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【12/13 2巻発売!】アーシャ・リボルヴァの崇拝~皇帝陛下に溺愛される悪役令嬢は、結婚の手土産に不穏分子を平定するようです。~【コミカライズ予定】  作者: メアリー=ドゥ
第二章

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差し上げますわ、腕一本。


 ーーー姿が見えない。


 もう追いついても良いはずの場所で、ナバダは迷っていた。

 確実にこの森の中にいる筈であり、戦闘の際に移動したとしても痕跡が残っていなければおかしいのに、それがないのである。


 潜んでいるような魔力の気配すら感じない。


 しかし何故か、鳥達が怯えている。

 その様子をジッと観察したナバダは、逃げ惑う向きから逆方向に足を運び、大体の目星をつけたところで……ふとアーシャの言葉を思い出した。


 ーーー『フェニカは《異空結界》を操る』。


 この場所にいるけれど、薄皮を隔てた『向こう』にいることを、察知出来ないだけなのかもしれない。


 相手は〝六悪〟……実力が、自分よりも遥かに上の相手である。

 だから、その《異空結界》の存在を見破れない。


 ーーーだからって、諦めてちゃいつも通りなのよ……!


 敵わないと思って、そこで努力を辞めたら『終わり』だと。

 『だから負けるのですわ』と……いつまでもアーシャに思わせておくのは、我慢ならない。


 ーーー見てなさいよ。


 ナバダは、一度目を閉じた。


 呼吸を深くしながら精神を研ぎ澄まして、大気と大地の魔力流を探る。

 深く世界に意識を同化して、龍脈へと繋がる無数の流れを注視した。


 いつもより深く。

 なお深く。


 『自分なら出来る』筈だと。


 精神にかかる負荷に、眉根を寄せて耐えながら、さらに探り続け……ナバダは、ほんの僅かな違和感に気付いた。


 ーーー糸?


 それは『目に見える場所ではないどこか』に繋がる、遥か彼方から繋がる、魔力の糸。

 ナバダは目を開き、その糸の繋がる先を辿りながら歩みを進めて……見つけた。



 皇帝と、アーシャの右目を繋ぐ魔力の糸が作り出したーーー小さな《異空結界》の綻びを。



 既に閉ざされた空間に繋がる、唯一の道。

 ナバダは、ダンヴァロに貰ったダガーの柄を握り締めて、魔力を込める。


 そして綻びの向こうに、闘争の気配を感じた。

 轟音と、膨れ上がる瘴気の気配。


 ーーー皇帝。今この瞬間だけ、あんたの執着に感謝するわ!


 細く、鋭く研ぎ澄ましたその切先を、ナバダは渾身の力を込めて綻びに突き立てた。


※※※


 アーシャは気配を消し、足音を立てぬ走法で駆け抜ける。

 眼帯をした左目だけを開き、一瞬で安定させられた魔力場の視界と音を頼りに。


 死角からの一撃を叩き込む。

 目指すはただ、その一事のみ。


 身を極限まで低くし、砂埃と突き立った岩針の隙間に身を隠して『耳』で捉えたフェニカに迫り……手に握ったものを、最小最速の動きで突き抜く。

 けれど。


『ふふ。隠すなら魔力の波動まで隠さなくては意味がなくてよ?』


 砂煙の先にいたフェニカは、こちらの動きを読んでいた。


 フェニカに狙われているのは、伸ばした右腕。


 もう避けられない。

 けれど、アーシャは(わら)う。


 魔力を頼りにこちらを察知する相手に、こんな動きが通じる訳がないことなど、当然気付いている。

 アーシャにはそれが出来ないからこそ、この動きは偽装(ブラフ)


 フェニカの性格なら、油断をせずとも引きつけてからカウンターを叩き込もうとする……相手のやることを受けて立つと、アーシャが(・・・・・)信じた(・・・)通りに。



「ーーー差し上げますわ、腕一本」


 

 音すらなく。



 下から上に振り抜かれたフェニカの右腕の刃によって、アーシャは右腕を斬り飛ばされた。



「ッ! ……ッ!!」


 その痛みより前に襲ってきた衝撃に意識を持っていかれそうになりながらも、アーシャは姿勢を低くしたまま踏みとどまり、さらに体の左右を入れ替えて左腕を振る。


 最初から、こちらが本命。

 斬り飛ばされた右腕に握っていたのは……ウォルフガングが叩き折った、岩針の破片である。


 そしてこの魔剣銃の刃には秘密がある。

 お師匠様が、陛下との闘争中に、陛下を殺す為だけに編み上げたという『奥義の刃』は……その特性によって、魔力の視界では、察知出来ない。


「ーーーッ!!」


 腕を失った衝撃が薄れると同時に襲ってきた燃えるような痛みを、奥歯と気合いで噛み殺しながら、アーシャは左腕を振るった。


 魔剣銃の先に形成した【奥義の刃】は、まだ活きている。


 〝六悪〟にたった二人で挑むのは、無謀。


 分かっている。

 全て分かっていた。


 だから……こうでもしなければ、届かない。


 しかしそれでもなお、フェニカは油断していなかった。


 即応して、彼女が体を捻る。


 ーーー届かない……!?


 そうアーシャが思った瞬間に、何故か……フェニカの体が、強張った。



 パキィン、と何かが割れるような音と共に。



 ーーー届く!


 ギリギリ、ほんの一筋……アーシャは掠るだけの僅かな傷・・・・・・・・・を、フェニカの体に刻んだ。


 直後に、硬直から解放されたフェニカの放った膝蹴りで後ろに向けて吹き飛ばされた。


 腹を襲った一撃は、刃を届かせようとしていたアーシャでは流すことが出来ず……体をそのまま千切られそうな程の威力。


 けれど、お祖母様の遺品である【紅蓮のドレス】は、そんな衝撃からもアーシャの体を守ってくれた。


「ゴフッ……!」


 内臓は破裂していないだろうけれど、息は詰まる。

 連続した体を破壊する衝撃に、全身が痺れて動かなくなる。


 が……なす術なく地面に叩きつけられる前に、何かに体を受け止められた。


「……ッハ!」


 息を吸えるようになると、体が動くようになる。


 痛みを堪えながら目を向けると、満身創痍なのに倒れていなかったらしいウォルフガングが、下敷きになっていた。

 地面とアーシャの体の間でクッションになって、サイクロンの鎧すら解けた彼が呻く。


「ぐ……ぅ……!」

「ウォ、ルフ……! 大丈夫、ですの……?」

「大丈夫じゃねぇのはテメェも、だろ……! 止血しろ! 死ぬぞ!」

「ええ……モル、ちゃん!」


 アーシャが呼ぶと、宙を舞っていたモルちゃんがアーシャの元に舞い降り、体が触れるとギュルンッとヒモ状になって切断された腕に巻き付き、強く締め付ける。


 腕が締め付けられて、そこから吹き出していた血が止まった。


 失血量は、意識を失う程ではなかったようだ。

 頭はグラグラするが、まだ生きている。


 霞む視界に映ったウォルフの大きな怪我は、脇腹と右肩。

 アーシャは軋む体を動かして、【淑女のバッグ】から取り出した治療用の魔薬を二つ、自分とウォルフガングの傷口に振りかける。

 

 痛みを軽減するものと、傷口の血を固めるものだ。

 即座に傷を癒したり体力を回復するような万能薬は、この世には存在しない。


「ぐ……や、ったか……?」

『やったって、何を?』


 振り向くと、そこに立っているのは無傷のフェニカ。

 彼女は、首を傾げながら問いかけてくる。


『まさか、わたくしにかすり傷をつけただけで『勝った』おつもりですの? 《異空結界》が破られたのはビックリしたけれど……一人助っ人が来たところで、貴女たち、もう戦えないでしょう?』


 ーーー破られた?


 先ほどの高い音は、《異空結界》が破られた音なのだ。


 では、誰かがここに来たのだろう。

 となれば、ニールがここにいないのは、村に向かったからだ。


 ーーー村を危険に晒すなど。


 助かったのは事実だけれど、後でその点に関しては文句を言わなければいけない。


 そう思いながら、アーシャはフェニカに微笑みと共に言葉を返した。


「仰る通り、もうわたくし達は戦えませんわね。……けれど、勝ったつもり、ではなく、勝ちましたのよ。フェニカ」


 彼女はの顔は仮面に隠されて見えないが、怪訝そうな気配を見せた後に一つ頷く。


『ああ、何か仕掛けたってこと? 最初に突っ込んできた時から、何かしようとしていたものね』

「ええ。貴女ご本人には、決して解けない呪い・・・・・・・・・を贈りましたの。もう終わりですわ」

「そう。なら、試してみましょうか」


 と、フェニカが剣の右腕に、魔力を込めた瞬間。



 ーーーその腕が、パァン、と音を立てて弾け飛んだ。



『……あら?』

「凄いでしょう? わたくしのお師匠様は、陛下には及ばずとも、とんでもないお方なんですの。陛下と死合った時も、陛下にかすり傷さえ付けられれば勝てていたかもしれませんのよ。……まぁ、陛下の玉体に傷をつけられる者なんて、そもそもいないんですけれど!」


 お師匠様が話してくれたことがある。


 陛下は彼との死合いに際して、ナバダの時と同様、魔術はお使いにならなかったそうだ。

 けれど意識的にか無意識にか、魔性同様にその玉体に高密度の魔力を常時巡らせており、それが脅威的な身体能力の源なのだと。


『皇帝陛下の話に関しては同感ね。で、何? 呪いって』


 フェニカがさらに問いを重ねるのに、ふふ、とアーシャは笑みを深める。


「魔力を使うと、魔力が暴走して相手を自壊させる《遅毒の呪い(・・・・)》ですわ」


 それが、『奥義の刃』の正体。

 正面から死合うことを好むお師匠様が、生涯唯一使った絡め手だ。


 絶対的な格上である陛下に正々堂々負けるのではなく、勝つ為に全力で挑むことを選び取った結果生まれた、お師匠様の最強の技である。


「魔性はその強大な肉体を、人間よりも遥かに多い魔力で維持していますわよね?」


 瘴気とは、負の魔力。


 そしてこの奥義が『遅毒』なのは、常人に対して、だ。

 ナバダやベリアのような、あるいはウォルフガングのような魔力が多く恵まれた人も、魔力の変質に失敗して自身に返れば、お師匠様が堰き止める前に全身に呪いが巡る。


 故に、体を巡る魔力の流れの速さすら常人以下のアーシャだけが、修練出来、習得することが出来たのだ。


 フェニカの弾けた腕の付け根で、さらに魔力が弾けた。

 抉るように上半身の半分を吹き飛ばし、体の残った部分にも紫の禍々しい筋が魔力脈に沿って全身に浮かび上がっている。


「……へぇ。好みではないけど、これはこれで凄いわね」

「ええ。真正面からぶつかるのがお好みの貴女には、こうした搦め手は有効な手段でしょう?」


 お師匠様も似たような性格をしているので、彼がこれを編み出したのは、本当に極限の状況だったからだろう。

 戦闘中にこんなものを編み出して、失敗もせずに使いこなせるお師匠様を、剣一本でそこまで追い詰める陛下は、本当に、どれ程の高みにいるのか。

 

「やられたわ……無様な負けね。貴女にもがっかりよ」

「わたくしも、貴女の望み通り、正面からぶつかって差し上げたかったのですけれど。でも、今のわたくしには無理でしたの。陛下の御下命で、死ねぬ身ですので。がっかりさせて申し訳ありませんわ」


 単体の魔性に、この呪いを止める手段はない。

 仮に使えたとしても呪いを解く魔術を行使する『魔力そのもの』が変質している上に、止めるには魔性をやめるしかないからだ。

 

 生まれ落ちての魔性に、そんなことが出来はしないのである。


「あーあ、つまんない」


 フェニカは、その言葉を最後に全身が弾け飛んだ。

 最後に、つけていた仮面が、からん、と地面に落ちて、それも砕けて消えた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 書籍、買いましたっ! 次巻お待ちしてまつ!
[一言] いやもう、大興奮ですばぃっ!
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