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【12/13 2巻発売!】アーシャ・リボルヴァの崇拝~皇帝陛下に溺愛される悪役令嬢は、結婚の手土産に不穏分子を平定するようです。~【コミカライズ予定】  作者: メアリー=ドゥ
第二章

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このバカども。


「……このバカども、たったこれだけの為に、世界を巻き込んでんじゃないわよ。凡人には簡単なことも分かってなかったくせに、よくもボロカス言ってくれたわよね」


 見せつけられたイチャつきに、ナバダがむず痒さを堪えて悪態を吐くと。

 皇帝に癒されて復活したウォルフガングが、その独り言に応じた。


「全くだと、俺も思うが……いや、キツい」

「何が?」

「『大切なものを守れないのは、お前の努力が足りないからだ』って言われても、何も言い返せねぇじゃねーか。あんな壮絶な決意を見せられたらよ。〝六悪〟以上にとんでもねぇ女だよ、アーシャ・リボルヴァってのは」


 そんな彼の頭を、ナバダは黙ってはたく。


「痛ぇ! 何しやがる!」

「バカじゃないの? 前に話した時も言ったでしょう。アーシャがおかしいだけで、あたしや、あんたや、ダンヴァロが普通なの。こう言っちゃなんだけど、あたしとイオは運が良くて、あんたは運が悪かった。それだけの話よ。……怒りや悲しみとは、別の部分でね」


 アーシャが自分の弱さを分かっていたことだけは、意外だった。


 けど、考えてみれば納得は出来る。

 弱いから強くなろうとするのも、それはそれで、人間としては普通のことだから。


 アーシャは、弱い。

 けれど、弱いからこそ、誰よりも強かった。


 ナバダが皇帝に言った、赦して良い弱さ……それを人は『優しさ』と呼ぶのだ。


 そして優しさを、アーシャは与え、受け取りはしても……求めるものではないと、思っていた。


 だからアーシャは『助けて』と言わない。

 皆を自分一人で助けようとするくせに、誰にもそれを言わないのだ。


 それは『人に対して一方的に何かを要求する』行為だと……人の選択に干渉する行いだと、思っているから。


 そうではないのに。 


 助けたいという気持ちが助ける側にあれば、それはお互いが幸せになる為の手段なのだ。

 皇帝がアーシャに『弱く在ること』『ありとあらゆることを求めること』を赦すのが、二人の救いになったように。


「優しさにも自立にも、限度ってもんがあるのよ。何もかも全部分かった上で、どれだけ無謀な真似をしても確実に届かないと理解した上で、それでも優しくする為に強くなろうと努力するなんて、どう考えても狂ってんのよ」


 出来る出来ないではなく、やるのだと。


 正しくとも、それしか皇帝から受け取った優しさを、返す手段がないと思ったとしても。

 普通の人間は、たった一人で躊躇いなく、その道に身を投じたりは出来ないのだ。


 あの、何でも出来る皇帝が誰よりも悲しい存在だと泣き、変えずに救うために横に立とうとする優しさは、もはや常人のそれではない。


 お伽噺の中の『理想の聖女』でも、そこまでしないだろう。


 皇帝がそんなアーシャと出会えたことそのものが、奇跡とも言える。

 アーシャは神にでも仕えていた方が幸せなんじゃないかと思うし、皇帝はアーシャ以外と関わらない方が幸せだろう。


 神と花嫁。


 二人の関係を、そう形容するのに齟齬があるとすれば。


 神の立場に在る者が花嫁ただ一人だけを見つめ。

 花嫁の方が、世界に対する無限の慈愛を持っていたという逆転があったこと。


 だから、二人の関係はただ崇拝し、されるだけのものにならなかった。


 その間に生まれたのは、常人には理解できない程の大きさを持つ、お互いを押し潰してしまう位に歪な『愛』だったのだ。

 

 二人を、信仰のみがその間にあれば良い道を選ぶ立場に置かなかった、運命の巡り合わせだけが。

 二人ともが凡人の思考を持っていなかったことが、世界を巻き込む人騒がせの始まりだった。


「あの〝恋する狂気〟に当てられたら、その内潰れるわよ。あいつらがおかしいってことは、絶対忘れちゃダメよ」

「……アレ見て、そこまでブレずにいられるお前も、十分スゲェと今思ったよ」


 ウォルフガングは顔を伏せ、苦笑を浮かべた後に頭を振る。

 そして、どこか吹っ切れたような顔をして、こちらを見上げた。


「あいつらが化け物なら、お前は世界を救った勇者だな、ナバダ。よくあの二人に挟まれてあんな啖呵切れたもんだ」

「二度とやりたくないわ」

「欲するなら、その称号を正式に与えよう。ナバダ。ウォルフガングの言う通り、そなたは、その称号に相応しきことを成した」


 軽口に皇帝が口を挟んできて、しかも名前だけを呼ばれて驚いたが、ナバダがはすぐに腕を振って拒否する。


「いらないわよ、そんな称号」


 ナバダは、ただ信じただけだ。

 端から見たら誰でも分かるような、本人達だけに通じていなかった、皇帝とアーシャがお互いを想い合う気持ちを。


 アーシャがそうして来たのと、同じように。


 弱いからこそ、助け合い、信じることを自分の道と決めたから。


 アーシャを助け、アーシャの想いを信じた。

 皇帝が、アーシャを想う気持ちを信じた。


 本当にそれだけなのだ。


 ナバダは、勇者なんて呼ばれるようなことは一個もしていない。


 皇帝が人の弱さに歩み寄ることを受け入れたのは、相手がアーシャだったからだ。

 アーシャの弱さや優しさを含めて全てを愛する皇帝だったから、既に孤独ではなかった皇帝だから、上手く行っただけの話だ。


 歩み寄りという言葉は、双方がその意識を持たねば成り立たない。 


 もし、真に孤独な強者を誰も理解せず、強者が誰も理解しようとしていなかったら。

 そこには、最終的にお互いの存在を否定し合う以外の道はなかっただろう。


 人が皇帝を滅ぼす、あるいは皇帝に滅ぼされる以外の道を道を選べたのは、アーシャが皇帝を想い、想われたという奇跡が、既に存在していたからに過ぎないのだ。


 この二人は人騒がせではあったが、そもそもナバダ達を不遇に追いやったのは、この二人ではない。

 むしろナバダは、その皇帝に命を救われ、アーシャにイオの命を救われた立場である。


 弱者を助けるのではなく、虐げ、利用する連中から。


 皇帝が皇帝として立って以降、貴族らは恐怖に縛られているだろうけれど……民の暮らしぶりは、むしろ良くなっている。

 アーシャの口にしていた通り、始まりこそ皇帝による軍部の『処刑』だったが、その後の北部と東部は、支援を受けて徐々に豊かな土地になっているのだ。


「いやしかしよ。ナバダもあんだけ言われて、よく最後キレなかったな」

「吐き出させるのが必要だったからよ。それに、弱者のままでいることを、甘んじて受け入れた……それはアーシャから見たら、ただの事実でしょう? そう思ってても腹を立てるような事じゃないわよ」


 アーシャは、だからって弱い人間を見下してる訳じゃない。

 ただ、皇帝を想い過ぎるあまり、周りが弱いことに……じぶんがその誰よりも弱いことに、歯がゆさを覚えていただけ。


 だから、彼に関わることに口出しされた時だけ、あれ程に激情を見せる。


 諦めた人間が、これ以上何かを皇帝に要求することを許さない、と。

 皇帝を救おうとしない相手が、皇帝を侮辱することを許さない、と。


 アーシャは、他人が弱さ故に諦めることも、それはそれとして受け入れていたのだ。

 でも『まだ救われる目がある』と感じたなら、他人を叱咤し、自分も動いて救おうとする。


 皇帝を救おうと、不可能でしかない無謀な挑戦を始めたのと、同じように。

 イオの命を諦めかけたナバダを、ベルビーニを遠ざけたダンヴァロを、まだ早いと焚き付けたように。

 復讐を心の拠り所としていたウォルフガングと共に、フェニカに挑んだように。


 ーーー『わたくしが助けますわ!』と。


 その証拠に、ナバダが降りたことを責めたのは、皇帝に要求を突きつけた今が、初めてだ。

 恋人を失ったウォルフガングを否定したのは、彼が先に皇帝の在り方を否定した時だけだった。


 それ以外の時は、心の折り合いがつけられるのならそれで良いと、手を差し伸べていた。


 後悔だけをしていても、大切なものは取り戻せず、失ったものは戻らないから。


 幸せにはなれないから。


 アーシャ自身はその間も、失わぬ為の努力をし続けていたから。


 だからイオを救った後は、ナバダに『西部や南部の平定に参加しなくても良い』と告げた。

 一度諦め、大切なものを取り戻したナバダには、もう戦う理由がないと思ったから。


 恩を感じたナバダが、アーシャを助けたいと思っていたことなど……その思いを『いらない』と言われたように感じたことなど、頭の片隅にもなかっただろう。


 何故ならアーシャは、恩を売るつもりでやっていないから。

 自分が家族と皇帝以外の大切な存在になることも、なったかもしれないことも、考えてすらいなかったから。


 貴族として、人として当然の務めを果たしただけだと、心から思っているから。

 それは相手を慮るという意味では足りないかもしれないが、アーシャという女は、純粋過ぎる善意から人に声を掛ける。


 弱さを認めないのではなく、誰かが諦めによってその人の大切な何かを、生きる気力を失うことを憂うのだ。


 自分がそうだから。


 そして大切なものを既に失ってしまった誰かが、それでも幸せになれるように誠実であろうとするから、時にその言葉は人を刺すのだ。


 弱さゆえの諦めを自分に押し付けられることを疎んでいたのも『それでは皇帝を皇帝のままに救えない』と、思い込んでいたから。


 ナバダが皇帝の婚約者として選ばれるのを諦めた後、皇帝に並び立つ為に革命を選んだのも。


 決して、『皇帝自らがアーシャを選ぶ機会を奪われたから』という理由だけではなく。

 口にした通り『強く在るしか皇帝と並び立つ道がなかった』という理由だけではなく。


 救われるべき者たちが救われる道として、それが最も善い手段だと思ったから……その革命の先頭に、まず自分が立った。


 何かを成し遂げたいなら、人に要求するのではなく、まず自分からだと。

 

「あたしも、ダンヴァロも、ベルビーニも、イオも、そんなあいつに救われて、ついていくと決めたのよ。なら、出来る手助けくらいはしないとね。あんたもそうでしょ?」

「……まぁな」


 と、ウォルフガングが答えたところで。


「……そろそろ良いかしら?」


 と、上空から声がした。

 

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