義母と透明になった義娘の三日間 3
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「今日はどっと疲れた気がするな……」
夜、ベッドにもぐりこむと同時にルクレールが大きなため息を吐き出した。
――お疲れ様です。でも、お義母様が信じてくれてよかったです。
ベッドの上に上体を起こして、膝の上で日記帳に文字を書くと、オレリアはそれをルクレールに見せる。
「まあな。怒りだしたときはどうしようかと思った」
ルクレールはそう言うが、やっぱりあれは伝え方が悪かったと思うのだ。
がしがしと頭をかくルクレールに苦笑して、オレリアは日記帳にペンを走らせる。
――お義母様が怒るのははじめて見ました。
「うん? ああ、そうかもしれないな。君の前では怒ったことはなかっただろう。母上は君に対しては優しい義母でありたいと思っているようだから」
なるほど、オレリアの前でリアーヌが怒ったことがなかったのは、気を使ってくれていたかららしい。
ちょっぴりほっこりして、オレリアはくすくすと笑う。
「……今、笑っている?」
――どうしてわかったんですか?
「ペンが少し震えたから」
オレリアは驚いた。
ペンのわずかな震えまで見られているとは思わなかったからだ。
「よく観察していると、君がいまどんなことを思っているかが、少しわかるときがあるんだ。透明なのに、面白いね」
ペンの動き、文字の様子など、些細な情報からルクレールはオレリアを知ろうとしてくれているらしい。
(一か月前まで視線すら合わなかったのに……。この一か月でルクレール様とちょっと仲良くなれた気がするわ)
くすぐったいような気持ちになっていると、ルクレールが躊躇いがちに手を動かして、オレリアの持つペンに軽く触れる。
ルクレールには見えないだろうが、ペンを持っているオレリアの指先にも触れる位置で、オレリアはドキリとした。
思えば、ルクレールからオレリアに触れようとしてきたのはこれがはじめてだ。
透明になる前は言わずもがな、透明になってからは見えないのだから、触れようとしてくるはずもなく、ただ見えないオレリアを探すように視線を動かすだけだった。
どきどきしながらペンを動かせないままでいると、ルクレールはまるでペンがオレリアの一部であるかのように、その持ち手をゆっくりと指先でなぞる。
つーと羽が触れるように優しく指先もなぞられて、オレリアはくすぐったくなった。
「この一か月、ふとした時に不安になるんだ。本当に君はここにいるんだろうか、生きているんだろうか、元に戻るんだろうか……と。せめて触れることができればいいのに、触れることもできないなんて」
――わたしはここにいます。
ルクレールに触れられたままの書きにくい状態でペンを滑らせると、「うん」とルクレールが返事をする。
「わかっている。君はここにいる。いてくれないと困る」
オレリアはハッと顔を上げた。
「どうして困るんですか……?」
聞こえないとはわかっていても、震える唇でそう訊ねてしまう。
この一か月で、ルクレールとの距離は縮まった。縮まったはずだ。
でも、距離は以前よりも近くなったのに、ルクレールの心がわからない。
急に優しくなったからこそ、ルクレールがオレリアをどう思っているのか、無性にそれが知りたくて、でも知るのが怖くて、彼のふとした一言に一喜一憂してしまう自分がいた。
少しは、オレリアに心を開いてくれただろうか。
彼に恋愛感情を求めるのは図々しいけれど、せめて妻として、オレリアを受け入れてくれる気になってくれたのだろうか。
「困ると思ってくれるくらいには、わたしの存在を必要だと思ってくれているんですか?」
ルクレールにはオレリアの言葉が聞こえないからこそ訊ねられる。
透明になっていなければ、そんなことは怖くて口にはできなかった。
「あと二か月たって、わたしが元に戻っても、ルクレール様は今のままでいてくれますか?」
オレリアは震える指でペンを動かした。
もちろん、こんなことなんて訊けないから――
――わたしはここにいます。……ずっとここにいます。
ここにいるのだと、ただ繰り返した。





