表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【12/13 2巻発売!】アーシャ・リボルヴァの崇拝~皇帝陛下に溺愛される悪役令嬢は、結婚の手土産に不穏分子を平定するようです。~【コミカライズ予定】  作者: メアリー=ドゥ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/72

めちゃくちゃ怒ってやがるな!


「カカカカカ!! 愉しいなァ!! なァ!?」


 今までにない程に高揚している、ロウシュを目にして……ベリアは呆然としていた。


 ーーー見えない。全く。


 そこで戦っていることは、分かる。


 蜘蛛の足を持つ魔性の巨体が、とてつもない速度で跳ね回ることで地面が抉れる様子。

 円を描くような足の動きで軽やかに刃を振るう、ロウシュ。


 それは、見えるのだ。


 しかし、その巨体が次にどのように動くのか。

 ロウシュの両腕が、どうやってその攻撃を防いでいるのか。


 それが、まるで読めないのだ。


 ロウシュの動きは、魔性に比べれば決して速い訳ではない。

 むしろ動きは必要最小限なのに、刃を置いた場所に魔性の攻撃が飛んできて、防ぐ。


 魔性がいきなり影に潜もうと、瞬間的な移動であり得ない角度から攻撃を仕掛けようと、それがロウシュに届かない。


 逆に、いきなり掻き消えるような速度で彼が腕を動かしたかと思ったら、魔性の体が引き裂かれて紫の血飛沫が舞う。


 世界最高峰の戦闘、が、一体どういうものなのか。

 『この速さが必要だ』とロウシュが言ったのは、全く間違いではなかった。


「カカカ、テメェにゃ(コア)があるなァ!? そろそろ届かせてくれても良いんだぜェ!?」

『強』

「おぉ、ワシを強いと認めるか! ワシもまだまだ捨てたもんじゃねぇなァ!?」

『狂』

「カカカカカ、そいつに関しては今更よなァ!!」


 ーーーこれが……アーシャ様の目指すもの……。いや、もっと……。


 ベリアは絶望していた。


 初めて、アーシャ様の目標が無謀に見えた。

 この地に来てから、ナバダが彼女に苦言を呈するのを見るのは、決して良い気分ではなかった。


 しかし、こんな。


 ーーー皇帝陛下に並び立つなど……不可能なのでは……?


 これだけの戦闘を繰り広げる、ロウシュが。

 〝六悪〟の眷属であろう魔性に、一歩も引かないどころか明らかに優位な戦闘を行なっている、アーシャ様の師匠の腕を……手加減なさった上で、さらに斬り飛ばしたのが、皇帝陛下なのだ。


『喜』


 魔性が口にした言葉に、ロウシュが同じく喜びの表情で応える。


「カカカ、テメェも同類か! 覇を競うは至高よな!」

『是』


 そんな、親しげな会話すら交わしながら、それでも両者の動きは止まらない。

 ふらりと思わず後ろに下がったベリアの背中に、イオがそっと手を添えてきた。


「ベリア? どうしたの?」

「無理だ……アーシャ様、は……」


 思わず、目尻に涙が滲む。



「どれ程の努力をしても……きっと、皇帝陛下には届かない……」



 口にすると、また涙が溢れる。

 

 あれ程、お望みになっておられるのに。

 アーシャ様は決して、その望みには手が届かないのだ。


 それがベリアにも分かった。

 分かって、しまった。


「アーシャ様、は……アーシャ様の、努力は……」


 無意味。

 

 革命は成せるかもしれない。

 〝六悪〟もきっと、アーシャ様なら倒してくれるだろう。


 けれど、アーシャ様の本当の望みは……そうした偉業を成し遂げることでは、ないのだ。


「ベリア……」

「どう足掻いても届かないお方を……愛してしまった、アーシャ様は……どうなってしまうのだ……」


 その先にある最悪の結末を、口にしたくはなかった。

 口にしたら、現実になってしまいそうで。


「私は……アーシャ様の気高さに、どれ程の逆境にあろうと決して諦めないその在り方に、その御心に、忠誠を誓ったのに、私は……」


 理解してしまった。


 彼女が挑む最大の逆境が、逆境ではなく、ただの無謀なのだと。

 けれど決して、アーシャ様はその道を諦めないだろう。


 その事実に……ベリアは絶望してしまったのだ。


「アーシャ様は……」

「ベリア」


 不意に、ベリアはイオに後ろから体を抱かれた。

 自分と同じくらいの身長の、青年の顔が肩口に乗り、耳元に囁かれる。


「そうはならない。きっと、そうはならないから。だから、落ち着いて」


 イオの声に、ベリアは涙が滲んだ視界の端に、彼の顔を捉えて問い掛ける。


「何故、そう、言える……?」

「姉さんが、いるからだ」


 イオの声には、ハッキリと信頼が滲んでいた。


「姉さんは、答えを見つけた。アーシャ様の無謀に、ただ一人正面から向き合って、今までアーシャ様に苦言を呈して来たのは、姉さんだから」


 ナバダ。

 『村を任せる』と、背を向けて駆けて行った彼女の姿を、ベリアは思い出す。


「だから、答えを見つけてくれた姉さんなら……きっと、何とかしてくれる筈だ」

「どう、出来るという? アーシャ様は、皇帝陛下に並び立たんと挑んでおられるのだ……貴族学校で遠目に見た時から、ずっと……そう仰っていることを、皆が知っている……」


 その望みを諦めたら。

 あれだけの努力をしてまで求めたものを諦めたら、アーシャ様はどうなってしまうのか。


 あの方は、ただただ皇帝陛下を想い、横に立つことを求めておられるのに。

 民に対する、臣下に対する広く大きな慈愛を抱ける程の高潔な心で、崇拝する陛下の御許に辿り着くことを至上としておられるのに。


 その目標が、折れてしまったら。


「方法は、分からない。姉さんの見てきたアーシャ様は、姉さんだけのものだから。もしかしたら、そこに俺達とは違う答えがあるかもしれない。……それを信じたいと、俺は思う。だってそれはアーシャ様と、姉さんが選んだことだから」

「……アーシャ様と、ナバダが……?」

「そうだよ。ロウシュが言ってただろう? アーシャ様は、色んな人の生き方を信じてるって。姉さんも、信じることを決めた。だったら、アーシャ様に従う君が、姉さんを大切に思う俺が……二人の選択を信じないのは、嘘だろう?」


 選択。

 自ら選び取ること。


 誰かに従うと選んだのなら、その、心までもを信じること。


「仰せのままに、と、私は、アーシャ様に……」

「そう。でもそれは、盲目的に信じることとは違う。アーシャ様が、一体何を考えて、何を望んで、どう行動してきた人なのか。それを知った上で……それでも従うのが、忠誠ってやつなんじゃないのかな」

「……私は、アーシャ様のことを、何も」


 何も、知らない。


 昔は、遠目に見ていただけだった。

 その強い生き方に、憧れていた。


 ナバダのように、対立し、無数の言葉を交わし、その上でアーシャ様と共に在るようになった訳では、ないのだ。


 陛下に言われて、喜んでこの地に来た。

 そして、拒絶を。


 『救われるべき者を第一に考え、国の在りようを示すのが貴族』だと。

 それがアーシャ様の望む、忠臣の在りようだと。


「私は……アーシャ様を、知らない……」


 ベリアの選択を受け入れない、と理解を示した上で拒絶したアーシャ様と違い。

 あの瞬間まで、ベリアは自分の理想を、あの方に押し付けていただけだったのだ。


 自分は、アーシャ様の内心を知ろうとする努力を、していなかった。


「私の忠誠は……私の……私のこと、だけを……」

「そうじゃない。君は今まで、知らなかったことがあっただけだ。アーシャ様は君の忠義は受け入れるけど、示し方が間違っていると言っていたんだ。だから、これから知れば良い。今までの君の忠誠が、アーシャ様を大切に想う心が、偽りだった訳じゃない」


 イオの言葉は、どこまでも優しくて。

 だからこそ、身を引き裂くような痛みを感じた。


「あの方を、支えて差し上げたい……と、私は、今でも……そう思うのだ」

「分かるよ」

「けれど、私には、力も、あの方の内心を慮る深慮も、なかった」

「そうだね」

「これから、が、あるのなら……」


 ベリアはそこで一度唇を噛んで言葉を殺し、別の問いかけを、それでも震えてしまう声で呟く。


「私より、アーシャ様を知るナバダは…………あの方を、救ってくれるだろうか…………」

「姉さんなら、きっと」


 そうしたやり取りの間に、目の前の闘争は決着がついたようだった。


「おい!? 逃げんのかァ!?」

『惜。再』


 意外なことに、それは命の奪い合いによって決着がつかなかったようだった。

 魔性が何かを気にして、大きく飛び退ったのだ。


 そうして、呼びかけに答えた直後に、忽然と姿を消した。


「チッ……流石に、逃げられたら追えねーなァ! せっかく久々に楽しい死合いだったのになァ!!」

 

 珍しく不機嫌そうにガシガシと頭を掻いたロウシュは、左の太刀を鞘に仕舞う。

 すると、まるで最初からそこになかったかのように、彼の右腕がもう一本の太刀と共に消えた。


「早ぇなおい!?」


 だが、それで脅威が去ったと理解したのか、ジッと真剣に戦闘を眺めていたシャレイドが口を開く。


「今回は、お前の対処できる範囲だったから何とかなったが。今後もう一度、同じようなことがあったら……『魔性の平原』から出て行けよ」

「カカカ! 安心しろよ、シャレイド。雑魚弟子が絡んでなかったら、流石にやらねーからな!」


 すぐに機嫌を直したらしいロウシュと、とんでもなく不機嫌なシャレイドのやり取りを聞いて、ベリアは遠くに目を向ける。


「アーシャ様の戦いは、終わったのか……?」

「まぁ、そうだろうな! あの焦りようだからな!」


 ロウシュの言葉に、ふとベリアは気付く。


「なら、あの魔性を逃してはならんだろう!」

 

 もしフェニカが負けてあの魔性、ニールが向こうに行ったのなら、アーシャ様が危険だ。

 血の気が一気に引いたベリアに、ロウシュが片眉を上げる。


「これだから雑魚はよ。気づかねーのか?」

「何を……」


 と、言いかけたところで、森の方に暗雲が渦巻き徐々に大きくなっていくのが見える。


「あれ、は?」

「皇帝が森にいる。……しかもめちゃくちゃ怒ってやがるな!」


 カカカ、とロウシュが笑うが、ベリアは笑えなかった。

 イオもシャレイドも、顔を強張らせている。


 黒雲の方から突然吹き抜けてきた、地鳴りを伴う魔力の波動は……根源的な恐怖に脳裏が痺れる程、とてつもないものだったから。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ