表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/46

第7話

ブクマ2900件↑、日間恋愛ランキング4位(2022.6.24)


読者の皆様が応援して下さっているお陰です!

ありがとうございます(*^^*)


それといいねも沢山頂き、ありがとうございます♪

 そして、約一時間後、伯爵は手紙を書き終え、その手紙を手にベンとリリーがいる応接室に自ら出向く。


 二人はアデレードが退室した後も応接室に居座っていた。


 家令のテレンスからの指示を受け、メイドがクッキーと紅茶を用意し、適当なタイミングで二人に出して、ベンの滞在を引き伸ばしていたのだ。


「伯爵閣下、お邪魔しています。私達に何か御用ですか?」


 ベンがアデレードと交流する為にバーンズ伯爵邸に訪問し、伯爵に挨拶する時には常にだるそうでやる気がなく、自分がわざわざ出向いてやったのだと言わんばかりの態度を取っていたのに、今日はやけに相手が好印象を抱くような明るく礼儀正しい態度だ。


 ベンの声のトーンも明らかにいつもよりも高くなっている。


 伯爵はそれに気づき、不快な気持ちになったが、貴族としての腹の探り合いを幾度となくしている彼にとってはそれを隠すのは造作もない。


「アデレードから話は聞いた。あの子と婚約破棄して、新たにリリーと婚約するそうだな」


「そのつもりですが……もしや伯爵閣下は反対ですか?」



 アデレードが婚約破棄を承知し、新たにリリーと婚約することについて、バーンズ伯爵家の意向として異論はないと言っていても、彼女は伯爵家の娘であり、家長である伯爵の言葉ではない。


 貴族の令嬢の婚約関係については家長の許可が必要だ。


 いくら当人が良い返事をしていても、家長が認めなければ婚約は成立しない。


 伯爵が婚約について言及したので、ベンはもしかしたら伯爵に自分とリリーの関係を認められないのではないだろうかと不安になる。



「アデレードが君に伝えた通り、バーンズ伯爵家としては異論はない。私も認めよう」


 伯爵の認めるという言葉にベンはホッと肩をなでおろす。


「ありがとうございます! リリーは必ず幸せにします!」


「わたしはベンのお嫁さんになれるのね! やったー! わーい!」



 伯爵の二人を認めるという発言に、ベンとリリーは手を取り合って喜びを分かち合う。


 二人とも弾けるような笑顔だ。


 伯爵が二人の関係を本気で認めていると微塵も疑っていない。



「それで私からトーマス伯爵宛てに手紙を書いた。内容は君達の婚約についてだ。この手紙は必ずトーマス伯爵に渡しなさい。それと、君は伯爵夫妻に新しい婚約者としてリリーを紹介する予定だろうから、今日、このままリリーをトーマス伯爵家に連れて行ってもらって構わない」


「手紙は間違いなく父上に渡します。それとリリーを両親に紹介する為に我が伯爵家に彼女を連れ出す許可を伯爵閣下から取らなくてはと思っていたから、その件については有難くご好意に甘えます」


「ああ、気にするな。何ならリリーはバーンズ伯爵家に戻らず、そのままトーマス伯爵家で暮らすということで問題ない」


「本当ですか! 伯爵閣下がそう仰られるなら、我が家で預からせて頂きます! 結婚式までリリーは我が家で暮らしながら花嫁修業でトーマス伯爵家について勉強してもらっていたら丁度いいな。母上が張り切って教えてくれるだろう」


「ベンの家の屋敷で過ごすのは別にいいけど、花嫁修業なんて大丈夫? ベンのお母さんが怖い人で虐められたらどうしよう……」


 リリーは不安の宿る瞳でうるうるとベンを上目遣いに見つめる。


 上目遣いに見つめられたベンは胸をドキドキと高鳴らせながら、彼女を安心させるような優しい口調で答えた。


「母上は優しい人だからきっと大丈夫だ。うちの伯爵家の女性は母上だけで、お嫁さんが来たらお嫁さんとお茶をしたり、一緒にお買い物したり女同士で楽しみたいと確か以前口にしていた。リリーのこともすぐに気に入って可愛がってくれる」



 トーマス伯爵家の家族構成は、ベンの両親である伯爵と伯爵夫人――名はゴードンとバーバラ――、長男のベン、二男のトビーという四人家族だ。


 アデレードはベンの婚約者として三か月に一度程度の頻度でトーマス伯爵家を訪問し、将来の義理家族と交流を深めていた為、当然トーマス伯爵一家の全員と面識がある。


 ベンはアデレードがトーマス伯爵家を訪問していた時も、アデレードには目も向けず自室に閉じこもり、トーマス伯爵夫妻が自室から出てアデレードの相手をするよう注意しても言うことを聞かなかったので、その間、アデレードはベンを除いた伯爵一家と交流していた。


 その結果、アデレードは婚約者であるベンよりもむしろベン以外の家族との親愛度が高まった。


 伯爵夫人が言っていたという女同士で茶会や買い物を楽しみたい相手とは、勿論アデレードのことである。


 夫人はアデレードを気に入っていて、息子の嫁としてトーマス伯爵家に来てくれる日を楽しみにしていたのだが、ベンはそれを知る(よし)もない。



「ベンがそう言うなら大丈夫そうね! ベンのお母さんに気に入られるように頑張ろう」


 リリーはベンの言葉に安堵し、花嫁修業をすることに同意する。


「では、話がまとまったところで私達は失礼します。リリー、行くぞ」


 ベンがバーンズ伯爵邸を訪問する為に乗り付けていたトーマス伯爵家の家紋入りの馬車をバーンズ伯爵邸の客人の馬車用の駐車場から馬車乗り場まで移動させ、ベンは馬車に乗り込む。


 リリーもベンに続いて馬車に乗り込もうとしたところで伯爵に引き留められる。


 リリーにとってはこれが人生で初めて乗る立派な馬車であり、これからのことにわくわくと心躍らせていたのに、急に制止させられ、水を差された気持ちになる。



「リリー、最後に私から一つだけ。結婚生活が上手くいかなくても、もうここには二度と戻ってくるな。戻って来ても二度とバーンズ伯爵家の敷地は跨がせない」


 伯爵の言葉は事実上の絶縁宣言だった。


 伯爵にはこの後のトーマス伯爵邸で起こる展開が容易に想像出来た為、わざわざリリーを引き留めてまで言った。



 伯爵はベンとリリーの関係を後押ししているようでいて、そうではない。


 二人を許していないから痛い目に遭わせようとしている。


 当のアデレードが婚約破棄について悲観して落ち込んでいる様子ではなかったから、彼女の前では言わなかったが、伯爵は二人に対して内心怒っていた。


 アデレードを蔑ろにして、数年の付き合いのある彼女より知り合いになって期間の短い居候の言うことをいとも簡単に信じ、居候に乗り換えた浮気男と、実際にはそんな事実はないのにアデレードに虐められたと被害者面して同情を誘い、彼女の婚約者を略奪した恥知らずの居候。


 クズな男にクズな女で、ある意味お似合いのカップルだ。



「こんなケチな伯爵家、言われなくてももう二度と戻って来ないわよ! わたしはベンと幸せになるんだから!」


 リリーはそう吐き捨てて馬車に乗り込む。



 仮にも二年間もの間、養子縁組し、衣食住の面倒を見た伯爵に対して、最初から最後まで(つい)ぞリリーから感謝の言葉は一言も出てこなかった。


 確かに伯爵は彼女が望んだような生活水準での生活は提供しなかった。


 それでも、彼女に提供された衣食住の内容は至極真っ当なものだった。


 食事は調理過程で発生したくず野菜が少ししか入っていないスープのようないかにも残飯といった有様の料理ではなく、街の食堂で平民が食べるような料理を欠かすことなく毎日三食提供。


 衣類はボロや端切れを縫い合わせた穴だらけのボロボロな衣類ではなく、穴が開いていたり、染みで変色していたり、糸がほつれていない生地で作られたワンピースを数着提供。


 その上、洗濯やアイロン掛けといった手入れ付きで常に清潔で綺麗に着られる状態が保たれている。


 住居は屋根や窓の一部が破損していたり、隙間風だらけのボロボロの家とも言えない小屋ではなく、どこも破損していないしっかりとした造りで綺麗に整備された住居を提供。



 伯爵がそれらを与えなければ、リリーはまだ子供と言える年頃でありながら自分で何かの職に就き、働いて得た給金を元に生活しなければならなかった。


 彼女が嫌っていた離れでの暮らしさえ、誰にも助けを借りず、彼女一人で成し遂げようとした場合、到底実現し得るものではない。


 それを考えば離れでの暮らしは相当に良いものであったが、彼女は全く有難みを理解していなかったし、理解しようともしていなかった。


 口から出るのは不平不満だけで、ありがとうの言葉は一切ない。



 伯爵は決して感謝の言葉欲しさに彼女の生活の保障をした訳ではないが、別れ際の彼女の口から飛び出したあまりにも礼儀知らずで恩知らずな”ケチな伯爵家”という言葉に今日付けで早急に養子縁組の解消の手続きをし、今後、彼女が困ったことが出来た時に擦り寄って来ても親類としてもう二度と手を貸さないと静かに決めた。



 二人を乗せた馬車が滑るように動き出し、ベンとリリーはバーンズ伯爵邸を出発する。


 馬車が進み、馬車の窓越しに見える段々小さくなっていくバーンズ伯爵邸をリリーは振り返って見ようともしなかった。



「離れでの生活から無事脱出出来たな。私もリリーを虐めていたあの女と無事に縁が切れたし、これからはトーマス伯爵家でちゃんと貴族らしい暮らしが出来るからな」


「ありがとう、ベン。わたし、あの時、勇気を出してあなたに相談してよかったわ」


「あの女が悔しがるくらい幸せになろう」



 馬車の中という二人きりの狭い密室の中で、二人はねっとりと熱い口づけを交わす。


 意地悪な義姉に虐められ、離宮に閉じ込められている可哀想なお姫様(ヒロイン)気取りの女とそんなお姫様を助けた自分に酔いしれる騎士(ナイト)気取りの男の口づけは濃厚で、そして長かった。


 馬車の中は二人きりで誰にも止められない。



 ――この時のベンとリリーはトーマス伯爵夫妻に自分達の婚約を認められ、トーマス伯爵邸で幸せに暮らすのだと本気で信じて疑わなかった。


 二人を待っているのは地獄であることに全く気づいておらず、幸せな妄想の海にどっぷりと浸かっていた。

もし読んでみて面白いと思われましたら、ブクマ・評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ