第11話『異世界の|食事事情《やきとりサンド》』
午前の検査が終わり、再び入り口の方に戻って来た俺と桜は、長椅子に座りながらくつろいでいたアレクシスさんとヴィルヘルムさんの前に向かった。
「お待たせしました」
「おー。終わったか」
「はい。検査は終わり、午後からは施設を案内して下さるそうです」
「そうか。じゃあ別に俺らが案内しなくても大丈夫か?」
「あーっと、出来れば街は色々と知りたいので、教えていただけるとありがたいのですが……」
「そうか。街の案内か。そりゃそうだな。どうする? ヴィル」
「俺は構わないぞ。今回ので何もせずに金を貰ったしな」
「おし。じゃあ俺らも当分は暇だから案内してやろう。お前らのお陰で楽して儲かったしな」
アレクシスさんはケラケラと笑いながら椅子から立ち上がり、食堂に行くか! と言って歩き始めた。
入って来た時にあった二つの廊下の手前側の道を進み、そのまま少し長い廊下を歩いて広い食堂に出る。
「ここは冒険者組合からしか入れない食堂だから、無茶する奴は少ない。飯食うには良い場所だ」
「まぁ、少ないってだけで暴れる奴は居るから一応気を付けた方が良いけどな」
「はい」
アレクシスさんとヴィルヘルムさんは手前にあるテーブルと椅子の間を通り、奥のカウンターテーブルまで行くと、働いている男に声を掛けた。
「おう。オヤジ。なんか飯」
「アレクシス! なんか飯! じゃなくて商品名を言えっていつも言ってるだろ!」
「あー? うっせぇなぁ。何でも良いんだけどな。ヴィル。適当に頼んでおいてくれ」
「はいはい。分かったよ」
店の人との会話で手を挙げながらヴィルヘルムさんに丸投げしたアレクシスさんはカウンターテーブルの近くにあるテーブルに向かい、椅子に座ってくつろぎ始める。
なんて自由な人なんだろう。
「リョウ。サクラ。何か食べたい物はあるか?」
「いえ。ちょっとよく分からないので、オススメがあればそれを食べようかと思います」
「オススメか……じゃあ、焼き鳥サンドで良いか。オジサン。焼き鳥サンド4つ」
「あいよ!」
焼き鳥サンド?
俺は何となく頭に串焼きされた鶏肉をパンで挟んでいるイメージを浮かべるが……合っているか不明だ。
いや、そもそも焼き鳥をサンドする事がおかしい。
「じゃあ、後は俺が持っていくから二人は席で待っててくれ。アレクも暇してるだろうしな」
「え、あ、はい」
そして焼き鳥サンドが何か分からないまま俺と桜はアレクシスさんの所に行く事になり、このまま待っているだけなのも気になる為、アレクシスさんに聞いてみる事にした。
「すみません。アレクシスさん」
「んー? なんだ」
「焼き鳥サンドって何ですか?」
「はぁ? 焼き鳥は焼き鳥だろうが。鳥を焼くんだよ。んで、それをパンに挟む」
「……いや、多分その認識は合ってると思うんですけど、なんかイメージが合わない気がして」
「あー、あぁ、あぁ。そういう事か。お前は焼き鳥っていう飯を知ってるんだな?」
「えぇ、まぁ」
「それで言葉が何かズレてんのか。ま、精霊の翻訳も結構適当だからな」
アレクシスさんがガッハッハと笑いながら、いつの間にかテーブルの上に置かれていた飲み物を飲む。
「あー、まぁ俺も詳しくはねぇんだけどな。鳥ってのは、あれだ。チキンだ。種類によって値段は変わるがな。ここの食堂は森で冒険者が捕まえてくるイエローチキンを使ってる」
「……イエローチキンですか」
「なんだ。そこからか? お前、イエローチキンって言ったらイエローチキンだろうが。全体的に黄色でよ。ぴよぴよ鳴いてんだ」
「アレクシスさん。それ、ひよこって名前じゃないですか?」
「いや、だから言ってんだろ。イエローチキンだって」
俺は頭を抱えたくなる気持ちを何とか抑えながら、話の続きを聞く。
「ちなみに、大きさってどれくらいなんですか?」
「あー。大きさか。嬢ちゃんと同じくらいじゃないか?」
「……いや、結構デカいな」
「当たり前だろ。イエローチキンだぞ」
「何か頭がおかしくなりそうですよ」
俺は巨大なひよこが、ぴよぴよ言いながら歩いている姿を想像して、首をひねる。
どうもイメージに合わない。
が、まぁ、異世界だ。俺たちの世界とは常識が違う。
「それで、そのひよこ……じゃなかったイエローチキンを捕まえて捌いて料理する感じですか?」
「あぁ。そんな感じだな。イエローチキンの捕獲依頼はいつもあるからな。お前も時間が出来たらやってみると良い」
「そうですね。そうさせてもらいます」
実際にイエローチキンとやらを見てみたい気持ちになっていた俺は頷き、いつかやろうと頭の中に刻み込むのだった。
そんなこんなでアレクシスさんと色々な生物や料理について話していた俺だったが、ふと桜が何かを目で追っている事に気づいて、俺もそちらへ視線を向ける。
そこには、食堂で働いている女の子が二人居た。
「気になるか?」
「……うん。ちょっとだけ」
桜はジッと、動き回っている二人を見つめており、ひらひらとした可愛らしい服が羨ましいのか。
もしくは働いているというのが羨ましいのか。
俺は考え、考えた結果、一つの妙案が思い付いた。
桜に安全な場所に居て貰う方法。
「アレクシスさん。あの子たちは、冒険者組合で雇われているんですか?」
「あぁ、ホワイトリリィの二人か。雇われてるというか。食堂で飯代を稼いでるというか」
「食堂で稼げるんですか?」
「それなりにはな。とは言っても冒険者なら普通に依頼こなしてる方が稼げるぞ」
「……なるほど。ちなみに、危険は無いんですか?」
「無くはねぇが、まぁ流石にちびっ子に手を出す様な奴は居ねぇよ。それにそんな奴が居たら袋叩きにされるぜ」
「そうなんですね」
「だから……まぁ、そうだな。お嬢ちゃんみたいな子だったら、外で依頼をするより稼げるかもなぁ」
「ホント?」
「あぁ、嘘は言わねぇよ」
アレクシスさんの言葉に桜が反応し、静かな目をアレクシスさんに向けた。
ジッと見つめる瞳には僅かな希望が宿っている。
それに気づいた俺は少し安心して笑いながら、桜に話しかけた。
「……」
「桜」
「……なぁに? お兄ちゃん」
「桜はここで働いてみたいか?」
「……うん、でも」
「でも?」
「お兄ちゃんが一人になるのは、心配」
「桜は優しいな。でも大丈夫だよ。お兄ちゃんは一人じゃ冒険しないから」
「そうなの?」
「まぁ、お兄ちゃんはまだ冒険者としての知識とか何も無いからね。出来れば誰かと一緒に冒険したいと考えているよ」
「それなら、お前ら二人でホワイトリリィと組んで依頼受けてみれば良い」
「え?」
「あの二人と、ですか?」
俺と桜の疑問にアレクシスさんはニヤリと笑ってから答える。
まるで悪戯を思い付いた様な子供の顔で。
「何か企んでますか?」
「まぁ、企んでいると言えば企んでいるが……お前らが困る様な事は何もねぇよ。くっくっく」
「……はぁ、分かりました。桜」
「うん」
「どうする? 向こうに聞いてからにはなるけど、一緒に冒険に行ってみるか?」
「良いの?」
「まぁ、向こうは先輩の冒険者だからね。そうそうおかしな事にはならないだろうさ。俺は桜を守るだけだ」
「くっくっく」
「……」
テーブルの向こう側からイヤーな笑い声が聞こえてくるが、無視しよう。
気にしてもしょうがない。
「なら、私、行ってみたい」
「分かった。じゃあ、頼んでみよう」
俺は少しずつこの世界の事になじんでいこうと小さく頷くのだった。
「くっくっく、ダメだ。もう耐えられん。ワハハハ」
「……」
騒がしい人を意識の外に追い出しながら。




