第10話
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伯爵夫人が帰宅し、ダイニングでディナーの準備が整ったということで、ベンの部屋にメイドが出向き、そろそろダイニングに向かうようにという連絡が伝えられる。
連絡を受けて、ベンはリリーと共に部屋を出る。
「わたし、ダイニングで誰かと一緒に食事をするなんて初めて! 嬉しいな!」
リリーが明るく弾んだ声で喜びを表す。
ダイニングという食事をする専用の立派な部屋にわざわざ移動して食事をすること自体が彼女にとっては非日常だ。
食事をする為だけに別の部屋に移動するなんて、大きな屋敷にいるんだと実感させられる。
「食事も一人だったのか?」
「そうよ。時間になったらメイドが運んで来てくれたけれど、わたし一人で黙々と食べてたの。一人の食事は味気なかったな」
「辛いことを思い出させて悪かった。トーマス伯爵家では、時々父上が仕事の関係で朝早く出発したり、帰宅が遅くなって不在ということはあるが、基本的に食事は家族揃って摂ることにしている。一人で食事をするような寂しい事態になることはない」
「これからは家族皆で楽しくお話しながら食事が出来るのね!」
リリーは自分もその家族の一員に加わるのだとわくわくしている。
二人は話をしながらダイニングに向かう。
ベンの部屋は屋敷の二階の東側にあり、ダイニングは一階の西側にある。
「ここがダイニングだ。食事をする時はいつも部屋からここに移動する」
「わかったわ」
二人がダイニングに到着し、入室した時、そこにいたのはベンの弟であるトビーだけだった。
どうやら伯爵夫妻はまだ来ていないようである。
「トビー、何でここに? 今日はディナーの時間に私達が父上と母上に話をすることになっているから、お前は退室してくれないか? お前の分の食事はちゃんと自室に運ばせるようにするから」
弟に話の内容を聞かれたくないベンはトビーに退室を促す。
「先程マークが僕に”後学の為にディナーに同席して見学しろ”という父上からの伝言を伝えてきたんです。僕がここにいるのは僕の意思ではなく、父上の意思です。なので、僕に退室しろと言うのなら、兄上が父上を説得して下さい。それに兄上がお連れの女性は一体どなたですか?」
「ねぇねぇ、その子はベンの弟?」
トビーとリリーはお互いに初対面であり、それぞれがベンに質問した。
トビーは真っ赤な髪に紺色の瞳で、顔立ちは母である夫人に似たせいか少々女顔の少年だ。
父親似のベンとは余り似ておらず、ベンと並ぶと髪の色と瞳が同じ色だから辛うじて兄弟だと思われる程度である。
「リリー、私の弟のトビーだ。トビー、この女性はリリー・バーンズ伯爵令嬢。お前も知っているアデレードの義妹だ」
ベンはトビーを退室させるのは諦めた。
そして、トビーとリリー、両方とも関係のあるベンがそれぞれに紹介する。
「ふーん。アデレード嬢の義妹、ですか。”義妹がいる”なんていう話を僕はアデレード嬢から聞いたことはありませんけどね。本当に義妹なのですか?」
「まあっ、失礼ね! 私はれっきとしたバーンズ伯爵令嬢でアデレードお義姉様の義妹ですっ!」
アデレードの義妹であるということに対してトビーから疑惑が投げかけられ、リリーはぷうっと頬を膨らませながら唇を尖らせてぷりぷりと憤慨する。
リリーは全く気づいていないが、トビーは彼女を試した。
わざと怒らせるようなことを言って、反応を見ようとしたのだ。
そうでなければこんな嫌味な言い方はしない。
尤も、トビーがアデレードから義妹がいると聞いたことがないというのは本当だ。
そんな話は一度も聞いたことがない。
それはさておき、伯爵令嬢に限らず貴族令嬢は相手にいくら腹が立つようなことを言われたとしても頬を膨らませながら唇を尖らせて憤慨したりはしない。
ましてや自分の家族以外の他の貴族の前では絶対にやらない。
トビーの前で表情丸出しの反応をするということは、リリーは伯爵令嬢といっても貴族としての教育は受けていない。
彼はそう判断した。
貴族は性別問わず自分の感情を相手に悟られるのを良しとせず、マナーの教師から徹底的に教え込まれるからだ。
相手に感情を見せないのは初歩中の初歩だ。
これが出来ていないということは、現段階では判断する要素が足りないので断言は出来ないが、他の貴族的マナーも身についていない可能性が高い。
伯爵令嬢を名乗るにもかかわらず貴族的マナーが身についていない。
それに何故ワンピース姿なのか気になった。
貴族の令嬢と言えば、ダイニングで食事を摂る時は普通はドレスを着用する。
自分の屋敷で自分の家族だけでの食事ならば簡略化した服装でも良いということもあり得なくはないが、ここは彼女にとって自分の屋敷ではなく、その上、自分の家族ではなく他人と食事をする場だ。
そんな場にドレスではなくワンピースなんておかしくはないだろうか?
トビーにはベンとリリーがマークとやり取りした時のことの詳細は伝わっていない為、何故リリーがワンピース姿なのかという疑問が生まれた。
トビーにはこの時点でリリーに怪しさを感じたが、とりあえず伯爵夫妻が来るまで彼女について観察を続けることにした。
「トビー、リリーに変な言いがかりは付けるな。それに私はアデレードと婚約破棄して、新たにリリーと婚約することになった。だから将来的にリリーはお前の義姉になるんだ」
「……え? 嘘でしょう? アデレード嬢と婚約破棄して彼女と新たに婚約するのですか?」
トビーは彼にしては珍しく本気で驚いた。
「そうだ。リリーは私の真実の愛の相手なんだ。彼女はアデレードに虐められていて、その相談に乗っているうちに真実の愛に目覚めたんだ。なあ、リリー!」
「ええ! ベンはとっても頼りになるわ! 私達は真実の愛で結ばれているのよ」
二人の周りにはまるでピンクの可憐な花がふわふわと大量に舞っているかのようだ。
トビーはベンの話を聞きながら、ベンの頭の中身を本気で心配した。
自分の兄が何を言っているのかトビーには全く理解出来なかった。
真実の愛があるなら偽物の愛もあるということになり、真実の愛と偽物の愛の違いもさっぱりわからない。
何を以て真実の愛とし、何を以て偽物の愛とするのか。
真実の愛云々はよくわからないが、一つだけ確実に言えることがある。
ベンがアデレードと婚約していながら、よくわからない変な女に現を抜かし、アデレードからリリーに乗り換えたということだ。
また、アデレードがリリーを虐めていて相談に乗ったというが、それも真実かどうか怪しい。
トビーはアデレードが虐めをするような人物ではないと知っている。
リリーの様子を見ている限り、わざわざアデレードが自ら手を下さずとも勝手に自滅しそうな気配がする。
むしろ虐めの相談と称してリリーがアデレードの婚約者であるベンを誘惑し、略奪した可能性もある。
もしそれに引っ掛かっていた場合、ベンは愚かとしか言いようがない。
バーンズ伯爵家の意向はまだわからないし、リリーがバーンズ伯爵家内でどのような立ち位置にいるのか正確なところがわからないが、単純に婚約者をアデレードからリリーに変更するというだけの話ではないような気配が漂っている。
まだディナーが始まる前段階だが、トビーはこの時点で今日のディナーは嵐が吹き荒れると悟った。
そして父である伯爵がマークを寄越して伝言してきたように、後学の為に勉強することになりそうである。
愚かな行動をとった自分の兄の末路をしっかりと見届けることになるのだろうとトビーは遠い目をした。
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