動いている。
という事は今後も罠が飛び出してくる可能性はあるワケだ……。
しかし、何も起きない。
「……?」
「リョウさん。リョウさん。どうやらこの部屋、というか封印書庫全体に罠があるみたいなんですが」
「はい」
「光の魔術に反応して、罠は動きを止める様です」
「という事は、先ほどリンちゃんが光の魔術を使ったから?」
「そうみたいですね。ヴェルクモント王国は多くの光の魔術師を生み出してきた国でもありますし。聖女も何人か居ますからね。その関係でこういう魔術になったのでしょう」
「なるほど。便利な様な不便な様な。という感じですね」
「ですが、これでようやく書庫の中を見る事が出来る様になりました。いよいよ本番の対策を始めましょう!」
「それは良いけど。何を探すのよ」
「見たいのは、私たちが解決した災害と同じような規模の災害の記録です。ただし、私たちが生まれるよりも以前の物が望ましいかと」
「そんなの中央都市の図書館に行けばいくらでもあるでしょ?」
「表向きの資料は、そうですね。ですが、人為的に消された様な痕跡が数多く存在するんです。特にセシル様がまだ西側で生活してた頃の記録が」
「なるほど。だから、ココか」
「はい。封印書庫はリヴィアナ様が作られたもの。そして、ここが作られた時代はセシル様がヴェルクモント王国に居た時代ですから」
「じゃ、手分けして探そう!」
「「おー!」」
俺は資料探しを始めるミクちゃん達を横目に、天井近くの空気穴を確認し、内部に問題が無いかを確認する。
とりあえず、ミクちゃんの言う通り罠はもう動かない様だ。
そして、寝る為のスペースや、調理をする為のスペースも発見し、長期滞在が十分に可能だという事を確認する。
「じゃあ、ミクちゃん。俺はリリィちゃんと一緒に荷物を下に下ろしていますね」
「はいー! お願いしますー!」
本棚近くに椅子を置きながら本を選んでいるミクちゃんに声をかけると、俺は階段を駆け上がってリリィちゃんの元へ向かった。
外ではリリィちゃんが空を眺めながら周囲の自然と一体になった様な姿で立っていた。
「リリィちゃん」
「はい。中は大丈夫でしたか?」
「うん。問題なさそうだ。ひとまず中に荷物を運ぼうか」
「はい。あ、でも。調理はどうしましょう。中で火は使えませんよね?」
「そこは大丈夫だよ。中に調理場があったからね」
「あら。それは便利ですね」
リリィちゃんは嬉しそうに笑いながら準備をするべく荷物の方へと向かっていった。
俺は先にジャイアントベアーの解体を行う。
「とは言ってもな。どうしたモンか」
「骨は中に入れると処理が大変なので、外で砕いてくる方が良いかと」
「なるほど?」
となると、ひとまずは骨から肉を切り離す作業だろうか。
いや、中途半端な事はせず、調理の前準備くらいはしておいた方が良いかもしれない。
かなりの量で相当な重労働になるが、まぁやろう。
いつかはやる作業だし。
解体作業の練習を行う事で、冒険者としてもまた一つランクを上げていく事が出来る訳だし。
「む? むむ」
「あ、リョウさん。駄目ですよ。そこに刃を入れちゃ。そこは骨が少し出ているので、浮かせるんです。そう。そんな感じです」
「なるほど」
「ここはもう少し肉が取れましたね。ですが、ここからとってもバラバラになってしまうので、スープにしましょうか」
「じゃあ火を起こすよ」
「お願いします。あ、ついでに肉がまだ一部残っている骨も使ってしまいますね」
「了解」
俺は食料以外の荷物を運び終わったリリィちゃんの指示に従いながらジャイアントベアーへと刃を入れる。
やはりというか、何というか。リリィちゃんは的確で分かりやすい指示を出してくれ、俺は一つずつ学びながら解体を続けるのだった。
しかし、これだけの知識量があってDランクとは……。
上位ランクに行く為にはどれだけの知識が必要なのだろう。
先はまだまだ長そうだ。
俺は小さく息を吐きながら、遠い道のりを一歩、また一歩と進んでゆくのだった。




