第6話
ブクマ1300件越え、日間恋愛ランキング11位!(2022.6.23)
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伯爵とアデレードはお互いにリリーがやって来た当初のことや初めて顔を合わせた時のことをそれぞれ頭の中で振り返っていた。
あの頃から今現在に至るまでリリーの思考は悪い意味で全く変わっていない。
あれだけ離れから本邸への移住、ドレスや宝石の類の要求をして一度たりとも要求が通っていないのに未だに諦めていない。
普通は途中でそれまでに言われた言葉を思い返し、そこで気づいたり理解したりするはずだが、リリーは全くその様子がない。
そして相も変わらず”自分は伯爵令嬢なんだからそれらしく扱え”という態度だとメイドからの報告書にはある。
「そう言えば、お父様。その婚約破棄に関してベン様が妙なことを口走っておりました。私がリリーを虐めていると」
「アデレードとリリーは殆ど顔を合わせていないだろう。そんな相手に虐めるも何もないと思うが」
「ウィリアムと裏庭に咲いたマリーゴールドの花畑を見に行こうとした時に遭遇しましたが、それ以来全くですわね。あの時の”あんた達”呼ばわりは忘れたくても忘れられません。貴族社会では5歳の子供でも自分と相手のどちらの立場が上なのかうっすら察することが出来るのに」
「自分の立場を全く理解していないな。私は養子縁組の手続きをする際に一から十まできちんと説明し、家令のテレンスも初日に彼女に釘を刺したが、言葉が全く響いている様子がなかった。離れではなく本邸の方で暮らしていた場合を想像するとゾッとする。離れで暮らさせることにして正解だったな。過去はどうにもならないが、居候ごときがアデレードとウィリアムにそんな呼び方をするとは許し難い」
リリーが離れではなく本邸で暮らしていた場合。
自分の立場を完全に勘違いして現状よりもっと酷い状況になっていたに違いない。
伯爵家御用達の商人が訪れた時に、勝手にドレスやアクセサリーを度が過ぎる注文頻度で注文していたかもしれない。
また、こっそり隙を見てアデレードの部屋や伯爵夫人であるアイリスの部屋に侵入し、宝石のついたアクセサリーや大切なものを盗んだり、強請られた側があまりのしつこさに嫌になって手放すまで繰り広げられるであろう執拗なちょうだい攻撃が起きていたかもしれない。
日頃の生活態度もメイドに対してやたら偉そうな態度を取り、こき使ったり、気に入らないメイドをいびったりなどもっと増長していたかもしれない。
きちんとした理由があって離れで暮らさせたが、断固として彼女の要求を聞かない方針で正解だったと思わざるを得ない。
「元はと言えば私達がお父様に報告せずにあそこに足を運んだことが悪かったのです。それに、その失礼な呼び方を理由に私達姉弟はあなたと仲良くする気はないと主張出来たので悪いことばかりでもありませんでしたわ」
「初対面で礼儀のなっていない名前の呼び方をする相手とは仲良くする理由はないな。それはさておき、虐めとは具体的に何をしたことになっているんだ?」
「言っていたのは、食事を抜くことと本邸の中に入るのを禁止することですわね」
「事実を少し捻じ曲げた程度か。あんまり大きく法螺を吹くと後ででっち上げが発覚するとやり返される。ただ、私達からすると事実を少し捻じ曲げた程度にはなるが、リリー本人は本気で虐めだと解釈しているかもしれんな」
「確かに。お父様は彼女に相応しい待遇を用意しただけなのに、少し変えれば虐めの内容に早変わり。食事を抜いたと言っても本当に全く食事を出さず飢えさせたという訳ではなく、彼女が満足する食事内容ではなかっただけ。私が彼女への個人的な嫌がらせや意地悪で本邸に足を踏み入れないように手を回したのではなく、理由があって家長であるお父様が禁じた。詳しく調べれば、我が伯爵家の方に正当性は認められますので特に心配するようなこともありませんわ」
アデレードはもう一つ伯爵に言わないといけないことをふと思い出した。
「あともう一つお父様に言っておかねばならないことがありますわ」
「何だ?」
「ベン様に”何故、義妹なのに仲良く出来ないのか”と言われました。それにリリーを虐めたことについて謝れと言ってきました。どうやら彼らの中では私は義妹を虐める意地悪な姉ということになっているようです。実際は彼女は私より年上で、義妹ではなく従姉ですのに。あんな方が血縁上の従姉だなんて認めたくないですが」
アデレードとリリーは年齢差は一歳である。
実年齢も見た目の年齢も大差ないので上手く言いくるめられたのだろう。
「年下の従妹から虐められているという構図よりも、姉に虐められている義妹という構図の方が同情を引くには都合が良い。大方、そうやって嘯いてトーマス伯爵の倅の同情を引いたのだろう。アデレードより自分の方が年下である設定にするにしても従妹より義妹とした方が、関係性はより近くなる。真実を碌に調べもせずにリリーの話を鵜呑みにした倅も大概だがな」
兄や姉が年下の弟や妹から虐められるという構図は、自分よりも年齢が低い子に舐められており、御せる力量がないことを示している。
それに比べ、兄や姉から虐められる弟や妹は、真実がどうであれ、まずは虐めたとする兄や姉の方に疑惑の目が向けられる。
程度の差はあれ、年下は庇護されるべき弱者という印象がある。
後は自分を庇護してくれる者のところで虐められたと小さく縮こまって泣きじゃくり可哀想な被害者を演じれば、その庇護者が自分に代わってお仕置きしてくれる。
ただ、庇護者が相手の言うことを鵜呑みにせず、事実確認をきちんとした上で判断するようなタイプだと後で自分の首を絞めることになる。
その点、リリーの言うことをきちんと事実確認をせずに鵜呑みにしたベンは、彼女にとっては実に都合が良い存在だ。
「お父様、まだベン様が帰ったという報告は来ておりませんわよね?」
「ああ、まだ来ていない」
「ならばもうこのままベン様にリリーをトーマス伯爵家に連れて行って頂きましょう。ベン様がリリーを新たに婚約者にするというのならトーマス伯爵夫妻に会わせる必要もあるでしょう。なので、今日このまま連れて行ってもらえばベン様の方も手間も省けますわ」
「確かに。トーマス伯爵に事情説明の手紙を急ぎで書いて、それも持たせよう。手紙を書き終わるまで使用人達に足止めさせる」
伯爵は机に置いていたベルをチリンチリンと二回鳴らす。
すると、然程間を空けず、家令のテレンスが入室する。
「如何致しましたか、旦那様」
「今からトーマス伯爵に宛てた手紙を書く。その手紙を書き終えるまでトーマス伯爵の倅を屋敷に引き留めてくれ。書き終わったら私が倅に直接渡しに行く」
「畏まりました」
伯爵の命令を受けたテレンスが早速動き出す。
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