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20 それぞれの事情

 その日の夜、再びグレナダとジャンが現れた。


『そうかい、ありがとうね、お嬢ちゃん』

「いいえ。ひとつ訊きたいのですが、ご近所との仲はうまくいっていなかったのですか?」


 昼間の様子からアディーナがそう訊ねると、グレナダは暫く俯き頷いた。


『昔から捻くれ者でさ。人付き合いがうまいとは言えない。それで息子とも衝突してしまって。旦那が生きているうちは、旦那が取り持ってくれていたんだけどね。旦那が亡くなってすぐに出ていってしまった』

「それで、息子さんは?」

『どこで何をしているのやら…一度結婚して男の子が生まれたと手紙をよこしたが、返事をしなかった。なんで素直になれないんだろうね。自分で自分がいやになるよ』


 彼女からは後悔の念が色濃く漂う。これまでも、自分の言動に後悔と反省を繰り返して来たのだろう。


『こんな性格だから近所の人とも打ち解けられなくて、お金を貸していることを口実に呼びつけたり、子どもそっちのけでおしゃべりに夢中になってるのを注意したり、隣の夫婦も子どもがよく泣くから心配で…』


 本当は皆と仲良くやりたいのに、やることなすこと裏目に出てしまう不器用な老婆がそこにいた。


「勿体ないですね。生きているうちにそんな素直な気持ちを誰かに話していたら…夕べ会った時からグレナダさんがいい人だと私にはわかっていました。生前の肉体がどんなものであれ、霊魂の輝きを見ればどんな人かわかります」


『お嬢ちゃん…ありがとう。誰かに自分を受け入れてもらえることがこんなに嬉しいことだと思わなかった』


『よろしいでしょうか』


 ジャンが遠慮がちに声をかけた。


『私も親に反抗して家を飛び出して来たくちです。私の場合は親父が鍛冶職人で、そのせいかどうかわかりませんがひどく頑固で、気に入らない客の依頼は受けないし、だから腕があっても我が家はいつも貧乏でした』

『うちと逆だね。私の旦那は商売人だけど金勘定が下手でね。頼まれたら嫌とは言えない性格でさ、相手がそんな旦那の性分を見て代金を値切ってくるもんだから、私がいっつも間に入っていた。おかげで鬼女房だと陰口を叩かれて…それでそこそこの財産を持てたから余計に妬まれてね』


 縁もゆかりもなかった二人が、意外な共通点を見つけて意気投合していた。彼の年齢はグレナダさんの子どもという年齢よりは少し若いが、グレナダさんには別れた頃の息子さんに見えているのかもしれない。


『ある日、五歳になる妹が熱を出したんです。十歳下で生まれつき体が弱かった。いつも貧乏だったから満足に食べられず、当然薬を買ったり医者を呼ぶこともできなくて…その頃見入りの良い仕事を親方から持ちかけられて、それを受ければ妹は助かるはずだった。相手は支度金を前もってくれると言ってくれたから…でも』

「お父さんは受けなかった。そうですね」


 彼の父親のことは知らないが、話を聞いているとそうなんだろうと思った。


『その依頼主は使うためでなく、飾るための見映のいい武器を依頼してきました。親父は道具は使ってこそ意味がある。壁にかけておくだけのものなど作れないと…私も母も、今回ばかりは引き受けてくれと頼み込んだ。そのお金があれば妹は助かるからと。でも親父は一度信念を曲げたら、これまで貫いてきたことが無駄になると言って、頑として首を縦に振らなかった』


 彼からその時の憤りが伝わってくる。


『妹の葬儀で、私は父を罵りました。ちょうど成人する年でしたから、すぐに家を出てそれ以降家には帰っていません』


 子どもと疎遠になった親。家を飛び出した子。立場が違うが、どちらも血を分けた家族との確執を抱えている。

 アディーナには肉体は失ったが祖父と母がいて、父とはすぐ近くにいながら絶縁状態。

 複雑な家庭環境は、どこにでもあるものだ。


「奥さんの方のご家族は?」


 大家はどちらも身寄りがいないと言っていた。


『妻の方は正真正銘、両親も兄弟もおりません。幼い頃に事故で亡くなり、その後孤児院で育ったと聞いております』

「思ったんですけど、ジャンさんのご家族に、一度連絡してみてはいかがでしょうか? お子さんは彼らにも孫にあたるわけですから助けてくれるかも」

『飛び出したきり、何年も連絡すらしない息子の家族ですよ。歓迎するわけが…』

『そんなことはない! お嬢ちゃんの意見も一理ある』

「グレナダさん」

『親は子がいくつになっても心配するものだよ。やってみる価値はあると思う。私が言うのもなんだがね』


 色々な親子がいる。グレナダさんは息子と疎遠になったことを後悔している。もし機会があれば、もう一度会いたいと思っているのだろう。

 アディーナは自分の父を思い浮かべる。親子の情は最初から二人の間にはない。

 だからといって、他の親子もそうとも限らない。


『あなたの言葉なら、重みがありますね』


 ジャンは覚悟を決めたようだった。


『両親に手紙を書きます』

「じゃあ、私がお手伝いします」


 彼の故郷は、王都から馬車で一週間はかかる。


「グレナダさん、ありがとうございます」

『私は何も…お嬢ちゃん…アディーナ様のおかげで私も最後に面と向かってお礼を言ってもらえることができました』

「グレナダさんのお子さんのことも、最後に手紙を送りませんか」

『しかし…私のことを恨んでいたら』


 彼女が怖気づくのもわかる。しかしそれも彼女の心残りなら、何とかして解決してあげたいと思った。


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