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良かったな~神の祝福を受けた勇者パーティー

ちょいと息抜きです。

軽くお付き合いを。

 王宮の地下深くに設置された牢獄。

 ここには王族に対する反逆や殺人等、国家に対する重罪人が拘束されている。

 その一番奥にある鉄の扉、その鍵を三人の女が慌てた様子で開けようとしていた。


「もう死んでるわよね?」


「当たり前でしょ。

 30年も閉じ込めてるんだから」


 鍵を開ける女の背後で2人の女が呟く。

 無言で鍵を外し、扉を開ける女も口にはしないが、後ろの女達と同じ気持ちだった。


「...アレックス...」


 恐る恐る囚人の名を呼びながら鉄格子に近づく女。

 ランプの僅かな灯りに照らされた牢屋の内部には一つの物体が置かれていた。


「やっぱり無駄足だったわ...」


「...勇者と言ってもね」


「ルミスに何て言ったら良いの?」


 三人は口々に呟く。

 これで王国は終わりだ。

 勇者パーティーの仲間だったルミスは勇者を裏切った王国を絶対に許しはしないだろう。

 勇者アレックスが生きていたなら、チャンスはあっただろうに...


「...誰だ?」


 出ていこうとする女達の背後から突然聞こえる男の声。

 慌ててランプを翳しながら鉄格子の鍵を開ける。

 そこには両手足を金具で拘束され、床に倒れ伏していた男が居た。


「嘘...」


「まさか?」


「...生きてるの?」


 男の向ける視線に女達は衝撃を受ける。

 とっくに飢え死にした物と思っていたのだ。


「...カルスよ。

 しっかりして...ああ私は何て事を...」


 男の質問に答えず、カルスと名乗った女は男を抱き寄せる。

 芝居じみた仕草、しかし彼女には必要な事だった。


「大丈夫か...頼むアレックス、死なないでくれ」


「義兄さん...」


 カルスに引き続き、二人の女達も中に入る。

 出遅れを早く巻き返したいのだろう。


「...お前達は誰なんだ?」


 事情が飲み込めない男は不思議そうな顔で三人の女達を見る。

 (とぼ)けている様子では無かった。


「何言ってるのアレックス...」


「確かに俺はアレックスだが...」


 カルスの質問に答える男の名はアレックス。

 30年前、勇者として魔王を倒し、世界を救った救世主アレックス。


 しかし王国に囚われ、真っ暗な牢獄で30年の長きに渡って幽閉されていた。

 ここで女達はアレックスの姿にも違和感を受ける。


 アレックスの姿が若々しいのだ。

 ランプに照らされた、アレックスの姿。

 伸び放題の髪と無精髭で表情がよく分からないが、僅かに見える顔には皺一つ刻まれてはいなかった。


「ルカ、光を」


「ごめんなさいカルス、私はもう...」


 カルスに呼ばれたルカと言う女が首を振る。

 30年前、賢者だったルカ。

 アレックスの義妹だった彼女は世界最高峰の魔法使いだったが、今は光を灯す初期魔法すら使えなくなっていた。


「そうだったわね...」


 項垂れるルカにカルスも首を振る。

 カルスも聖女だったが、今は初級のヒールすら使えない。


 一番後ろに控える元剣姫のウルスもだ。

 今はゴブリンすら倒せなくなっていた。


 この世界の人間は40歳を過ぎると魔力が衰えていく。

 それでも鍛えていればまだ使えた。

 しかし堕落し、醜く肥った彼女達には全くの魔力が消え失せてしまった。

 勇者パーティーのメンバーだったとは誰も信じられないだろう。


「なあ...どうして俺はこんな所に居るんだ?」


 アレックスの言葉に女達は絶句する。

 まさか自分達が王国と共に勇者のアレックスを裏切り、地下牢に幽閉したとは言えない。

 アレックスが覚えてないなら、口を閉ざすしか無いのだ。


「本当にお前達は誰なんだ?」


 アレックスがゆっくりと身体を起こす。

 30年前殺そうとしたが果たせず、気を失ったアレックスを王宮の地下牢に閉じ込めた。


 勇者であるアレックスならば、水や食料か無くても長い時間生きていたのかもしれない。

 だが、真っ暗で物音一つしない空間に閉じ込められたアレックスは記憶を失った。

 カルス達はそう思った。


「...何も覚えて無いのね?」


 カルスが小さな声で呟く、声は震えていた。


「ああ、最後に覚えているのは魔王を倒して国王に報告した所までだ。

 後は分からん、なんで俺は牢獄に囚われていたんだ?」


「...それは...その」


 黙り込む女達。

 アレックスが聖剣を国王に返した次の瞬間、剣姫のウルスがアレックスを羽交い締めにし、ルカが拘束魔法を、最後にカルスが攻撃魔法を彼の首筋に打ち込んだ。


 それでアレックスは死ぬ筈だった。


 しかし彼は気を失っただけで死ななかった。

 焦る国王は兵達にも命じ、徹底的に殺そうとしたが、どうしてもアレックスは死ななかった。

 予想外の事態に王国はアレックスを地下牢に幽閉したのだ。

 魔力封じの囚人服と魔道具を身体中に巻きつけて。


「まあ良い、俺はどうなる?改めて処刑か?」


 アレックスの言葉に戦慄が走る。

 記憶が徐々に戻っているのだ。


「そ...そんな事はしない!」


「アレックスは世界を救ったんだぞ」


「そうよ、義兄さんは世界の救世主なんだから!」


 どうでも良い態度のアレックスにカルスとウルス、そしてルカが叫んだ。

 これ以上アレックスに危害を加えよう物なら、元勇者パーティー最後の一人、聖弓ルミスが黙って居ないのは分かっていた。


「そっか...じゃあカルス達はどうしてる?」


「それは...」


 アレックスに自分がカルスだと答える事が出来ない。

 それはルカとウルスも。

 美しかった彼女達も既に50歳を過ぎ、すっかり美貌は失われていた。

 長きに渡る豪華で自堕落な生活に醜く肥り、かっての面影は無い。


「とにかく国王陛下と謁見を」


「ミロス陛下と?」


「...ミロス陛下は25年前に崩御された」


「25年前に?」


 アレックスは事態が飲み込めない。

 国王ミロスこそアレックスを捕え、亡きものにしようと企んだ張本人。

 アレックスの名誉を掠め取り、王子である息子にカルス達を嫁がせたのだ。

 カルスは正妃、ルカとウルスは側妃に。


『アレックスは偽勇者、魔王を倒したのはアレックスを除く勇者パーティーで、王国は聖女達と共に偽勇者を倒したのだ』そう世界に宣言した。


「...今はアンドリューが国王に」


「アンドリューが?」


 アレックスの記憶にあるアンドリューは勇者パーティーの一員。

 王子であるだけで碌に戦えない、見栄えだけの男だった。


「とにかくここを出ましょう」


「そうね」


「大丈夫?義兄さん、歩ける?」


 アレックスを拘束していた金具が外され、アレックスは30年振りに牢を出る。

 しかし魔力封じの魔道具は外され無かった。


「久しいなアレックス...」


 身形を整えられたアレックス。

 玉座の前に行くと、一人の男が親しげに話掛けて来る。


「誰だ...いや、その声はアンドリューか?」


「そ...そうだ」


 精一杯の虚勢を張るアンドリュー。

 彼の頭頂部はすっかり禿げ上がり、体型もカルス達同様に醜くく、変わり果てていた。


「...アレックス」


「ああ...」


「義兄さん...」


 カルス達がアレックスに熱い視線を向ける。

 髪を切り、髭も剃ったアレックスは昔と全く変わらない。

 引き締まった身体は衣服越しでもよく分かった。


「何年俺は地下牢に居たんだ?」


「...そ...それは」


「後、カルス達が欲しければ、ちゃんと言えよ」


 カルス達の視線を無視しながら、アレックスがアンドリューに聞く。

 ようやく女達がカルス達だと気づいたのだ。


 アンドリューは答える事が出来ない。

 アレックスの恋人だったカルスと好意を寄せるルカとウルスにアンドリューは甘い言葉と豪華な宝石、次期国王の妃という餌で寝取った等、今更言える筈も無かった。


「まあいい、俺に何をさせるつもりだ?」


 情けなく汗を垂らすアンドリューにアレックスは溜め息を吐く。

 今更アレックスを釈放したのには、そうしなくては不味い状況が王国に起きた。

 ようやくアレックスは事態が飲み込めて来た。


 色目を向けるカルス達が気持ち悪くて仕方ない。

 アレックスは早く用件を終わらせたかった。


「...そのアレックス王国と和解を頼みたい。

 このままでは、我が王国がいつか滅んでしまう」


「アレックス王国?なんだそのふざけた国は」


 アレックスの名を冠した王国。

 当然アレックスの記憶に無いが、アンドリュ-にふざけた様子は無かった。


「...ルミスが治める国よ」


「ルミスか?」


「ええ」


 アンドリューに代わり、カルスが答えた。

 勇者パーティーの一人、聖弓ルミス。

 30年前、魔王を倒し王国に帰るアレックス達と別れ、ルミスは自分の国へと帰っていた。


「ルミスは確かにエルフの姫だったが、そんな国名じゃなかったぞ」


「それは...だな」

「アレックスを助ける為だ」


 言い淀むアンドリュー。

 次の瞬間部屋の扉が吹き飛び、一人の女が姿を現した。

 美しく伸びた手足は引き締まり、金色に輝く髪は整った美貌を一際引き立たせている。

 尖った耳はエルフである事を示していた。


「...ルミス」


「待たせたな、アレックス」


 聖弓ルミスはアレックスを見ると小さく微笑んだ。


「...どうしてここに、別室で待つよう頼んだ筈だ」


 絞り出す声のアンドリューの目が泳いでいた。


「媚薬入りの茶を勧めるか?

 後、貴様等の息子はなんだ?人の身体を舐め回す様に見るとは、血は争えんな」


「...ぐ」


 アンドリューは答えに窮する。

 息子達にルミスを籠絡(ろうらく)する様、命じていた。


「む...息子達は?」


「手足の筋を切った」


「な...何ですって!!」


「まさか私の息子も?」


「全員だ、次いでに陰部も切り落としといた。

 安心しろ死にはしないから」


「許せない!」


 ルミスの言葉にカルス達が襲い掛かる。

 しかし、魔法も使えず、肥満体のカルス達がルミスの相手になる筈も無い。

 忽ち三人は叩きのめされ、床に転がった。


「...馬鹿が」


 呆れた様子のアレックス。

 もう全ての記憶が戻っていた。


「ルミス、反王国は上手く行ったんだな」


「思いのほか時間が掛かった、すまん」


 ルミスの言葉に頷くアレックス。

 2人は分かっていたのだ。

 カルス達を寝とり、アレックスを裏切る様に唆し、世界を征服しようと野心を燃やしていた事を。


 アレックスは敢えて王国に捕まり、ルミスは反王国の狼煙を上げた。

 強大な王国に抵抗する小国連合。


 『結果は火を見るより明らか』


 そう思われていたが、巧みなルミスの指揮と粘り強い抵抗。

 カルス達が戦争に参加しなかったのも功を奏した。


「しかしアレックス王国は無いだろ」


「...気持ちを一丸にするためだ」


 ルミスの顔が真っ赤に染まる。

 普段は無表情を装おうルミスだが、アレックスの前では素の自分がでてしまう。

 30年振りでは尚更だ。


「行こうか」


「ああ」


 2人は玉座の間を去る。

 もうここに用は無かった。

 王国の未来に絶望したアンドリューは項垂れ、身動き一つしない。


「「「待って!」」」


 カルスがアレックス達の背中に叫んだ。


「なんでアレックスがそんなに若々しいのよ!」


「そうよ!エルフの秘薬でしょ?」


「私にも頂戴!それで私達三人とね?」


 カルスに続いて妄言を吐き散らすルカとウルス。

 アレックスとルミスは互いの顔を見つめ小さく頷いた。


「そんな物は無い...」


「嘘!それじゃ、どうしてアレックスは...」

「神の祝福だ」


「神の祝福?」


 アレックスの言葉が理解出来ないカルス達。

 神の祝福とは、魔王を討伐した勇者達に下される神の奇跡。

 聖女カルスと賢者のルカ、剣姫のウルス。

 そして聖弓のルミスにも下っていた。


「俺はルミスと共に死にたいと願った」


「私はアレックスと共に生きたいと」


「...そんな」


 カルス達はアレックスとルミスの願いを知り愕然とする。

 魔王を倒した時、既にアレックスはルミスと愛し合っていたのだ。

 エルフの寿命は長い、それは400年とも、800年とも。

 ルミスはまだ50歳、アレックスが老けないのは当然だった。


「私も神の祝福を!」


「無茶言うな、神の祝福は一回だけだ。

 お前達は何を願ったか知らんが」


「それは...」


 必死で記憶を辿るカルス達。

 思い返せば、反王国の戦争にも参加せず、ずっと王国から出なかった。

 ...それはどうしてか?


「ああ!!」


「何て事を!」


「イヤヤヤアア!!」


 三人が叫ぶ。

 記憶を、神の祝福で願った事を思い出したのだ。


[ずっと王国で、豪華な暮らしを続けたい]


 確かに王国で贅沢な暮らしを続けて来た。

 しかし、王国から出る事が出来なくなっていた。

 その事すら気づかないのは最早呪いだ。


「神の祝福は一代限り。

 お前達が死んだら...王国は滅びる。

 良かったな、生きてる内は安泰だ」


「「「ギャゃゃアアア!!」」」


 ルミスの言葉にカルス達の絶叫が響き渡った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです! [一言] 30年の幽閉生活お疲れ様でした。 狙っていたとは言え記憶があやふやになったのは想定外でしょうか。 エルフとしての人生をルミスと歩むんだろうなと想像するとホクホク…
[一言] 面白かったです。応援してます。
[良い点]  神の祝福を逆手に取って三匹の汚豚を飼い殺しにして置く→王国での贅沢な暮らしという祝福を叶えるため最低限必要な生産力・経済力は担保される→大規模な災害・災厄は回避されるということでこの国を…
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