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そのくらいやらないと、陛下に愛していただけませんわ!

「……皇帝が気づいてたら、何だって言うのよ」


 衝撃から覚めたナバダは、じわり、と体に汗が滲むのを感じながら、アーシャに問い返した。

 すると、ふぅ、と息を吐きながら、彼女は笑みを深める。


「ここまで言われて、分かりませんの? 貴女は今まで、陛下の何をご覧になって来たのか……理解に苦しみますわね!」


 言われて、ナバダは思い返していた。


 アーシャと話している時以外は、いつでも退屈そうだった皇帝の姿が、脳裏をよぎる。

 自分に向けられる、つまらなそうな目が思い返され、鼓動が速くなった。


「皇帝がどうか、なんて、思い返すまでも……」


 ない、と続けようとしたナバダは、ふつりと口をつぐむ。

 皇帝の様子が違ったことが、あったのを思い出したからだ。


 それは、ナバダが彼を殺すために……いや、殺されるために、襲い掛かった時のことだった。


『……殺しなさいよ、早く』

何故(なにゆえ)に?』


 そんなやり取りをしたのは、帝城の中庭だった。


 皇帝暗殺を決行することを決意した、あの日の夜会の後。

 帝城を去る貴族たちの波から、兵士たちの目を盗み、気配を消して静かに離れたナバダは、すぐさま暗がりから奥へと足を向けた。


 そして人の気配が消えるまで、と身を潜めていた中庭に……皇帝が現れたのだ。


 休息のために寝所へ引っ込んだはずの彼が、礼装を解いて、ふらりと。


 何故そこにいるのかなど、考えなかった。


 ただ、こちらに背を向けたその姿が、隙だらけに見えて。

 千載一遇の好機に、生涯で最も意識を研ぎ澄まして、その背に襲いかかった。


 だがそれは、ナバダ自身が、願望に目を曇らせていたせいで、そう見えていただけ。


 腰に佩いた剣を、皇帝が抜く瞬間すら見えなかった。

 気づけば、ナバダの短剣は弾き飛ばされていて……振り向いた皇帝の顔が、目の前にあった。


 いつもと違う、愉しげに輝いた瞳が。


『本性、見たり。決死の覚悟は、見事だな』

『ッ……!』


 そこから、何が起こったかはあまり覚えていない。

 持ちうる限りの技術をもってその首を狙ったが……全く届かなかった。


 〝稀代の魔導王〟は、その魔法を操る技術の片鱗すら見せず、ただ、剣一本でナバダの全てをねじ伏せて見せた。


 荒く息を吐き、膝をついたナバダは、遊ばれているのだと感じた。

 どうあっても敵わないことを、まざまざと見せつけられて。


『……殺しなさいよ、早く』


 そう、口にしたのだ。

 それに対する返答が、何故を問う声だった。


『何故、ですって? 皇帝殺しを企てた相手に対する問いかけとは思えないわね……』


 ボソリとそう口にする。

 もう、敬語も何もかも、演技すらも必要ないと思っていた。


 どうせ殺されるのだから。


 なのに。


『見事、と述べた。覚悟、そして技量。怖じけるでもなく、始末を望む潔さ。……(ようや)くにして見せた本意を以て、赦す』


 ―――赦す?


 そんなことは望んでいない、と睨みつけたナバダが目にしたのは……今まで見たこともないような、生き生きとした笑みを浮かべた皇帝の姿だった。


 こちらに対する親しみすらこもっているような、そんな目に。

 

 思わず呆けたナバダに対して、パチン、と皇帝が指を鳴らすと、夜の闇から【魔力封じの首輪】と鉄の鎖が滲み出して体に巻きつき、拘束された。


『追って、沙汰を告げる』


 そう言って背を向けた皇帝に、ナバダは叫んだ。


『待て! アタシを、殺しなさいよ! 何で殺さないの! ―――殺しなさいよォッッ!!』


 生き残ってしまうわけにはいかない。

 そうして、舌を噛もうとしたナバダに、皇帝が最後の一声を残した。


『死せば、諸共そなたの希望、潰えることを心せよ』


 ナバダは、その言葉に顎を大きく開いたまま、動きを止める。


 イオの為に死のうとしていたのに、なぜか、その言葉に思い止まってしまったのだ。

 そうして、死を考える度に、脳裏を『万一』がチラつくようになった。


 もしかしたら、イオが死んでいないかもしれない、という期待と呼ぶにも淡い願望が。



 ―――気づいていた?



 皇帝が、イオのことまで、気づいていたというのなら、なおさら。


「……そんな訳が、ないわ。私は、何も漏らしていないはずよ!」

「貴女って、自分のことになると鈍いですわねぇ。わたくしがカマ掛けで気付く程度のこと、陛下はお察しだと言っているのですわ! だから貴女を生かして、わたくしに託すのをお認めになったのですわよ!」

「……!!」


 コイツらは、本当に何なのだろう。

 一体、その目には何が見えているのか。


 本当に、全てが自分の思い通りになると信じて疑っていない。

 ナバダが、アーシャを本当に殺すこともないと確信しているのだろうし、弟が生存していることもまるで決定事項のように思っているのだろう。


 不気味さすら感じながら、ナバダは肩を落とす。


「……もう、いいわ」


 自分の何もかもが、愚かしく見えて来た。

 だから、コイツらは嫌いなのだ。


 それでも、きっと。


 コイツらに従うことが、一番良いのだと、思う。


 従うことで、イオの命が救われるのなら、それでいい。

 本当に生きていてくれるのなら、それでいい。


 この先、どれだけ生き恥を晒しても、自分が惨めになったとしても。


 イオさえ、生きていてくれれば。

 もし死んでいたら、その時はアーシャを殺して自分も死ねばいいだけだ。


 そう、ナバダは覚悟を決めた。


 でもきっと、そうはならないのだろう。

 アーシャを見ていると、何の根拠もないのに、そう思えた。


「……今殺すのは、止めて置いてあげるわ」

「あら、随分上からですこと!」

「アンタは、人のこと言えた性格じゃないでしょうが!」


 怒鳴り返したナバダに、アーシャはうふふ、と楽しそうに笑い、魔剣銃を仕舞う。


「そうと決まれば、行きますわよ!」

「ちょっと、南部領はそっちじゃないわよ?」


 方向音痴なのか、明後日の方向に歩き出すアーシャにそう声をかける。

 彼女が向かう方向は、〝獣の民〟が住むという『魔性の平原』に向かう方向だ。


「存じておりましてよ? 最初に言ったでしょう。わたくしと貴女は、利害が一致していると!」

「……革命軍を、結成するんじゃなかったの?」


 『魔性の平原』に向かっても、その先には西の大公領があるだけだ。

  確かにナバダが用があるのは西部だが、あの領地は虎神を崇める宗教の力が強く、敬虔な信徒が多いため、その祭司である西の大公に逆らう者は非常に少ない。


 ただ、戦力としては武で鳴らした家門も多いので、貴族と組む気ならば対皇帝の革命軍を結成するには良いかもしれないが……そうではないなら、仲間を集めるには不向きな土地柄だ。


「革命軍は結成しますわよ! でもわたくし、最初から輸送団と別れたら西に向かうつもりでしたのよ!」

「な、何で……?」

「分かってないですわねぇ! 陛下に翻意を持つ人々の平定が、わたくしの目的ですのよ? だったらまだ大人しくしている南の大公よりも、西の大公を下すのが先ですわ! 何かおかしなことがありまして?」


 アーシャはまるで自明の理のように言うが、ナバダはそんな彼女に、先ほどの懸念を伝える。


「でも、あっちの貴族は……確かに皇帝に反抗的だけど、アンタには従わないと思うわ」

「西の大公の土地までは行かないですわよ! わたくしが最初に協力を仰ぐのは―――〝獣の民〟ですわ!」

「……………はぁ!?」


 あまりにもぶっ飛んだ発想に、思わずナバダは声を上げた。


「〝獣の民〟ですって!? あんた、それがどういう意味か分かってるの!? 連中こそ、本気で貴族になんか従わないわよ!?」


 彼らは、そもそも皇国どころか、太古から国家に従うことすら良しとしない自由の群れだ。

 大半が、圧政に耐えかねて逃れた者たちと獣人族で構成されており、貴族を毛嫌いしている連中なのである。


「だからこそ、都合が良いのではないですの! 貴族としてのわたくしではなく、わたくし自身を認めてくれる可能性が一番高いですわ! 何せ、一騎当千と呼ばれる獣人族に、腕前と気骨のある人々ですし!」


 楽観が突き抜けてる。

 やっぱり、この女はおかしい。


「それに、そのくらい出来ないと、陛下に愛していただけないですわよ!」


 付け加えられた言葉に、ナバダはとんでもない脱力感を覚えた。


 ―――あんた、とっくに愛されてるでしょうが!!


 自分のことになると、鈍い?


 ―――それは、あんたの方でしょう!


 心の中でそう叫びながらも、それを口にするのはなんだか癪だったので、ナバダは黙った。

 

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