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その片脚少女、鍛治師を超える〜貴族に見染められたって聞いたのに「気持ち悪」はなくない?〜

作者: 生くっぱ

 カンッーカンッー


 鉄を打つ猛々しい音が部屋に響く。肌が焼ける様な高温を相手に、身体に溢れる汗の滴を意に介さず槌を振り下ろす。正確無比に叩きつけられる鉄の塊は、やがて少しずつ形を成していき、職務を全うする日を楽しみにしているかの様にギラギラと輝いていた。


 ジューーー!


 水に沈められた事で輝く赤は失われ、少女はその剣になろうとしているものを覗き込む。良い出来だ。そう心の中で呟くと、口角を少し上げながら、剣を再び炉に戻した。少女は火の属性魔法(エレメント)を使えた。この能力を駆使する事によって質の高い武器を生み出し、近隣の鍛冶屋を一線超えた武具を世に送り出していた。元ギルド所属という立場もあり、顧客に事欠く生活にはならなかったが、代わりに暇を失った。だが、彼女はそんな生活に満足していた。


「メイサ、調子はどうだい?」

「上々さ、ゲン爺は?」

「ここの所は戦が多いからな、どこも大忙しよ」

「違いねぇ」


 時折、近隣の鍛治職人たちが少女の様子を確認しにきていた。腕は良くともまだまだ少女。親心にも似た心情を抱く職人達は多かった。椅子に座ったまま雑に会話出来る気心の知れたご近所さん、そんな関係だ。ついでだと、そう言わんばかりに職人は言葉を続けた。


「そうだメイサ、お前結婚の話、来ていただろ?」

「何の話してんだよゲン爺」

「あれ、どうしたんだ? 相手は貴族らしいじゃないか」

「誰に聞いたのさ」

「それは良いだろ、でどうなんだ?」

「……断れる訳ないだろ」


 少女がまだギルドに所属していた頃、貴族の護衛に何度か同行していた。その中の1人から婚約の打診があったのだ。貴族という人種は一様にプライドが高く、下手な扱いをしてしまうとかえってマイナスになるケースが多かった。そして少女はその事を良く理解していた。件の貴族は、この辺りの鍛治職人から頻繁に武具を買っていたから。自分が原因でその関係性にヒビが入る事を恐れたのだ。


「そうかそうか、お前が貴族の仲間入りってんなら安心だ。ワシらも安心して死ねるわい」

「あんな連中の仲間になんてならないよ、死ぬな馬鹿」


 少女は悪態を吐きながら、椅子に座ったまま両脚を上げた。否、両脚は上がらなかった。何故なら少女には。


「アタシのこの脚で、どうやって貴族をやるのさ」


 ギルドに所属しているとこう言った事は頻発する。少女の身体には右脚が付け根辺りから存在していなかった。ギルドに所属している者がそれを辞める時、それは戦線復帰が叶わないほどの怪我を負うか、死ぬかだ。


「むぅ、だがそれは分かっていて来ているんだろ?」

「さぁね、アタシが知るもんか」


 ギルドを脱退しこの道に入ってからはずっと鉄を打ってきた。元々興味があった事が功を奏して少女はメキメキと腕を上げて行った。戦場に居た経験から、客が求める細かい機微に気が付ける少女は、ギルドの面々からしても有難い存在となっていたのだ。


「まっ、あまり悪態吐かずに愛想良くやれよ?」

「悪態なんて吐いてねーよ馬鹿爺」


 炉に入れていた剣を再び引き出すと、真剣な目に戻り、カンッーカンッーと作業を再会した。その姿を見て職人は笑みを溢しつつその場を去った。剣を叩きながら少女は思い出す。自身が戦場を退く原因となった戦いを。全身に傷を負い、脚をもがれ、仲間は次々に殺され、もうダメだというその時だった。黒衣に身を包んだ白髪の男が戦場に割って入って来たのだ。そして瞬く間に全ての敵を斬り伏せた。少女自身腕に覚えはあったし、パーティメンバーは達人揃い。難易度の高い戦いに赴いては勝利をもぎ取って来た屈強なメンバーだったのだ。それを蹴散らした難敵を、一蹴。あまりの衝撃にその存在がとても美しく思え、脳裏に焼き付いた。故にその男が奴隷商人だと聞かされた時には驚きもした。だがそんな瑣末な不安さえ吹き飛ばされ、少女は丁寧にギルドへと返還されたのだ。その奴隷商人の手によって。あの日の事が、忘れられないのだ。


「ふぅ、理論はこれで良い。後はアタシの、腕次第か」


 打ち上がった剣を見てそう呟いた。彼女には一つの夢があったのだ。いつかその男に、剣を贈りたいという。だが相手は自分の遥か先に辿り着いた強者の中の強者。生半可な剣では迷惑をかける。迷惑をかけるというのは即ち死に繋がる問題なのだ。だから彼女はずっと考えていた。どうすれば良いのかを。そんな折だった。妙に騒がしい気配が辺りを包み、少女に【こんな職人しかいない道に、人気が多いなんて珍しい】とさえ思わせた。燻しみながらも窓を見ると、そこには綺麗な服に身を包んだ団体が整列していた。例の奴らが来たと、すぐに理解出来た。


「挨拶に来たぞ、メイサ殿」


 そんな声が聞こえる。挨拶だなんて白々しい。これは半ば強制連行に近い所業だと思った。故に少女は飾らなかった。ガチャリと、部屋扉を開けると、むせかえる様な湿気と鉄と汗の匂いを扉から放ちながら、服も着替えず、堂々と現れた。断れと、そう心の中で念じながら。


「よう、何か用かい? 買い物ならギルドを通しな」


 土に汚れた顔のまま何も気取る事なく、ただ直立が難しいので扉の淵に寄り掛かりながら、そんな言葉を吐き出した。ゲン爺の恐れていた悪態とまでは言わないが、かなり良くない対応だと言えるだろう。


「いや、買い物ではない。貴女自身に用があって……」


 少し、引き攣った顔をした。ギルドにいた頃はこんなではなかった筈と、記憶の中の少女との齟齬に驚いた。だが顔は相変わらず可愛らしい。ならば問題ないと、少女の予想を裏切り、男は踏み込んできた。


「ひとまずこっちに来い」

「わわっ!」


 少女の手を取り無理やり引き寄せて。予定としては、恐らく胸で抱き止めて、そのまま腰に手を回して歩こうとでも言いたそうな雰囲気だった。しかし、そうはならないかった。


「痛って……」

「す、すまな……えぇ!?」


 男の胸に到達するには、両脚の存在が不可欠だからだ。ワナワナと震える貴族の男は、そんな少女に手を貸そうともせず、自身がこの非道を招いた状況で、こう言い放った。


「き、気持ち悪。脚、何それ」


 そうだよなと、狙い通りだと、少女は考えようとした。仮にその言葉を引き出せた事が狙い通りだったとしても。受け入れられるかどうかは別の話だ。


「はぁー、お前、顔は良いから側室にでもして遊んでやろうと思ってたのに、何だその気持ち悪い身体。うぇっ、吐きそう。これならまだ奴隷でも買った方がマシだ。帰るぞ」


 地面に蹲ったままの少女を置き去りに、貴族の一団は足早にその場を去って行った。誰もいなくなったその道で倒れたままの少女は、地面の土を握りしめ震える拳を叩きつけ、涙を流した。分かってはいたのだ。こうなる事は最初から分かっていたし、言われた言葉に偽りはない、と思った。だが、だからと言って直ぐに飲み込める、という訳でもなかった。


「何しとんねんワレ」

「へ?」


 突然、声が聞こえた。


「そないな所で寝てからに。嬢ちゃんここの職人やろ? ギルドに卸しとる商品見て来たんや。何か参考になるもんないんか?」

「あ、えと、えぇ!?」


 目の前いた男は、いつかの奴隷商人だった。訳が分からない。さっきまで打ちひしがれていたのに、何故こうなった? 整理出来ない気持ちを何とか抑えつけて、何一つ理解出来ないまま男の手を借りて立ち上がった。その時、思わぬ言葉が少女の内から飛び出した。


「あの、覚えていますか?」


 質問に答えず、質問を放ったのだ。どうしても我慢出来なかった。先の混乱からなのか、少女自身返事もせずに言葉を発している事に気付いてすらいなかった。叶うならこの人に、自身の用意出来得る最高の剣を贈りたい。それだけを夢見て工房に篭り続けた。その存在が目の前にいるのだ。辛抱強い少女ではあったが、我慢なんて出来なかった。


「変異種のミノタウロスにやられとった一団の嬢ちゃんやろ?」

「そうです!!」


 信じられなかった。もう何年も前の事なのに。たった一度の、奇跡の様な時間だったのに。まさか彼の記憶の中に自身が留まっていただなんて。気持ちが溢れ出て来た。涙も止まらなかった。


「それはえぇから剣をやな」

「ダメです!!」

「何やねん、何で鍛冶屋の入り口で泣かれた挙げ句に入店拒否やねん。俺何かしたんか?」

「違うんです!!」


 ダメなのだ。ここにある剣では、彼に相応しくない。やがて本当に剣が意味を成す戦場でこそ、剣は役割を果たせない。身を守り、敵を屠る、それこそが剣の存在意義だ。この人の実力であれば、ここの剣は耐えられない。必ず折れる、その確信が少女の中には存在している以上、渡す訳にはいかなかった。それ程、あの時少女が感じた魔力は圧倒的だったのだ。


「アナタに逢えたら、お願いしたい事が二つありました」

「何でやねん、店に入れてくれや」


 自分でも信じられない程、我儘に会話を続けた。


「アナタの能力の名前を教えて下さい」

「は? 嫌や」

「技の名前でも良いんです!!」


 剣を打つ上で、イメージが欲しかった。この男が腰にさげ、そして剣を抜いて、技を使う。余りにも違い過ぎる実力の差から、少女は後一歩の所で、剣への揺らぎを残していた。それでは真の意味で彼に相応しい剣は打てない。


「お願いします!!」


 脚がない故にバランスも上手く取れないまま、勢い良く地面に頭をぶつけた。誠心誠意、少女の示せる最大限の敬意を以って。


誇り高き亡者の鉄槌(ヴェルファイア)

「べ、べる……」

「志し半ばで死んだ友の、代わりに振るう技や」

「!?」


 男は理解出来なかった。長い目で見た時に、今のタイミングから鍛冶屋に当たりを付けておかねば困った事になると、訪れただけだった。故にこの状況も、少女の質問の意味も、何もかも理解出来なかった。だがひとつだけ、これだけは見て取れた。少女は、兎に角真摯だった。ギルドでみた武具も、相対して言葉を交わした少女自身も。彼にとって不足は無かった。故に、先に示したのだ。彼なりの信頼を。たがそうは答えても自身の装備を換装する事など想定していなかった。答える必要は無かった筈だ。だが、気圧されたのだ。少女の熱に、思いに。だからこそ明かしてしまった。未だ誰一人として知る人のいない、彼の能力に纏わる片鱗を。


「一週間、いや3日下さい」

「は? いやだから商品をやな」

「今日は帰って下さい!!」

「なんでやねん」


 無理やり押し出され、扉を閉められる。界隈で知らない人など居ない程に名を馳せた男が久しぶりに陥った粗雑な対応。だがそれを粗雑と断ずるには余りにも真摯。訳も分からぬまま、男は来た道を引き換えした。何一つとして収穫を得られなかったという徒労感と、謎の期待感を持ちながら。



 ______




 少女は見つめ合っていた。それは今から使おうとしていた素材、剣を打つ上でベースとなる素材。本来ならば鉄、そこに必要な物をブレンドしていき硬度を高めて、軟度と硬度の極限のバランス調整を経て剣となる。だが今回は違う。それでは彼には相応しい剣は打てない。故に、かねてより温めていた技法を試す時が来たと思った。そんな少女の前に並べられていたのは4つの魔石だった。


 魔石とは、魔物を討伐した際に稀に発生するドロップアイテムで、ポーションの原料になったり、そのまま魔力源として技を行使したりと、多種多様な利用価値があり、値の張る素材だ。だがしかし、これは剣の素材としては扱われていなかった。これを打つという発想が職人達の間で存在していないからだ。確かに魔石は多種多様な用途が存在する。だが決して硬度に優れている訳ではない。特徴付ける素材として、粉末にまで砕いた魔石を混入する事はあったとしても、これを主軸に考える者など居ただろうか。


 青、赤、黄、紫。


 順番に並べて見つめ合う。彼らは必ず自分を見ている。一瞬でも油断したならば、何一つとして為せないだろう。ギルド時代に、仲間と獲得した魔石たち。売れば急場を凌げる金になるだろうが、何があろうと手放さなかった。きっと全ては今日の為、そうだと確信した。


 一つ、青い魔石に手を伸ばす。色で価値は変化しないが、使う魔力に呼応する度合いが変わるので、水系統や落ち着いた剣士であれば、これが最適だろう。だがしかし、それをそっとその場に戻す。違うという感覚、違和感があった。彼は確かに落ち着いているが青かと言われると、違う気がする。


「ヴェル……ファイア」


 言葉にして噛み締める。名のまま単純に考えるなら自身の能力と同じ【火】を連想させる。だが少し違う気がした。志し半ばで死んだ友の剣。穏やかそうでいて、荒々しい、色々な意味が混在する言葉の様に思えた。だがふと思った。これは【繋がり】なのだ。そう思うと、スッと。自然に手が赤い魔石を手にしていた。友の志しを継ぐ、剣。何故赤にしたのか論理的な説明は難しかったが、少女には確信があった。これだ。


 炉に入れて、火の属性魔法(エレメント)を発動する。本来ならば魔石は火で溶けたりしない。だが、少女は絶え間ない努力の末に、炉内の温度の限界を超える技を身につけていた。赤い魔石を溶かし粉末状にした石塊と砂鉄を加え焼き入れる。芯金も玉鋼もベースなる物は魔石から生成する。恐らくだが、形成こそ出来たとしても、硬度は保てないだろう。そこいらに存在する駄作以下となる事は明白だった。だがしかし、少女は作業を続けた。何度も何度も焼き入れては確認し、時間の経過など把握出来ない程に没頭した。以前よりも明確に、男の姿が想像出来ていたからこそ。より深く作業に入り込めた気がした。先日までの自分ではこうはいかなかっただろう。婚約が無かった事になった事さえも、もしかしたらプラスに働いていたかもしれなかった。


 そして一般的な職人たちですら考えられない程の長い長い戦いの末に、一本の剣が打ち上がった。


「……綺麗」


 刀身は血の様な紅に染まっており、暗い鍛治場の中だというのに炎の明かりだけを以って神々しく輝いていた。これを自分が打ったなどと、俄に信じられない程の仕上がりだった。吸い込まれる様な美しさ、しかして気位の高そうな、そして血の気の引く様な凄みさえも備えて。その剣を鞘に納めると、少女はその場に倒れた。そして深い眠りに落ちたのだった。



 ______




「邪魔すんで、約束の3日や。今日こそ商品見せー」


 男が現れた。少女がした約束の期限が過ぎたのと同時にやってきたのだが、彼は鍛冶屋の扉を開いてすぐに違和感に気がついた。少女が、倒れていた。


「おい! どないしたんや!」

「……まられすよ……まら食べれましゅ……」

「はぁ、なんやねんほんま。勘弁してくれや」

「……へ? はっ!!」


 男の腕の中に抱き抱えられていた少女は咄嗟に身を引くと、後頭部を作業場に打ち付けた。痛みに悶えながらクリアになっていく頭に、段々と理解が追いついて来た。寝ていたのだ。ではあの剣は夢? まさか仕上がってー


「あ、あった……」


 バタバタと剣を探しに行くと、そこには確かに剣が置かれていた。自身が打ち上げた、渾身の一振りが。ガードもグリップも、全てが黒で統一されている。勿論鞘も。その漆黒の剣を手に持ち、男の前へと移動する。少し躊躇われる。渾身の一振りだ、今自分が打てる最高傑作だと言い切れる。だが果たして、この男を守れるだけの剣なのだろうか。そうして固まっている少女の手から、男が剣を奪っていった。


「なんやこの貧相な剣」


 漆黒の剣は細く、また長かった。男は高身長なので腰に下げた時に違和感は出ないだろう。似合うかどうか、そういう問題ではない。役割りを考えるなら、長くて細い剣などあってはならないのだ。だがしかし、男の感想は、そういったネガティブな物では無かった。


「手に、馴染む。信じられへん」


 男の特徴的な細い目が、僅かに開かれた。驚愕の目だった。信じられない物を手にしている、思わずそう口にしてしまう程に。鞘の部分を掴み、そして剣を引き抜いた。


「吸い込まれそうや、なんやこの剣は!?」


 男は声を荒らげた。予想を遥かに超える作品が自身の手の内に収められている。


「名前が、あります」

「名前なんか聞いとらん、なんや説明を」

「名前が、あります」

「……すまん、聞かせてくれ」


 ものを言わさぬ圧を感じ、言葉を改める。男にとって、久しく経験していないやりとりだった。


千泪(センルイ)、それが彼女の名前です」

「そうか、そういう事か。千泪(センルイ)……」


 瞬間、その剣は男から魔力を吸い上げた。


「なっ、コイツ……」

「キャッ!!」


 紅剣を中心に衝撃波が走りぬけ、尚も止まない魔力風に工房内は荒れ果てた。片脚の少女は立っておれず、その場に座り込み、腕を前に出す事で風を防ごうとした。そしてその僅かな視界の中に確かに見えたのは、美しい刀身の、誇らしそうな姿だった。必ず守ると、自身は決して折れないと、そう持ち主に伝えている様な。


「……なんぼや」

「へ?」

「なんぼや! 村が一個買える様な値段でも文句は言わん、コイツを譲ってくれ」

「あ、えと、剣の値段……ですか?」


 呆気に取られる少女。引き合いに出された物は上手く理解できなかったが、返す言葉は決めていた。


「差し上げます、貰って下さい」

「は?」

「夢だったんです。アナタに、剣を打つことが。命を救ってくれた、恩を返す事が。アナタと共に戦場に行き、アナタを支える事が」


 気が付くと、少女は涙を流していた。そしてそれは止めど無く、しかして悲壮な趣きなど微塵も無く。胸を張って、言い切った。遂に言えた、長きに渡って、剣を打って来た全ての時間が意味を成した。少女は喜びに震えていた。のも束の間。


「やかましいわ、ちょっとこい!!」

「へ?」


 少女は男に米俵の様に肩に担がれると。

 そのまま連れていかれた。


「お前、名前は?」

「め、メイサです」


 彼女にとって、激動の日々が幕を開けた瞬間ではあるものの、それはまた別の話だろう。肩に担がれ、男の腰に下げられている千泪(センルイ)を見ていると、不思議と笑みが溢れた。誇らしくて、嬉しくて、とてもとても幸せな笑顔で、担がれて行ったのだった。




 ______




「何故武器が調達出来ないのだ! これから戦は兎に角増える、激化していく! 蓄えれるだけ蓄えなければ、我が一族が……」


 男は焦っていた。突然、武具の一切が手に入らなくなったのだ。男は上位貴族であり、この地を納めるグランフェグルス家の当主。幾人かの息子もおり、それぞれを成人させて、いよいよ盤石な地位を築いていた。民からも十分な信頼を得ており、この様な事態は初めての事だった。


「どうしてこんな事に……」

「分かりませぬ、もう少し調査してみない事には」


 鍛治職人たちには、相場に合った支払いをしていた筈だった。にも関わらず。突然のストライキ。実は現在北の地にて、大規模な戦争が発生する知らせがあったのだ。そこに援軍を派遣するに当たり、軍備を整える必要が出たという時たった。まさかこのタイミングでこんな事になるとは夢にも思わなかった男は頭を抱えていた。


「何ですかこの騒ぎは」

「レイモンドか、少しトラブルがあってな。時に貴様、このややこしい時に何処をほつき歩いていた?」


 ふらりと、まるでついでに立ち寄ったと言わんばかりの雰囲気で息子が会議室に入ってきたのだ。どうも鼻をつく嫌な臭いを纏っている気がしてならなかったが、ひとまず問い詰める事はしなかった。そんな場合ではない。


「少々嫌なことがありましたので、憂さ晴らしに」

「憂さ晴らしだと?」


 この非常時に? そう心の中で強く糾弾した。家の財を使い、どこぞで女でも買ったのだろう。他の兄弟達の中でも特に素行の悪い息子の事だ。これくらいの事で驚く父ではなかったが、気分が良い訳でもなかった。


「はい、側室を一人増やそうかと思いまして。昔見た時から随分と時間が経っておりましたので、顔の確認に行きまして、トラブルがありました」

「側室だと?」

「ご安心ください父上、婚約は破棄してまいりました」

「婚約!? 貴様いつの間にそんな事を……」

「正式には婚約手前、なので。お気を煩わせる事もないかと。しかしそれもなくなりましたので」

「どういう事だ?」

「女が脚もはえていない出来損ないだったので、その場で捨てて参りました」


 そのレイモンドの発言に反応したのは男ではなかった。男の傍らに控えていた使用人が驚愕の表情をしていたのだ。男は何故かと問い掛けた。見過ごせる筈もない程の動揺だった。すると。


「もしやぼっちゃま、その女というのは……メイサ殿では?」

「メイサ?」

「そうさ、流石に爺はよく知ってるな」


 どうも様子がおかしい。その名前に聞き覚えのない男は、呼吸が荒い使用人を落ち着かせ、言葉を待つ他なかった。だが、悪い予感はしていた。


「当主様、メイサ殿は、その、鍛治通りに店を構える鍛治師の一人で」

「なんだと……」

「全鍛治職人たちの、娘の様な存在でして……」

「なん……だと?」


 男はワナワナと震え始める。

 その理由が理解出来ないレイモンド。


「お、ま、え、かああああああああ!!!!!」

「ぶべぼぁぁぁ!!!」


 殴り飛ばされ、勘当寸前の謹慎処分を言い渡され、その地位を失ったレイモンド。だがそれは身内の話であって、殴り飛ばしたからといって解決に繋がる訳ではない。


「もう、これは仕方ないな」

「当主様の決定とあらば」


 男たちは理解していた。この状況を打開できる男がこの街に1人だけ存在する事を。貴族の、いや上位貴族の地位を持ってしても対等といけるか定かではない程、この街の中で権力を持つ男。死の商人、アズライール。彼に頭を下げ、大きな借りを作る事で何とかこの状況を乗り切ったのは、これから少し後の事だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 多分「アナタと共に戦場に行き、アナタを支える『剣を打つ』事が」 と言いたかったんだろうけど 『』を抜いたことでメイサ自身が共に戦場に駆り出されるんですね?
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