21 教会での出会い
「こんなものかな」
アディーナは、台の上に並べ終わった品々を眺めた。
ここはバザーが行われる、聖ファティス教会の中庭。
バザーは正午から行われ、今は出店者が開店準備に勤しんでいた。
アディーナに割り当てられたのは、中庭の端。そこに三日かけて作った焼き菓子と、野菜のピクルスの瓶詰め、朝採れの野菜などを並べる。
「もう準備はできたの?、アディ」
隣で手芸品などを売るキャリイが、アディーナに声をかける。
ここ二年定期的にバザーに参加して、すっかり顔馴染みになっている。
「まあ大体は…ちょっと席を外します」
「早めに戻っておいでよ」
「はい」
キャリイに店を任せて、アディーナは教会の建物の裏へと向かった。
キョロキョロと辺りを見渡し、誰も見ていないことを確認すると、生垣の隙間を通り抜けた。
「コビー、コビー、いる?」
生垣を抜けると、小声で目当ての人物の名前を呼んだ。
『アディーナ』
ポンっと目の前に、痩せこけた頬をした少年の霊が現れた。
『待ってたんだよ。ずっと』
「ごめんね、コビー」
アディーナが彼と出会ったのはニ年前。教会に来たのは偶然だったが、ここへ通うようになったのは彼に会うためだった。
教会の裏手には墓地がある。だからそこにいる霊は一人や二人ではない。
しかし殆どの霊は、いつの間にかいなくなる。
きちんと供養された霊は、生きていた頃の記憶や執着を忘れて、やがて魂は生前の姿を失い、空気に溶けるように消えていくのだ。
彼らがどこへ行くのか、アディーナは知らない。
でも、それができない霊がいる。
コビーもその一人。
彼がいつからここにいるのか。霊は時間の感覚を忘れる。彼に聞いても、その答えは見つからない。
「これ」
アディーナはポケットから小さな袋を取り出し、コビーに差し出した。袋の中にはコビーのために持ってきた、アディーナが焼いたクッキーが入っていた。
『わあ、ありがとう』
「待ってて」
袋のままそれを地面に置いて、祈りを捧げる。死者への祈りと共に供物を捧げれば、それは死者へと届く。
『美味しい、美味しいよ、アディーナ』
「良かった。コビーのために作ったんだよ」
『ありがとう、アディーナ』
本当の名前を彼は覚えていなかったから、コビーという名はアディーナが付けた。
きっとこの墓地の中に彼の墓もあるんだろうと思うが、名前がわからないので探しようがない。
アディーナのクッキーを、美味しそうにコビーは食べる。
実際は食べていないのでクッキーは無くならないが、コビーの魂が満足していくにつれ、周りに漂う黒い靄のようなものが消えていく。
アディーナが彼の元へ足繁く通うのは、彼の靄を晴らすためだった。
よくはわからないが、黒い靄は時間が経つと増える。そしてそれは霊を蝕んで自我を失わせ、凶暴化させていく。
霊の全てがそうなるとは限らない。ただコビーは、アディーナが初めて出会った時も黒い靄に覆われかけていた。
アディーナが声をかけたが、その時彼の目は、くり抜かれた人形のように虚ろだった。アディーナが話しかけるうちにその目は形を変え、ようやく今のような表情を見せるようになった。
『ありがとう、美味しかったよ』
「それは良かった」
にこやかなコビーの笑顔を見て、アディーナも微笑んだ。
「じゃあ、私、まだやることがあるからもう行くね」
『うん、またね』
「うん」
手を振ってコビーと別れると、アディーナはまたもと来た場所を通って売り場へ戻った。
「え?」
売り場へ戻ると、なぜかその場の空気が張り詰めていて、ちらほらと見慣れない揃いの制服を着た騎士たちが立っていて、物々しい雰囲気だ。
「あ、アディちゃん」
キャリイがこっちこっちと、アディーナを手招きする。
「何かあったんですか?」
彼女に駆け寄って尋ねた。
「それがね、どうも偉い身分の人が教会に来るみたいで、あの人たちはその護衛らしいよ」
「へえ…偉い人…どこかのお貴族様でしょうか」
自分も一応は公爵令嬢なのだが、生まれてこの方令嬢として扱われたことがないので、アディーナはそのあたりの自覚がない。
「でもどこかで見たことのある制服だな」
どこでだったかと、アディーナは記憶を探った。
白い布地に襟と袖口が青く、ボタンは金色。
肩にも金色の肩章が付いている。
「あ」
「皆のもの、よく聞きなさい」
アディーナが思いだしたのと、騎士の一人がその場にいる全員に向かって、声を張り上げたのはほぼ同時だった。
「これより王妃様と王子様お二人がお越しになられる」
「げ…」
この国の王子は二人。
その内の一人はアシェル王子なのは言うまでもない。




