愛されない妻 3
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「今日、お買い物に行ってお茶を買って来たんですよ」
夕食の席でオレリアは今日のことをルクレールに報告したが、彼はパンを口に運びながら「そうか」と頷いただけだった。
はじめて見た絵姿の彼と比べると、柔らかい金色の髪は少しばかり伸びただろうか。
よく晴れた夏空のような青い瞳は相変わらず優しそうなのに、その瞳がオレリアを向くことはない。
それきり会話は途切れてしまって、ルクレールは黙々と食事を続けている。
いつもの光景なのに、どうしてだろう、今日はひどく胸の奥が痛む気がした。
ほんの少しでもいい。
どんな些細なことでもいい。
ルクレールの関心を引きたいのに――二年も経つのに、彼がオレリアを正面から見つめてくれたことはない。
しょんぼりと肩を落として、オレリアはメインディッシュの鶏肉のパイ包みにフォークを入れる。
その様子を黙って見ていた執事のボリスが、重たい沈黙に耐えかねたのか、それとも見るに見かねてか、にこやかな表情で口を開いた。
「奥様が購入して帰ってくださったのは、旦那様がお気に召されていたブレンドティーですよ。食後にお入れしますので」
するとルクレールはちらりと顔を上げた。
オレリアはドキリとしたが、ルクレールはすぐに視線を落とし、食事を続ける。
「ああ」
(はあ。やっぱり今日も「そうか」と「ああ」だけしか言わないみたい……)
美味しいはずの食事も、こんな調子だからあまり味がわからない。
ほんの少しでもいいからルクレールに関心を示してほしいと願うオレリアは、我儘なのだろうか。
世の中には愛のない政略結婚をする貴族は大勢いて、夫婦関係が冷めきっているところも多いと聞く。
貴族の結婚なんて政略がらみばかりなのだから、オレリアもこういうものだと割り切るべきなのだろうか。
ダイニングの扉近くに立っているジョゼが、はらはらしながらこちらを見ていた。
ジョゼの言いたいことはわかる。
もう少し頑張って話しかけろと言いたいのだ。
けれども二年もこの調子で、オレリアの心はすでに折れている。
どんなに頑張ったって、ルクレールは「ああ」と「そうか」以外の言葉をくれないのだ。
ルクレールの目の前で嘆息してはいけないとわかっているが、オレリアがつい息を吐き出しそうになったそのとき、彼が思い出したように口を開いた。
「そういえば、来月母上が来るらしい」
「え?」
オレリアは目を見開いた。
ルクレールの口から「ああ」と「そうか」以外の言葉が飛び出したのは何か月ぶりだろうか!
驚くオレリアと視線を合わすことなく、ルクレールは続けた。
「すまないが準備を頼む」
「あ、は、はい!」
ルクレールの母リアーヌは、現在は王都から少し離れたところにある領地で暮らしている。
前コデルリエ伯爵が逝去するまではこの邸で一緒に暮らしていたが、義父が息を引き取ってからはのんびりとした隠居生活を送っているのだ。
(お義母様にお会いするのは久しぶりだわ!)
リアーヌはルクレールと同じ金色の髪に青い瞳の優しい義母だ。
結婚当初からルクレールがこの調子なので、オレリアのことをひと際気にかけてくれていて、離れて暮らすようになった今でも定期的に手紙のやり取りがある。
オレリアは笑顔を浮かべて、ジョゼを振り向いた。
「お義母様のお部屋はそのままだと思うけど、準備をお願いね。カーテンとかは前回いらしたときのままになっていると思うから、春らしいものに変えましょう! 今から注文して間に合うかしら?」
「大丈夫だと思いますよ」
ジョゼのかわりにボリスが答えてくれる。
にこにこ笑いながらジョゼとボリスとリアーヌを迎える準備の話をしているオレリアは、そんな彼女をルクレールがじっと見つめていたことには気がつかなかった。
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イラストはななミツ先生が描いてくださいました!
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