真夜中の転移
俺が返事してからのアウグストの動きは迅速だった。
まず、俺の仕事は、アウグストが何とかしてくれた(らしい)。どうやったのかは分からないが、俺が交通事故でトラックに轢かれ、面会謝絶状態になった、ということにするそうだ。
うまくいけば 1か月ぐらいで戻って来れるらしいから、心配不要です、と言われた。
そもそも俺は実家とも絶縁状態だし、仕事にも別に未練は無い。向こうの世界が楽しければ、根付いてもいいかもしれない、とちょっとだけ考えている。
それから、夜伽の話があったから、一緒に寝るのを楽しみにしていた・・・と言えば嘘になる。というか、かなり期待していた。
ところが、アウグストさんが夜を徹して異世界転移の魔術陣を書きはじめたので、俺の期待は泡と消えた。
彼女のスーツケースには、魔力がこめられたインクや魔道具がいくつも入っていた。戻るときに転移の魔法陣を書く必要があるため、あっちの世界から一緒に持ってきたのだそうだ。
俺の部屋のリビングは全てのモノが片づけられ、ベッドルームは積載率 200% になった。ベッドの上まで家具が乗せられているので、このままだと寝れない。
仕方なく隅っこで携帯ゲームで遊んでいたのだが、午前三時、ついに準備ができたとアウグストが俺を呼んだ。
「これから転移を行います。準備はいいですか」
「持っていくものは無いのか?」
「ありません。彦摩呂さまは体おひとつで。すべてお世話させていただきますので!」
「ええー・・・」
ラノベで日本から準備して転生するものって、もっと覚悟とか準備しまくるものじゃない?
ほら、スマホとか、デジカメとか、ビー玉とか、カップ麺とか。
「でもさ、向こうの世界に持ち込んだら価値の高いものとか・・・」
「申し訳ありません、彦摩呂さま。状況は一刻を争うのです」
「わかった。行こう」
準備してて間に合わなくなったら元も子もないもんな。
とはいえ、何も持たないのも不安すぎる。俺は手近にあった小さいものをいくつかポケットに詰めた。
「ではでは!いきますよ!」
展開が早すぎる。俺の覚悟とか待ってほしいんだけどな。
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今までに聞いたこともない言葉と音律で、アウグストが何かを言った。
次の瞬間、俺の視界が、ぐにゃりと歪む。
そして俺は意識を失った。