第103話『そして、また閉じる|想い《こころ》』
冬ごもり前の挨拶も終わり、孤児院での肉と油配りも終わった俺達は日が沈む頃、自宅へと戻って来た。
既に雪は、小さな子供であれば歩くのが難しくなるくらい積もっており、明日には小さな子供は歩けなくなるだろうなと思う様な量だった。
「とうちゃーく!」
「はひー。疲れたー」
「雪の上を歩くのって疲れるんだねー」
桜たちが順番に家の中に入ってゆき、全員が入った事を確認してから、俺は冒険者組合で聞いていた機能を試す事にした。
家の鍵として機能している魔導具に触れ、実行……する前に全員に確認を取る。
「じゃあ、外を完全に塞いじゃうけど、もう大丈夫かな? 外に用事は無い?」
「なーい」
「何もないよ。お兄ちゃん」
「ない……よ」
「大丈夫!」
「全部、終わった」
「私もありませんし。もう大丈夫みたいですね」
全員の確認が取れたという事で、俺は魔導具の機能を使って家を完全防護状態にする。
これで扉や窓は開けなくなり、外からの影響をほぼ受けなくなった。
あんまりにも凄い雪が降ると家が傷つく可能性があるし、どこからか魔物が迷い込んでくる可能性もあるから。その対策という事だった。
まぁ、魔物なら何とかなるけど、雪は俺じゃどうにもならないからな。
少しでも安全が増えるならそれの方が良い。
「じゃ、これで春まで家でのんびりしようか」
「そうだね!」
「楽しそうだね。桜」
「うん! だって、ようやくお兄ちゃんとのんびり出来るんだもん! こんなに嬉しい事は無いよ!」
「確かに、桜は仕事頑張ってたもんな」
「まぁ、それもあるけど、それだけじゃない……って、まぁ良いかぁ」
桜は何とも言えない曖昧な笑みを浮かべながら首を傾げた。
そんな桜が可愛くて、俺は桜の頭を撫でながら笑うのだった。
「さ。いつまでもここに居ちゃ疲れるし、みんなお風呂に入ってきちゃいな」
「え? お兄ちゃんは?」
「みんなの後に入るよ。まずはよく温まってくる事! いいね?」
微妙に不満そうな顔をしていたが、俺が意見を変えないという事を察したのだろう。桜たちは大人しく風呂場へ向かうのだった。
俺はと言えば、余ったというマンモスの肉を保存するべく、キッチンへ向かい、そこから地下の食料保管庫へと向かった。
肉の置き場所はフィオナちゃんから聞いており、迷いながらもその場所を見つけて、いくつかのマンモス肉をそこに置く。
そして、メモ帳にマンモスの肉と書いて、肉の近くに貼っておくのだった。
「ついでだし。他の食材も一応確認しておくか。今ならまだ何とかなるだろうし」
桜たちが風呂から出るのはまだ時間が掛かるだろうと、俺は保管庫の中をゆっくりと歩き、どんな食材があるか確認してゆく。
とは言っても正解が分からない為、ただ見ているだけに近いようなモノであるが。
しかし……。
「本当に色々な食材があるんだなぁ。まぁ料理を作るのに、一つの食材から作るって事も無いだろうから、これだけ色々とあるのか」
肉だけじゃなく、野菜も色々な種類が保管されている様で、前の世界で見た野菜に似ている物もあれば、完全に見た事の無い物も沢山あった。
どういう風に使うのかはサッパリ分からない。
分からないが、桜たちに任せておけば安心という気持ちもある。
「本当は、俺も手伝いたいんだけどな。それは桜も嫌がるからなぁ」
まぁ、桜としては俺に何かをしたいという気持ちがあるんだろうし。
料理が楽しいというのもあるだろうし。
新しい事に挑戦したいという気持ちもあるんだろう。
そんな風に、前へ進んでいく桜は愛おしいし、これからも桜が満足できる様に生きて欲しいと思う。
願う。
「その為に、俺が出来る事をやらなきゃな」
一人拳を握りしめながら俺は春からの決意を強くした。
そして、立ち止まっていた足を動かして、保管庫の更に奥へと向かって行ったのだが……。
そこにとんでもない物が保管されている事に俺は気づいてしまうのである。
「こ、これは!?」
それは、見渡す限りイエローチキンの肉で埋まった棚であった。
しかも棚全てを埋め尽くして、どこまでもイエローチキンで染まっている。
まるでイエローチキンの専門業者だ。
「いや、こんなに捕まえたか……?」
俺は記憶を掘り起こしながら、もはや恐怖を覚える程にイエローチキンに染まった区画を見つめる。
が、残念な事に俺の記憶は、イエローチキンをこれだけ狩ったという事を覚えていた。
そう。
思えば、森へ狩りに行く時、必ずと言っていい程イエローチキンを狩っていたのだ。
イエローチキンは色々な料理に使える食材だから。という言葉に頷いて、俺はひたすらにイエローチキンを狩っていた。
これが、その結果である。
「もうここまで来ると、森で狩るより、家で育てる方が良さそうな気がしてくるな」
しかし、畜産など可能なのか。その辺りはよく分からない。
冬ごもりが始まる前にいくつかの本を冒険者組合から借りてきたが、その中に畜産関係の本は無かった。
なら、調べるのは春になってからか。
「あー、でも家の改造に関する本は借りてたな。その辺りを見てみるか」
俺はひとまず家の限界がどの程度なのかを確認してからにしようと方向性を決めるのだった。
そして、見るものは見たと上に上がる。
その頃、ちょうど桜たちが風呂から出て来ていた様で、俺は入れ違いに風呂へ入るのだった。
何となく、今日は雪の積もる山での温泉に入りたかったため、想像力を頑張って働かせて景色を雪山にする。
「……少しばかり想像と違ったな」
俺は吹き荒れる吹雪の山を写しだす映写用の魔導具を見ながら小さく息を吐いた。
まぁ、しかし、見ているとそこまで悪くない様にも思える。
体を洗い、お湯にゆっくりと入ってから、深い息を吐いて目の前の光景を見つめた。
どこにあるのかまるで分からない謎の山々と、そこに吹き荒れる嵐の様な吹雪。
雪は上下左右あらゆる場所から画面の中を通過し、全てを白く染めてゆく……。
「うーん」
本当に何も考えず……というのは嘘になるが、雪と山を何となくイメージしただけなのだが、何故こんなにも吹き荒れた山になってしまったのか。
やはりまだ俺の心が荒れ狂っているからなのか。
まぁ……そうだよなぁ。
「オリビアさん居なかったしな」
「いや、別に未練があるって訳じゃないんだが、冒険者組合の受付に居ないっていうのがちょっと違和感があるだけで……」
「そうだよ。別に未練なんか無いんだ。別に、何もない」
「ただ、そう……」
そう、別にオリビアさんに未練がある訳ではないのだ。
まぁ、完全に断ち切ったのか? と聞かれると答えには困るのだけれど、オリビアさんが不幸になるのは見たくない。
幸せに笑っていて欲しいと思う。
だから、そう、だから……。
「お世話になったオリビアさんに、お礼が言いたかったんだ」
「前は言えなかったから、幸せになって下さいとか」
「結婚式を開く時は呼んで下さいとか」
「贈り物とか全力で用意しますねとか」
「たぶん。そういう事が言いたかったんだ」
「愛した人と共にいる。そんな当たり前で難しい幸せを、そんな世界でオリビアさんには笑っていて欲しいと思ったから」
「ただ、それだけだったんだよな」
また春になれば、オリビアさんに会える。
別に今日伝える必要なんか無かった。
でも、伝えないで押し込んでいた想いは、伝える事が出来ないまま永遠に取り残される事もあるから。
だから……。
「春になったら伝えなきゃな」
俺は体の力を抜き、湯の中で浮きながら天井を眺めて呟いた。
伝えられなかった想いは、今も変わらず俺の中で燻っている。
伝えるべき相手と、もはや話は出来ず、この想いはどこにも届かない。
「幸せ、か」
どこか遠く、幻の様なその言葉に、俺はただ心を閉じて、瞳もまた閉じるのだった。
セオストに冬が来ようとしていた。




