第102話『子供たちを笑顔にする|魔法《ねがい》』
アレクシスさん達に許可を貰った後、一応という事で教会の管理者であるシスターさんに話をしに行った。
シスターさんはそれなりに年を重ねた物腰穏やかな方で、この辺りの人々に肉を配りたいという話をすると、とても喜ぶのだった。
「それは素敵な提案ですね! アメリア様もお喜びになる事でしょう」
「ありがとうございます」
「その昔、アメリア様は寒い冬を過ごす前に、多くの物を人々に授けたと言います。氷原マンモスもその一つ。あなたはアメリア様の伝承にも詳しい方なのですね」
「あー、いや。その伝承を知っていたのは私じゃないですよ」
「そうなのですか?」
「はい。あのマンモスを捕まえて、皆に配ろうと言ったのも、私ではなく……あそこにいるジーナという子なんです」
「まぁ、あの子が……素晴らしい。誰かの為に心を向ける事の出来る方なのですね」
「えぇ。ジーナちゃんはとても優しい子なんです」
俺は窓の向こうで子供たちに囲まれて、困っているジーナちゃんを見ながらシスターに頷いた。
そして、シスターの許可も出た事だし、外へ出て桜たちを迎えに行こうとしたのだが……シスターに呼び止められた。
「リョウさん」
「っ! はい?」
「出来れば、あの子の解体を子供たちにも手伝わせていただけませんか?」
「それは、構いませんけど」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるシスターに、俺はあぁと一つの答えにたどり着いた。
孤児院に居る子供たちはいずれ自分の力だけで生きていかなくてはいけなくなる。
が、彼らが選べる職業はそう多くは無いだろう。
だから、その中の一つに解体業や冒険者の解体用付き添い人の道を作りたいのだろうな、と。
なるほど。
相変わらず学ぶ事が多い。
「では、丁寧に教えてくれる人を呼んできますね」
俺はシスターにそう返事をして、孤児院から桜たちが居るであろう場所まで走る。
そして、俺たちが転移した場所で待っていてくれた桜たちに礼を言い、事情を話しながら孤児院へと向かうのだった。
それから。
孤児院に着いたフィオナちゃんとリリィちゃんはシスターの提案に快く頷いてくれ、氷原マンモスの解体方法を子供達に教えてくれるのだった。
まぁ、俺もついでに聞くのだけれど。
「良いですか? 皆さん。氷原マンモスというのは主にセオストよりも北の方にある森に生息する魔物です」
「冬の時期によく現れる事から、氷原マンモスなんて名前が付けられました」
「その為、寒い場所で生きている氷原マンモスは皮が非常に厚く、中の肉は寒い場所での保存に適していると言われています。なので……リリィ」
「うん」
「なので、使うナイフは私が持っている様な細身のナイフではなく、今リリィが持っている様な太く固いナイフを使ってください。そして、皮を切る際には火の魔術で軽く刃の部分を炙り、魔力を多く含ませてから差し込むと……この様に簡単に皮に差し込む事が出来ます」
「「お~!」」
子供たちの歓声と拍手。
そして、ワクワク、うずうずとした目でマンモスを見つめる子供達にフィオナちゃんはクスリと笑って、子供達を数人に分けた。
「じゃあ、今からみんなでマンモスを解体してゆきましょう。一緒にいる大人の人はちゃんと子供達を見てて上げて下さい」
「あぁ」
「みんなもちゃんと大人のいう事を聞くんだよ」
「「はぁーい」」
かくして、子供達によるマンモスの解体作業が始まった訳だが。
まぁー、危なっかしい。
ナイフ捌きは素人なのだから仕方ないけれど、自分に向けてナイフを引いている子など見たら叫んでしまいそうだった。
「待って待って。危ないよ」
俺は一生懸命ナイフを引っ張っている子を抱き上げて、その子の手ごとナイフを掴む。
そして、刃物の持ち方を丁寧に教えるのだった。
「いいかい? 自分に刃を向けると、間違って体を傷つけちゃうかもしれないから、人がいない方に、こうやって使うんだよ」
「ひゃ、ひゃい」
「大丈夫。焦らなくて大丈夫だよ。そんなに力は要らないからね。使い方だ」
危なっかしい子に直接やり方を教えて、その場にいた子全員にやり方を見せた筈なのだが。
何故かみんな危ない持ち方をするので、全員に同じ様な指導をする事になった。
……。
いや、何となく分かるよ。
多分ワザとやってるんだろうなって。
でも、でもさ。
まだソラちゃん達と同じくらいかちょっと下くらいの子なんだよ?
早くないかね。
そういう色恋を始めるのは……。
お兄さん少しばかり心配だよ。
悪い大人に騙されないと良いんだけど。
なんて、俺は彼女たちと別れてから考えて、悩み、とりあえずアレクシスさん達にお願い、というか警告をする事にした。
「何とかしないと、まずいですよ。アレクシスさん」
「いや、別におかしくはねぇだろ」
「えぇ!?」
「そうだなぁ。あの子達もバカじゃない。怪しい奴に恋なんかしないだろう」
「ま。お前なら安心だ。精々ガキどもの初恋を守ってやれ。お兄ちゃん」
「くっ……!」
なんてこったい。
俺の恋は無残にも敗れ去ったのに、俺への恋はこんなにも容易く生まれてしまうとは。
しかし、子供なのだ。
どうしようもなく子供!
子供に手を出す大人がいるわけがない。
出会いとは、難しいものだなと俺は曇り空を見上げながら、心で涙を流すのだった。
それから。
俺たちはマンモスの解体も終わり、孤児院に置いてあったいくつかの鍋を使って、皮から油を抽出しつつ、周囲の人々に肉を配り始めるのだった。
「えぇ、えぇ。子供たちが是非に。という事で」
「まぁ……ありがとうございます。ありがとう。みんな」
「ううん!」
「いっぱい食べてね!」
ちなみに、肉や油は孤児院から……子供達から同じ地区に住む人々への好意という事で配られる事になった。
こうする事で、同じ地区に住む人々が子供達の事を気にしてくれれば幸い。という奴だ。
「すまんな。リョウ。我儘を言って。何か困った事があれば何でも言え」
「俺も。何かあればすぐに行くからな」
「ありがとうございます。アレクシスさん。ヴィルヘルムさん。でも、別に気にしてませんよ。俺としても、許可なくセオストの外へ行った事や、スタンロイツ帝国の国境を超えた事なんかを知られたくはないですからね」
「そうか。助かるよ」
「いえいえ。まぁ一番の功労者であるジーナちゃんもその方が良い! と喜んでましたからね。こうするのが一番なんだと思います」
「……帝国の魔女か」
「……」
「噂ってのは分からないもんだな。血も涙もない呪われた人類の敵。なんて話を俺たちは聞いてたが……」
「ジーナちゃんはそんな子じゃないですよ」
「わーかってるよ」
アレクシスさんは俺の背中を叩き、笑う。
その視線の先には、子供達と一緒に肉を配って笑うジーナちゃんがいた。
優しい、いい子なのだ。
ジーナちゃんは。
本当に。
「そういえば」
「ん?」
「忘れてましたが、色々とありがとうございました。アレクシスさんにも、ヴィルヘルムさんにも今年は助けられました」
「気にすんなよ」
「……はい」
「まぁ、俺たちも助けられたしな。リョウには感謝してるよ」
「だが、一個だけ気に入らねぇ所はあるな?」
「ん? あぁ、確かに一個あったな」
アレクシスさんとヴィルヘルムさんはニヤリと笑い合ってから、俺へと視線を向けた。
その悪戯好きな子供の様な笑みを浮かべたまま。
「いつまで他人行儀な呼び方をしているつもりだ? リョウ」
「そう、言われましても」
「一緒に死線を潜り抜けた仲間だろ?」
「……じゃ、じゃあ。アレクさんと、ヴィルさんと?」
「おう! リョウ。来年もよろしくな!」
「来年はもう少し落ち着てくれると良いんだがな」
「俺は多少刺激があった方が楽しいが」
「多少ならな。多少なら良いんだよ。だが、大抵の場合多少で終わらないからな」
「確かに」
わははと笑うアレクさんと、苦笑するヴィルさんに俺も笑いながら、来年もと頷くのだった。




