三つ子姉妹の運動会
思い出すと今でも目頭が・・・
三つ子が生まれた時には、こりゃあエライこっちゃ~と正直思った。
全員女の子。これを機に僕のおこずかいは一気に減ったのだが、それでも仲良くいつも元気で、感受性も豊かに育っていく娘達の成長を見守る事は、僕の人生で最大の喜びだった。女房に感謝したものだ。
そして時が流れ、去年この3姉妹は小学3年生になった。
長女の名前は“アヤカ”という。やや赤みがかった髪色が特徴的で、遠くからでもよく判別できる。少々ドジなところはあるが、姉妹の中で一番の努力家。妹二人の信頼も厚い。
あれは小学校に通うようになって、二週間目か三週間目のこと。
(アヤカは将来学校の先生になる)
と言い出した。担任の先生の事が大好きになったことが理由らしい。
以来、アヤカは家にいるときでも敬語を使う。憧れている当時の担任の先生の真似らしい。
僕が言うのもなんだが、よくできた長女だ。
次女の名前は“エミナ”という。ピンク色が大好きで、洋服なんかを買いに行った時は、ぜんぶこの色の服を選ぶ。
運動神経がずば抜けていて、幼稚園の徒競走では、2位の子に運動場4分の1周くらいの差をつけるほどだった。そう言えば、町内わんぱく相撲大会で、優勝景品のお米をもらってきたこともあった。3人くらい男の子を投げ飛ばしたらしい。
僕が言うのもなんだが、とても魅力と才能に溢れた次女だ。
三女の名前は“カナ”という。艶やかな黒髪で色白。3兄弟の中では一番性格がおっとりしている。この子は絵心のセンスがもの凄くって、こども絵画コンクールなんかでは入選率100%を誇る。
(これが小学1年生の描いた絵だなんて、信じてもらえるかしら?)
なんて、普通は不要な心配を、出展の際に担任の先生がするほどだった。
僕が言うのもなんだが、思わず頬ずりしたくなる可愛らしい三女だ。
さてこの3姉妹。偶然にも3年生の進級時、同じクラスになった。確率的にはほとんど奇跡に近い。授業参観が楽になっていいと女房は喜んだものだ。
「アヤカは出ない方がいいですかねぇ」
「何を言うか、アヤカッペ。参加することが大事なんだ。学校の運動会ってのは、そんなものだ」
9月のまだ残暑厳しいとある夕方のこと。何やらアヤカとエミナが庭先で揉めている。(ナニナニ?)と問うと、どうもこう言うことらしい。
今日、学校で二週間後に迫った運動会の通し練習があったそうだ。
そしてクラス対抗リレーで、あまり走ることが得意でないアヤカが、クラスの足を引っ張ったようなのだ。アンカーを任されたエミナが、最後に怒涛の追い上げを見せたが、それでも一着には届かなかったらしい。
そのことにアヤカが責任を感じ、最前の会話になったという訳だ。
(小学校の運動会の順位なんて、どうだっていいじゃないか)
そんな風に思った僕ではあるが、自分が小学生だった頃を思い返すと、アヤカの気持ちも理解できる。その年代の子供の感性とはそんなものだ。いずれにせよ、子供達の問題である。僕は口を挟むことはせず、二人をそっとしておいた。
「もっと腕を振るんだ。こうだ、こうだ」
シュッ、シュッとエミナが腕を縦に振る仕草。
「こうですか~」
「もっとだ。もっと強く振るんだ。でもバトンは落とすなよ~アヤカッペ」
翌日のこと、エミナ先生の特訓がどうやら始まったらしい。やっぱり子供の問題は、子供に任せておくのが一番だ。とても微笑ましい気分で、この日も僕は2人をそっとしておいた。
運動会当日。この日、僕も幸い時間の都合がついた。女房と2人並んで娘たちの応援だ。
花形種目であるクラス対抗リレーはお昼休憩の直前。
わが3姉妹の先頭を切って、まずは三女のカナが走った。
ホッ、ホッ、ホッとテンポよく走ったカナは、バトンを受けたときの順位を守り、次走者に繋いだ。黒髪が輝いて、とても綺麗だった。
現在の順位は6クラス中2位。
残り2走者を残して、娘たちのクラスは2位のままだった。ついに問題のアヤカの出番だ。こんなに緊張したことって最近あったかなと思える程、僕は緊張している。もう手のひらは汗でべっちょりだ。
アヤカがバトンを受け取った。先頭との距離はおよそ5~6メートルと言ったところ。
さぁ、アヤカ、頑張れ。
(ふぅ~ふぅ~ふぅ~~~)と独特の呼吸でアヤカが運動場を駆ける。前を走っている子のフォームが綺麗だ。かなり足が速い子のようだ。でもアヤカも必死に喰らい付いている。
エミナ先生の指導を守り、しっかり腕を強く振っている。
次走者として待つアンカーのエミナと、すでに走り終えたカナが、声を張り上げてアヤカを鼓舞している。そんな姉妹愛に思わず目頭が熱くなる。そしてバトンタッチ。少しだけ距離が開いたか。
エミナが走る。子供のフォームとは思えない強い前傾姿勢。後続はどんどん離れていくが、前の走者とはなかなか距離が詰まらない。さすがにアンカー。相手もすごく速い。
半周を残してその差は3メートル、いや2メートルに詰まったか。
最終コーナーでさらに距離を詰めたエミナが、先頭の子の後ろにピタリと付いた。
最後の直線。残された距離は15メートルくらい。
僕も必死に声を出しているが、それが打ち消されるほどの大歓声。エミナが前の走者を抜かんと外に出た。そして並んだ。
僕は大歓声の中、確かに聴いた。エミナがゴール手前で大きく叫んだ声を
「アヤカッッ・・・ペ~~~!」
さらに前傾を強めたエミナの胸が、一番にゴールテープに届いた。
エミナがクラスメートに囲まれ、揉みくちゃにされている。
「エミナちゃん、やっぱり速~~い」
「絶対エース。頼りになる~~」
「でも・・・」
エミナを囲んでいた一人の女児が、アヤカの方に向き直る。
「アヤカちゃんも速かったよ~。3組の子、すごく速い子なのに離されなかったもん」
「そうそう、アヤカちゃんが影のMVPだよね~~」
エミナを囲んでいたクラスメートが、今度はアヤカを囲んだ。
この瞬間、ついに僕の目から生暖かい粒が一滴だけ零れた。
「さっ、アヤカッペ、お昼ご飯だ」
ホッ、ホッ、ホッと速足でカナが先頭。続いてアヤカとエミナが、並んで僕たちの方に駆けてくる。そっと僕は目の周りをハンカチで拭った。
女房は手作り弁当の箱を開き始めていた。