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ナバダの事情。


 ―――全く、無様ね。


 ガタゴトと揺れる巨大な馬車の中で、灯り取りの格子から差し込む光を眺めながら、ナバダは自嘲の笑みを浮かべた。


 【魔力封じの首輪】に、手枷と、足の鎖に繋がった鉄の球。

 もし馬車が賊に襲われたとしても、逃げることも抵抗することも出来ない状態で、ナバダは護送されていた。


 そして、当初の目的に反して(・・・・・・・・・)死ぬことも(・・・・・)出来ていない(・・・・・・


 今のナバダには、絶望しかなかった。


「……ふふっ」

 

 何一つ思い通りにならない状況に、思わず笑みを漏らすと。


「あら、楽しそうですわね!」


 と、癪に障る声が聞こえてきたので、ナバダは笑みを引っ込めて舌打ちした。


「話しかけて来んじゃないわよ、雌犬」

「だって暇ですもの。別に話くらい、しても良いのではなくて?」


 馬車は、木の柵で半分に分けられてる。

 仕切られた向こう側には、寝具としても使う腰掛けに座ったアーシャが居た。


 いつもの、イライラするくらい煌びやかな公爵令嬢然とした格好ではなく、普通の旅人のような姿で髪色まで違う彼女に、最初は面食らったが、すぐに腹立ちが上回った。



 ―――頭の狂ったクソ令嬢が。



 何も上手くいかないのも、今のこの状況も、全てあの化け物皇帝とコイツのせいなのだ。


 何不自由ない生活を捨てて、革命軍結成なんていう夢見がちな道楽に溺れる、愚か者のくせに。

 動くのに際して、こんな風に『弁えた』風体も出来る辺りが、本当に気に食わない。


 無駄にプライドが高い割に、敵対する自分にも屈託なく話しかけて来るところも……本当に、最高にムカつく相手だ。


 ただ、ナバダ相手に嫌味が言いたいだけかもしれないが。


「……」


 こちらは別に話すこともないので黙っていると、再びアーシャが口を開く。


「受け答えしないなら、下策に溺れた貴女の愚かしさを、延々語り続けて差し上げてもよろしくってよ?」

「黙れ」

「あら、愚か者扱いされるのがご所望ですのね? そもそも、陛下を暗殺なんて出来るわけがないでしょう。何でわたくしや他の妃候補を狙いませんでしたの?」


 ―――出来たらやってたってのよ……ッ!!


 ナバダは、黙らないどころか本当に当て擦りを始めたアーシャの顔を、殺意を込めた視線だけで射殺せたら、と願わずにはいられなかった。


「どんな方法でも、貴女の頭があれば容易く殺せたでしょうに。陛下暗殺よりも、正妃の座の方が容易くてよ? 分かっていて?」

「黙れって言ってんのよ!!」


 ギリギリと、奥歯を噛み鳴らしてから、ナバダは怒鳴りつける。


 ―――他の女どもを殺せたところで、意味がないことすら、コイツは理解してないのに……ッ!!


 こんな奴のせいで。


 本当に『そこ』だけ、まるで気づいていないのだとしたら、どれほど賢かろうがアーシャの頭は完全に終わって・・・・いる。


 マトモな人間じゃないのだ、コイツも、皇帝も。



 ―――誰が正妃に選ばれるかなんて、考えるまでもなかったでしょうが……!!



 ナバダが、どれだけ長い間、アーシャを殺す隙を窺っていたと思っているのか。


 だがこの女は。

 パーティーの場で、口をつけるフリをしていても、どんな料理も口にせず、どんな飲み物も飲もうとはしなかった。


 一人ふらりと離れた時に、事故に見せかけて始末しようとしても、一瞬も警戒を解かなかった。

 常に彼女のそばに控える連中は、どいつもこいつも年嵩なのに、見ただけで分かるくらい、とんでもない腕前を持つ手練ればかりだった。


 身に覚えのない汚名を着せて凋落を狙おうにも、そもそも汚名を着せる余地がないくらい、この女は『イカれている』と認知されていた。


 アーシャを殺せなければ、他の令嬢をいくら蹴落としたところで意味がない。


 奔放に見えて、誰よりも自分が危険な立場にいるのだと、彼女は熟知していた。


 〝恋する狂気〟。


 そう影で呼ばれていることすら、この女は知っているのだろう。

 知っていて、まるで何も気にしないのだろう。


 忌々しいほどに隙がなく、容姿と性格以外の全てが完璧な、化け物令嬢。


  ―――《鉄血の乙女アイアンメイデン》アーシャ・リボルヴァ。


 その上で。

 節穴の目をした他の貴族どもと違って、それでも彼女以外の誰よりも皇帝の寵を得て近くに接していたナバダは、肌でひしひしと感じ取っていた。



 ……皇帝が、アーシャしか見ていないことを。


 

 容姿の美醜だの、性格の良し悪しだの、アーシャ以上に頭の狂ったあの皇帝には、まるで関係がなかった。


 楽しければそれでいい、とでも思っていそうな、なのにまるで考えが読めない、不気味すぎる支配者。

 全てを見抜いているかのように、アーシャ以外の人間に向ける、ゾッとするような退屈そうな目。


 ―――何でそれに、アンタが気づかないのよ?


 皇帝の暗殺。

 それは、雇い主からナバダに科せられた条件の中でも、本当に最後の手段だったのだ。


 元は親のいない孤児で、魔力だけが強かった自分の第一の目的は、皇帝の正妃となることだった。

 アーシャさえいなければ、もしかしたら成功していたかもしれない。

 

 本来であれば暗殺の技術は、ナバダの対抗馬となる令嬢連中を……それこそアーシャの言うように、対抗馬を始末するために、叩き込まれたものだった。


 そして『正妃として選ばれることに失敗した時、せめて皇帝の命を奪え』と厳命されていたのだ。


 だが、全部終わった。

 アーシャも、皇帝も、結局はナバダの手に負えるような連中ではなかった。



 ―――せめて、アタシが殺されていれば。



 そんな風に、ナバダは虚無を感じている。


 何故かアーシャの右目が、あの忌々しい皇帝と同じ色に染まっていることにも、彼女の道楽にも、まるで興味などない。


 ただ、自分を生かした皇帝が。

 大人しく殺されようとしなかったアーシャが。


 とてつもなく、恨めしい。


 殺されるつもりの特攻すら、あの皇帝は許さなかった。

 ようやく離れられると思ったクソ令嬢は、事もあろうにナバダの身柄を引き受けた。


 そうして、何一つ成し遂げられないまま、こうして、西に敵対的な南の大公の領地に護送されている。

 長く苦しめ、と、化け物どもにそう宣告されているようで、耐え難い。


 ―――もう、全部、どうでもいいのに。


 失敗したことなど、とっくに西の大公には知れているだろう。



 ―――ごめんね、イオ。



 心の中で、西の大公の元にいる弟に……もう殺されているだろう弟に、謝っていると。


「貴女も、素直じゃありませんわね。愚行に走った理由・・・・・・・・を、せめて陛下に告げていれば、悪いようにはなさらなかったと思いますわよ?」

「―――ッ!?」


 まるで、心の中を見抜かれたように。


 アーシャに、そう声を掛けられた。

 思わず視線を向けると、彼女は呆れたような顔をしている。


「まぁ、それすらも話せないように縛られているのであれば、その限りではありませんけれど、ね?」


 この、口ぶり。


 ―――コイツ……ッ!!


 アーシャは、知っている・・・・・


 どうして調べたのかは全く分からないが、ナバダの行動の理由だけでなく……背景までも。


「……殺してやる……ッ!!」


 コイツは、知っていて放置したのだ。

 ナバダがどんな状況にいるか、知っていて蹴落としたのだ。


 イオの命ごと、自分を……!!


「あら、瞳が燃えましたわね! 逆恨みも甚だしいですけれど、無駄に諦めた目をしているより、そちらの方が貴女らしいですわよ!」


 アーシャはにっこりと言い、何故か色の変わった……しかも、今までと違ってきちんと見えているかのように動く、右目の辺りを指先で撫でる。


「それに、何か事情がありそうなのも、話せないのも図星……何よりですわ。家族を人質にでも取られている、といったところですわね」

「……!」


 頬に手を当てて、してやったり、と笑みを浮かべるアーシャに。

 カマをかけられたのだ、とナバダはそこでようやく気付いた。


「この、雌犬……ッ!!」

「ああ、もう話さなくて結構ですわよ。呪縛をわざと破って、自ら命を断つような愚かな真似をしなかった辺りも、評価に値しますわ」


 アーシャはニコニコと、何度もうなずいて見せた。


「その上で、死んでいない、ということは―――当然、まだ諦めていませんわね?」

 

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