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【コミカライズ】透明人間になったわたしと、わたしに興味がない(はずの)夫の奇妙な三か月間  作者: 狭山ひびき


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義母と透明になった義娘の三日間 4

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 翌日、オレリアはリアーヌとともに庭を散歩していた。

 と言っても、オレリアの姿はリアーヌには見えないのだが、日傘をさしていたらオレリアがどこにいるかわかるでしょうと言われて、日傘を差して庭を歩いている。

 コデルリエ家は高い外壁に覆われているので、日傘が宙に浮かんでいるところを誰かよその人に見られる心配はない。

 ちなみに、日傘を持っていない方の手にはベルがあった。散歩中は日記帳に文字を書けないからである。


(透明になっていても、日焼けってするのかしら?)


 どうでもいいことが気になったが、考えたところでわからない。


「ルクレールとはうまくいっているの?」


 花を眺めつつリアーヌが訊ねてきた。

 先月見ごろを迎えていたフリージアは残念ながら花の時期を終えてしまったが、常に何かの花が咲いているように庭師が計算して整えてくれていて、今はパンジーと、奥のあたりに植えられているエーデルフラワーが見ごろを迎えている。

 オレリアは少しだけ考えて、チリンとベルを鳴らした。

 うまくいっているのかという問いが、夫婦としてという意味なら微妙なところだが、この一か月間、ルクレールはとても優しくしてくれている。


「そう、よかったわ。あの子も少し大人になったのね」


 二十五歳のルクレールは充分大人だが、リアーヌにすれば子供に見えるのだろうか。オレリアは少しおかしくなった。


「あの子があの様子だったら、もうあなたに話をしてもいいかしら? 聞いて楽しい話ではないと思うけれど、あの子について、あなたに少し話しておきたいことがあるのよ」


 オレリアは首を傾げた。

 ルクレールについて話をしておきたいこととはなんだろう。


「もう充分庭は見たし、わたくしの部屋に行きましょう」


 オレリアはチリンとベルを鳴らす。

 玄関で日傘をジョゼに渡して、オレリアはリアーヌとともに彼女が使っている部屋へ向かった。

 リアーヌがメイドにお茶と茶菓子の準備を頼む。

 お茶が運ばれてくるころにジョゼがオレリアの部屋から日記帳とペンを持ってきてくれた。


「ジョゼも下がってくれるかしら? オレリアと二人きりで話がしたいのよ」


 リアーヌの指示でジョゼが下がる。

 ルクレールについての込み入った話のようなので、オレリアの侍女であろうとも耳には入れたくないのだろう。


(わたしが聞いてもいい話なのかしら……?)


 なんだか、ルクレールの秘密を本人に内緒で知ってしまうようで、後ろめたい気がしてくる。

 オレリアは手元に日記帳を置き、ティーカップを手に取った。

 綺麗な赤茶色の紅茶には、小さな波紋は浮かんでいるがオレリアの姿は映りこまない。

 一か月も自分の顔を見ていないと、自分自身のことなのに顔を忘れてしまいそうになる。


「ねえ、オレリア。ルクレールは、結婚してからずっと、あなたのことを避けていたでしょう? ずっと嫌な思いをさせてきたと思うわ。そのことについて、話そうかどうしようかずっと考えていたのだけれど、ルクレールがあの様子なら、今が頃合いだと思うから、話しておこうと思うの。本当は本人が話せば一番いいのだけど、あの子はたぶん、自分からこの話はしないと思うから」


 リアーヌが真顔で、少し重たい口調で言う。

 オレリアは自然と背筋を伸ばした。

 ルクレールに内緒で秘密を知ることには後ろめたさはあるけれど、聞きたい。

 ルクレールがどうしてオレリアを避け続けたのか。

 それは、マルジョリーが言っていた、ルクレールの元恋人に関係があるのだろうか。

 リアーヌは紅茶で喉を潤してから、視線を落として口を開く。


「ルクレールはね、あなたと結婚するずっと前から、女性を信じられなくなっていたのよ。女性不信と言えばいいかしら?」

「女性、不信?」


 オレリアはぱちぱちと目をしばたたいた。

 てっきり、ルクレールには想う人が別にいると言われると思っていた。

 思わぬ単語を聞いて驚いていると、リアーヌは少し間をおいて続ける。


「原因は今から……ああ、もう八年になるのね。八年前のことよ。ルクレールが十七歳の時のこと。八年前に、あの子にはほんの数か月ほどお付き合いしていた女性がいたのよ」

 オレリアはごくりと息を呑んで、日記帳にペンを走らせた。

 ――ルクレール様に恋人がいたという話は、人から聞いたことがあります。

「そうなの。余計なことを吹き込む人もいたものね。……でもね、オレリア。恋人とは少し違うのよ。恋人なんて言えるような関係ではなかったの。ルクレールは本気だったみたいだけど、相手にとってルクレールは……それ以下だったのよ」


 リアーヌは細く息を吐いた。


「どういういきさつなのか、彼女がどういう人だったのか、わたくしも詳しいことまでは知らないわ。ただ、ルクレールはその女性に恋をして、そして捨てられたの。その女性にはほかに恋人がいたらしいのよ。ルクレールは、そうね、ただの火遊びの相手だったと言えばいいのかしら? 彼女にとってルクレールはそういう相手だったの。そしてルクレールは手ひどく捨てられたそうだわ。それからよ。ルクレールが女性を信じられなくなったのは。女なんて信じられないから結婚もしないと言い張って……。でも、貴族ですもの。跡取りである限り、結婚しないわけにはいかないわ。だからあの人が――わたくしの夫が、強引にあなたとの婚約をまとめたの。ルクレールの意志を無視して、ね」

「……そう、だったんですか」


 オレリアは、ルクレールが望んでオレリアと婚約したのではないことくらい勘づいてはいた。

 しかし、ルクレールの過去にそんなことがあったとは思わなかった。


(そっか……女性不信……だから、わたしを拒絶したのね)


 オレリアがオレリアだったからではなく、ルクレールは「女性」がダメだったのだ。

 何故結婚初日からずっとこちらを見てくれないのだろうかと思っていたが、ようやくこれで理解できた。

 ルクレールは、ずっと心に傷を抱えていたのだ。


(そうとは知らず、わたしはこの二年間、無神経にルクレール様に話しかけて不快にさせてきたのね……。怒られなかっただけ、ルクレール様は優しいわ)


 朝食と夕食の間の、あの「ああ」と「そうか」の短い返事が、ルクレールにできる最大の譲歩だったのかもしれない。

 結婚を望んでいなかったのに強引に結婚させられ、女性が信じられないのに「妻」として受け入れ一緒に暮らさなくてはならなくて、彼はどれだけつらかっただろうか。


(一か月……ルクレール様は優しくしてくれたから、もしかしたらこの先もって勘違いしそうだったけど……わたしの存在がルクレール様を苦しめるんだわ)


 ルクレールは、オレリアが見えなくなったから優しくしてくれていたのだろう。見えないからこそ、それほど拒絶反応が出なかったのかもしれない。

 オレリアは左の中指にはまった指輪に触れる。


 三か月後に、オレリアの望む未来が手に入ると占い師は言った。

 それは、もしかしたらこのまま幸せな結婚生活が手に入るということかもしれないと、心の隅で自分に都合のいいように考えそうになっていたけれど、違ったのだ。

 このまま結婚生活を継続していたら、ルクレールは苦しいだけ。

 あと二か月後にオレリアが元に戻った後、オレリアはルクレールと別れた方がいいのだろうか。

 そう思いかけたとき、リアーヌが慌てたように言った。

 きっと、オレリアが日記帳に何も書かないことに焦ったのかもしれない。


「勘違いしないでちょうだい。ルクレールは変わったわ。わたくしの目には少なくとも、昨日のあの子は以前の、十七歳より以前のあの子に戻ったみたいに見えたの。だから、きっと、もう大丈夫だって思ったのよ。……あなたに話したのは、これを話しておかないと、あなたの中でわだかまりが残るような気がしたからなの。もしかしてまだ時期が早かったかしら? お願いよ、あの子を見捨てないであげてちょうだい」


 リアーヌの手が宙を彷徨い、そしてペンを包むように握り締める。

 オレリアの姿は見えなくとも、そこにオレリアの手があるのだと――まるで、昨日の夜の、ルクレールの行動のように。


(時期……お義母様は、わたしにこの話をするタイミングを見計らっていたのかしら?)


 もし、透明になる前のオレリアがこの話を聞いたなら、ショックを受けてすぐに離縁を考えただろう。

 一緒にいることでルクレールを苦しめるなら、離れたほうがいいと思ったに違いない。

 今のオレリアでもそう思うが、あの頃のオレリアなら、傷ついてすぐに家を飛び出していてもおかしくなかったかもしれない。


 オレリアはゆっくりと深呼吸をする。

 ルクレールは今もまだ女性不信なのかもしれない。

 でも、この一か月、ルクレールはオレリアに向き合おうとしてくれている。

 その事実があるのだ、この先のルクレールの様子をきちんと見てから考えたって遅くないと、オレリアは思いなおした。

 ルクレールの女性不信が現在進行形で続いていて、オレリアと暮らすことが苦痛で苦痛で仕方がないというのならば、その時に夫婦関係を解消するかどうかを考えればいい。

 リアーヌが心配そうな顔をしている。

 オレリアはリアーヌに掴まれたまま、ペンを動かした。


 ――大丈夫です。教えてくださって、ありがとうございました。


 驚いたし、ショックは受けたけれど、リアーヌが教えてくれてよかったと思う。

 ずっとわからなかった、見えなかったルクレールの心が、ほんの少しだけ、わかったような気がしたから。




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