第144話『開かれた|封印書庫《せかい》』
夕食も終わり、モモちゃんの作ってくれた簡易的な家で俺たちは休んでいた。
とは言っても、俺は横になっているだけで眠ってはいない。
この偶然を作り上げた奴が狙っているかもしれないし。
魔物が襲ってくるかもしれない。
それを考えれば、のんびり休もうなんて気にはなれないのだ。
常に周囲は警戒しておく必要がある。
「リョウさん。起きてますか?」
「……えぇ」
「あの、言ってなかったかもしれないんですが、モモが作る家は非常に頑丈なので、眠っていても大丈夫ですよ」
「なるほど」
俺は短くそう返事をしてから、少し考えて言葉を続けた。
「では、眠りましょうか。おやすみなさい」
「そうですね」
「……」
「……」
俺は目を閉じたまま意識を集中させる。
そして、ミクちゃんが起き上がったのを確認して、どうしたものかと思考を巡らせた。
「起きてますよね?」
「……さて、何の話やら」
「寝てくださいって言ったじゃないですか」
「ミクちゃんが寝たら寝ますよ」
「むー! やっぱり寝ないつもりですね!?」
「静かにしてください。みんなが起きちゃいますよ」
俺は起き上がりながらミクちゃんの口を右手で塞ぐ。
ミクちゃんは非常に不満そうな顔をしながら俺を見上げていた。
「……申し訳ないですけど、俺は心配性なんですよ」
「むー」
「だから、今夜は警戒してます。心配しなくても仮眠はどこかで取りますから」
「……まったくリョウさんは、生真面目というか、何というか」
「申し訳ないですね。性分なので」
「分かりました。じゃあ私は寝ます。今夜は起きていても良いですが、明日私たちが起きたらちゃんと寝てくださいね! 仮眠じゃなくて!」
「分かりました」
ミクちゃんはやや怒りながら俺に背を向けて眠り始めた。
そして、正式な許可を貰った俺は横になりながら、リリィちゃんに声をかける。
「そういう訳だから、リリィちゃんは寝ちゃって。今日は俺が起きてるから」
「……分かりました」
「リリィさんも起きてたんですか!?」
「まあ、俺たち冒険者ですからね」
「んもー! まったくもう!」
「だー! さっきから煩い! さっさと寝なさいよ! ミク!」
「わっ!」
ミクちゃんは隣に寝ていたモモちゃんに捕まり、そのまま強制的に寝かされる事になった。
しかし、二人はそのまま喧嘩を始めてしまい、眠るまではまだまだ時間が掛かりそうである。
「ふふ」
そして、争いを続けるミクちゃんとモモちゃんの声を聞いてか、リンちゃんは横になりながらクスクスと笑っていた。
なんともまぁ。
結局全員起きていたらしい。
だが、それからいつの間にかミクちゃんとモモちゃんが静かになり。
それを確認してからリンちゃんも眠りにつき、リリィちゃんも静かに眠り始めた。
残された俺は周囲を警戒しながら小さく息を吐いて、目を閉じる。
こうすることで、半分眠った様な状態のまま周囲を警戒する事が出来るのだ。
視覚を閉じる事で他の感覚がより強くなり、より遠くまで意識を向けることが出来る様にもなる。
更に言うのであれば、外は雪がそれなりに積もっている為、静寂がどこまでも広がり、より神経を集中させる事が出来るのであった。
そんな空間の中、静かに息をひそめながら周囲を警戒するが、どうやら周りには何も居ないようだ。
俺は森での状況に安堵し、少しだけ警戒心を落とす。
そして、周囲の警戒は続けながら予言の事について感が始めた。
ミクちゃん達から聞いて思い出した桜のお母さんから聞いた予言。
第八の災害。
世界を覆う闇。
大破壊。
考えるだけでも嫌になる様な言葉の羅列だ。
桜が幸せに生きていけると考えてこちらの世界に来たのに、これでは意味がない。
こっちの世界でも桜が苦しむ可能性があるなど、考えたくもない事だ。
だが、しかし。
考えなくてはいけない。
無視する事は出来ないのだ。
無論、その予言が外れる事もあるだろうが、その時は何も無かったなと笑えば良いだけだ。
問題は予言が当たった場合である。
その場合は笑ってはいられない。
桜が苦しむ可能性があるのだから。
ならば、俺が成すべき事は一つだけだ。
桜が苦しむ可能性は全て排除する。
これ一つだけである。
俺は覚悟を決めて、小さく息を吐き、吸って、夜を超えてゆくのだった。
何事もなく夜を超えた俺は、朝となり起きてきたミクちゃん達と軽く会話をして、朝食を食べる。
そして、リリィちゃんに護衛を頼み、俺は鍵が開くまでの時間眠る事にするのだった。
どれくらい寝ていただろうか。
それほど長くは無かったと思う。
まだ日も高い時間に俺はミクちゃんに起こされ、目を覚ました。
「リョウさん! 鍵が開きましたよ!」
「……それは良かった。ではこれから探索を?」
「えぇ。そうですね! ようやく開きましたし。すぐにでも中に向かいましょう!」
興奮しているミクちゃんに、俺は少しばかり考える。
空腹の具合は微妙だ。
まだ日も高いし焦る様な時間では無いだろう。
むしろ、焦ると良くない方向に転がる可能性も高い。
「いや、探索はお昼ご飯を食べてからにしましょう。空腹ではイザという時に動けませんし」
「え、でも」
「ここは封印書庫と呼ばれる場所なんでしょう? なら、罠がある可能性はあります。例えば中に入った者を閉じ込める罠とかがあった場合は、食べなかった事を後悔する事になりますよ」
「……確かに。そうですね。申し訳ないです、なんだか子供の様にはしゃいでしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。ずっと鍵開けの挑戦をしていたんですから、喜びは当然です。俺は単に寝起きだから落ち着いているだけですよ」
俺は横になっていた体を起こして、伸びをしながらミクちゃんに笑いかけた。
そしてモモちゃんが作った簡易的な家から外に出つつ、開いたという封印書庫の方へと視線を向ける。
別に疑っていた訳では無いが、確かに扉が開かれ、薄暗い書庫への入り口がそこには広がっていた。
その入り口から見える中は薄暗く、ハッキリと見えない。
何があるのか、何が待っているのか。
「……やっぱりしっかり準備してから入りましょうか」
「そうですね。確かに。冷静になるとその方が良いと思います。私、ちょっと話をしてきます!」
ミクちゃんは入り口の近くで中を伺っているリンちゃんとモモちゃんの所へ走ってゆき、事情を話している様だった。
俺は、既に昼食の準備を始めているリリィちゃんの所へ行き、その準備を手伝う。
「あ、リョウさん。おはようございます」
「あぁ、おはよう。というかこんにちはかな。随分とぐっすり眠らせて貰ったよ。大丈夫だった?」
「はい。何も異常は無かったです。人の襲撃も、魔物の襲撃も」
「そっか。じゃあひとまずは安心だね」
「そうですね」
俺はリリィちゃんにお礼を言いつつ、状況を確認してふむと呟く。
どうやら人間からの襲撃は無かったらしい。
そう考えると、リンちゃんやモモちゃんとの出会いは偶然なのか。
後、可能性があるとすれば封印書庫の中に用事があって、俺たちが開けるのを待っていたとか?
いや、それならリンちゃんやモモちゃんと合流させる意味がない。
中に閉じ込めるのが目的か?
いや、流石に中から開ける事は出来るだろうし、中から脱出する方法もあるだろう。
そう考えると、閉じ込めるだけでは意味が無いため、その可能性も薄そうだ。
まぁ、でも一応中に入る時には中から出る方法も調べておいた方が良いか。
「リリィちゃん。中を探索する時なんだけど」
「はい。なんでしょうか?」
「中から脱出する方法が見つかるまでは外で見張ってて貰っても良いかな?」
「分かりました。中に閉じ込められたら大変ですもんね」
「そうなんだ。助かるよ」
「いえ。中も気を付けてくださいね」
「あぁ。十分に気を付けるよ」
俺はリリィちゃんと軽く拳をぶつけ合いながら意思を交わしあった。
そして、昼食を食べ、中である程度の時間過ごせる用意をして、俺とミクちゃんとリンちゃん、モモちゃんは封印書庫の内部へと向かうのだった。




