1.不吉な子
アディーナ・ヴォルカティーニは名門公爵家、ヴォルカティーニ家の当主、ミュカエルとその妻エレノーラの待望の第一子として生まれる前から周囲にその誕生を期待されていた。
だが、いよいよ母親が産気付き出産という時に状況は一変する。
丸三日をかけた難産の末、母親のエレノーラは還らぬ人となった。
生まれてすぐに乳母に委ねられた彼女は、愛する妻を亡くしたミュカエルは生まれたばかりの娘にただの一度も触れることはなかった。
父と母のことを知らないままに育ったアディーナは、父譲りの漆黒の髪と母譲りの黒い瞳の双黒の色を持ち、それが更に彼女を闇色の不吉な子と噂されるようになったが、彼女自身は滅多にくずったりすることもなくとても大人しい子だった。
その物静かさ故に離れで育てられたのもあって殆ど目立つこともなく五歳まで育った。
彼女が五歳になるとようやく父親は彼女のことを思い出した。
エレノーラを亡くして二年後に彼は新しい奥方を迎えており、その翌年には女の子を、更に二年後に待望の跡継ぎである息子が生まれていた。
五歳になるとウルジア国の子どもたちは魔力鑑定の儀式を受ける。
この国の者は少なからず魔力を有しており、その魔力量は個人差があるためその量がどれほどのものか量るのだ。
平民ならその量の大小で将来の職が決まり、貴族なら下級の位であっても高官の職に就いたり上位貴族との婚姻も望める。
母の命と引き換えに生まれて黒い髪と瞳を持つ娘でも、魔力量が多ければ将来家門の役に立つ。
五年ぶりに自分の前に姿を見せたアディーナは、亡くなった妻の面影を写す可愛らしい娘に育っていた。
「お父上、ごきげんよう」
生まれて初めて父親と対面するというのに、アディーナは物怖じせず小さいながらに完璧なカーテシーで挨拶をした。
「うむ……」
乳母と数人の身の回りを世話する者しか付けていないのに、ここまで完璧に作法を身に付けていることに、彼は誉めるどころか不気味さを感じた。
殆ど放置している娘だったが、時折彼のところにその様子が伝えられていた。
誰もいない空中に向かって何やら話したり笑ったり、知らない筈のことをまるでその場で聞いていたかのように知っている。
まだ字もろくに読めないのに、難しい本を欲しがったり、食べきれない量の食べ物を食卓に並べさせる。そしてそれらがいつの間にか綺麗に無くなっているのである。
その様子を不気味がり、彼女の周りの使用人は長く続かない。
今では乳母と通いで数人がいるだけだ。
「今日は何の日かわかっているな」
「もちろんです。まりょくかんていのひです」
「そなたのような色の娘でも、魔力があればそらなりに嫁ぎ先も見つかるだろう」
公爵の感心事はまさにそれだった。
魔力鑑定でいくらかの結果が出れば、こんな娘でもどこかに嫁ぎ先が見つかるだろう。
「まあ、噂通りの子ですね」
そこへ現れたのは二歳になる娘を連れた後妻の継母だった。
「……………」
「あらいやだわ、この子挨拶もできないのかしら」
「アディーナ、きちんとあいさつをしなさい」
黙ったままで彼女を凝視するアディーナに父親が注意する。
「おかあさま……こわい」
母親に似た淡い栗色の髪と緑色の瞳をしたアディーナに取っては母親違いの妹のシャンティエが黒髪黒目のアディーナを見て怖がった。
アディーナはなぜか妹にも何も言わない。
「あらあらシャンティエにはあの子が魔物に見えるみたいですわ。旦那さま、早くこの子を連れて行って下さい」
「うむ、わかった。ではアディーナ、行くぞ」
「はい、父上さま」
この日初めてアディーナは馬車に乗った。