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愛されない妻 2

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「たくさん買えたわね」


 数種類の茶葉が入った袋を抱えて、オレリアはゆっくりと商店街を歩いていた。

 買い物にはジョゼもついてきてくれたが、ジョゼはジョゼでお茶屋の前に立ち寄ったお菓子屋で買った袋を抱えているので、お茶が入った袋はオレリアが持っている。

 ジョゼはお茶の袋も持つと言ってくれたのだが、あまり力持ちではないオレリアとて、このくらいの袋を持つことは造作もないのだと言って断った。

 買い物の醍醐味は、こうして買ったもの持って歩くことにもあると思う。


 昼前まで沈んでいた心は、買い物の効果か少し浮上して、オレリアはほかにめぼしい店がないかしらときょろきょろと視線を動かした。

 商店街の店は入れ替わりは激しくないが、それでもたまに新しい店が出店していたりする。

 前回買い物に来たのは一か月前のことだったので、今日までの間に新しい店が増えていてもおかしくない。

 案の定、少し奥まったところに、ぽつんと小さな看板を出している店を発見した。


「ジョゼ、あれを見て。新しいお店だわ」

「そのようですが奥様。看板には『占い』と書いてありますよ」


 ジョゼは看板に書かれた文字を見て眉をひそめた。

 近年のブームもあってか、ここ最近王都では占い師を名乗る人物が増えている。

 しかしその多くが、高額な占いグッズを売りつけたり、莫大な占い料を取ったりする詐欺まがいな人物で、つい先日、占い師に対する取り締まりが強化されたと聞いた。


「堂々とお店を出しているくらいだもの、信頼できる占い師なのよ」

「占い師に信頼も何もないと思いますけど……」


 二か月前に占いを信じて片思いの相手に告白して玉砕したジョゼは、それ以来占いに懐疑的だ。

 オレリアは苦笑して、「少しだけ覗いてみましょう」とジョゼの手を引いた。


(誰でもいいから、少し悩みを聞いてほしかったところだもの)


 心の中でそっとつぶやく。

 オレリアはこれからどうしたらいいのか。

 このままルクレールとの結婚生活を続けていていいのか。

 ……いつか、彼に愛される日は来るのか。

 なんでもいい。

 誰でもいい。

 行き場のないこの思いに、答えをくれる人が――背中を押してくれる人が欲しかった。

 それがたとえ、占い師であろうとも。


 店の扉を押し開けると、小さなベルがチリンと鳴る。

 店の中は狭く、窓に黒いカーテンを引いているからか薄暗い。

 店の奥にゆらゆらと蝋燭のオレンジ色の炎が揺れていて、そのさらに奥に、扇情的な異国風の衣装を身にまとった二十代半ばほどの女性が座っていた。

 口元は刺繍の入った布で覆われ、大きくてぱっちりとした瞳をオレリアとジョゼに向けて柔らかく細める。


(綺麗な人ね……)


 ふわふわと波打つ髪は、砂漠の砂のような色をしていた。


「いらっしゃい。ご用があるのは、そちらの黒髪の子かしら?」


 オレリアに視線を止めて占い師は言った。

 彼女の手元にはカードや水晶、他にもドライフラワーの束やお香など様々なものがおいてある。


「あ、はい、わたしです」

「そう。じゃあ、お付きの子は外で待っていてくれる?」

「え⁉」


 ジョゼがびっくりしたように目を丸くして、さっとオレリアの袖をつかんだ。

 怪しげな占い師とオレリアを二人きりにはできないと考えているのだろうが、占い師は青く塗った爪先で扉を指さす。


「あたしの占いはね、本人以外には聞かせてはいけないのよ。それほど長い時間じゃないから、ほら、外に出ていなさい」

「奥様……」

「ジョゼ、ちょっとの間だけだから、ね?」


 オレリアも知らない占い師と二人きりになるのは少し不安だったが、その不安を差し引いても、今の気持ちを誰かに相談したいという思いが強かった。


「…………わかりました。何かあったら大声をあげてくださいね」


 ジョゼは渋々頷いて、オレリアの手から茶葉の入った袋を取ると、それを抱えて店の外へ出る。

 占い師と二人きりになると、彼女がちょいちょいとオレリアを手招いた。


「そこに座って」


 言われるままにオレリアが占い師の対面に腰を下ろすと、彼女はじっとオレリアの顔を見る。


「悩み事があるんだろう? いいよ。話してごらん」

「どうしてわかるんですか?」

「それはあたしが占い師だから……と言いたいところだけど、そんな顔をしていればわかるよ。ここに入ってきたあんたは、ずいぶん思いつめた顔をしていたからね」

「あ……」


 オレリアは思わず自分の顔に手を触れた。

 そんなに思いつめた顔をしていただろうか。


(ジョゼが気晴らしに買い物をすすめるはずね)


 マルジョリーから聞かされたルクレールの元恋人の噂は、自分が思っていた以上にオレリアの心を打ちのめしていたらしい。

 オレリアは息を吐き出し、ジョゼにも、誰にも話すことができなかった心の内を、占い師に打ち明けた。

 占い師は相槌を打ちながらオレリアのとりとめのない話に耳を傾けてくれる。


 自分でもどうするのが正解なのかわからない悩みだらけの相談をすべて聞いてくれた占い師は、「なるほどね」と頷いてカードの束を手に取った。

 カードを手のひらの中で切って、それを裏返しにしてオレリアの前に扇状に広げる。


「この中から好きなカードを三枚選んでくれる?」

「三枚ですね」


 これまでの人生の中で占い師に占ってもらった経験は一度としてなかったので心配だったが、カードを引くだけなら自分にもできる。

 直感で三枚のカードを選んだオレリアは、選んだカードを占い師に渡した。

 カードには絵が描かれているようだ。

 カードの絵を確かめた占い師は一瞬難しい顔をして、息を吐いた。


「三か月だね」

「三か月?」

「ああ。この三か月のすごし方で、この先のあんたの未来が決まるよ」


 オレリアはぱちぱちと目をしばたたいた。


「それはどういうことでしょう? わたしはどのように過ごすのが正解なんですか?」

「それは言えない。なぜならあんたの中にはまだたくさんの迷いがあって、あんた自身が未来のことを決められていないからだ。あたしがあんたの三か月の行動を指定すれば、それはあんたの未来をあたしが決めることになる。あたしはそんなことはしたくない。だからね、あたしができるのは、この先の未来をあんた自身が選択する手助けをすることだよ。……そうだね」


 占い師はカードを置いて立ち上がった。

 黒い幕が張られている奥の部屋へ向かって、乳白色の石のついた一つの指輪を持ってくる。


「今日の夜は満月だ。この指輪を満月の光にかざした後で、左手の中指にはめて眠るんだよ」

「指輪を、ですか?」

「そうだ。この指輪が、あんたが心の奥底で本当に望んでいる未来に導いてくれるだろう」


 指輪を差し出されて、オレリアはおずおずとそれを受け取った。

 正直言って、指輪一つでオレリアの悩みが解決するとはどうしても思えない。

 しかし、オレリアのとりとめのない話を聞いてくれて、そして占いをしてくれた彼女の言葉は疑いたくなかった。


「あたしにできるのはここまでだ。いい未来が訪れることを祈っているよ」

「ありがとうございます。……あ! お代は」

「それはあんたが本当に望む未来を手に入れられたら受け取ることにするよ。――あんたの未来が、希望と幸せに満ち溢れたものでありますように」


 もうお行き、と手を振られて、オレリアは指輪を握り締めて立ち上がる。

 本当に料金を支払わなくていいのだろうかと不安になったが、占い師は笑顔で手を振っていた。


「あのっ、ありがとうございました」


 オレリアは占い師に向かって深く頭を下げると、店の外に出る。

 店が暗かったからだろう、途端に目に飛び込んできた眩しい灯りに目を細めて、オレリアは不安そうな顔をして待っていたジョゼに向かって微笑んだ。


(この指輪に本当に効果があるのかどうかはわからないけど、せっかくもらったんだもの、試してみましょう)


 ジョゼとともに、離れたところで待たせてある馬車へ向かって歩きながら、オレリアはふと思った。

 占い師は、指輪が「心の奥底で本当に望んでいる未来に導いてくれる」と言った。


(わたしが心の奥底で本当に望んでいる未来って、何なのかしら?)


 オレリア自身もわからない望みが、この胸の奥に眠っていると言うことだろうか。

 もしそうならば、いったいどんな未来が待っているのだろう――




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透明人間
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