皆、優し過ぎるのですわ。
「ぶち抜きましたわ!」
「よくやった!」
アーシャの報告に、ウォルフガングが応じる。
「こっからどうすんだ?」
「二手に分かれますわ!」
フェニカは、何らかの方法で体を消滅させてもニールを蘇らせることが可能なのだ。
時間稼ぎにしかならないとは思うけれど、一時でもこちらから意識を逸らせれば準備が出来る。
「わたくしが囮になりますので、地上から隠れて進んで下さいませ!」
言いながら、アーシャは自前の左目に黒い眼帯をした。
ダンヴァロがシャレイドに夜目を与えた魔導具を小さくしたもので、これをすることでアーシャも魔力の流れを見ることが出来るようになる。
完全に視界を代替するシャレイドのものと違い、通常の視界にある程度魔力の流れを重ねて見えるようにするものである為、魔力を感知できる範囲は狭いけれど問題ない。
「挟み撃ちと不意打ちを重ね、短期決戦でケリをつけますわ!」
アーシャがどう動くかの作戦を説明すると、ウォルフガングは懸念を示した。
「そこまで上手くいくか?」
「何事も、最初から全て上手く行く想定でやるものではありませんわよ。不意の事態は起こるもの、そうした意識は常に持っておかないと対処出来ませんわよ! 基本的にはその形で、隙が見えればそこを突くのですわ!」
幾つもの仕掛けを巡らせて、最終的に仕留められれば良いのである。
「目的は作戦を成功させることではなく、フェニカを倒すことですわ。鍵になるのは、コレでしてよ!」
アーシャは、少し高台になった場所に着地して生身に戻ったウォルフガングに、レールガンの砲身を叩いてみせる。
「回避行動を見せなかったので、向こうにはおそらくレールガンの弾丸を察知出来ないのでしょう。動きを止めれば勝てますわよ!」
「分かった……気をつけろよ?」
「無茶はしませんわ。それに危険なのは、貴方も同じでしょう。見つからないように注意なさいませ!」
ウォルフガングは、共に訓練している間に理解したけれど、本来は肉弾よりも魔術に関する才能があるようだった。
ナバダやベリアに習ってすぐに、魔導具に頼らずとも魔力の流れを視認出来るようになったのだ。
シャレイドにそれが出来ないのは、自らの肉体を強化する魔術に優れている……つまり内向きの力の操作に特化しているから。
彼は、魔力を放出したり広範囲に感覚を広げるような、外向きの魔術が苦手なのである。
アーシャ自身は、そもそも魔術的な才能が特にない。
目を閉じて集中すればどうにか周りの魔力の流れを『感じる』ことは出来るけれど、動きながらは出来ないし、視認も無理だ。
魔剣銃がなければ、せいぜい魔力刃を形成する程度しか実戦的な魔術は使えない。
周囲の魔力を感知できると何が実戦で有利かというと、周囲に自分の気配を溶け込ませる《陰形》が出来るからだ。
〝影〟らが使うのと同質の力で、彼らはその上位魔術《影潜み》を扱って護衛を担っているのである。
ウォルフガングは、それが出来る才覚があるのだ。
なので、この場では囮がアーシャなのである。
「……本当、羨ましいですわね」
彼が姿を消すのを見送って、アーシャはポツリと呟く。
皆、才能がある。
アーシャが陛下の為に、喉から手が出るほど欲しいのに得られないものを、皆が持っている。
特に、ナバダ。
彼女は楽にダンヴァロから与えられたダガーの魔力の刃を遊び感覚で操っていたが、本来、あんなことがいきなり出来る程、簡単に扱える魔導具ではない。
アーシャは幼かったとはいえ、同様の魔導具である魔剣銃で風の弾丸を放つのに一年、その後、他の弾丸を作ったり魔力の銃剣を形成するのに、さらに年単位の修練をした。
死に物狂いでやって、それだけの時間が掛かったのである。
身体能力、才覚、魔術の練度、その全てにおいて、ナバダはアーシャを遥かに上回っている。
ーーーどれ程、その力をわたくしが欲しているか、彼女は気づいていないでしょうけれど。
そう思いながら、準備を終えたアーシャは小さく笑う。
「ま、羨んでいても仕方ないのですけれど!」
アーシャは、やるべきことをやるだけだ。
ダンヴァロという優れた魔導具士によって外から補える部分も多く、使い方に習熟すれば結果的に同じようなことは出来る。
魔力の量や才覚が足りない分は、魔力操作の精密さと魔導具、そして工夫で補えばいい。
今までもそうして来たのだから。
「そろそろですわね」
アーシャは【風輪車】を駆り、フェニカが破壊した木立の方向に向かう。
一度引いているとしたら、こちらに向かう方向ではなく逆方向に離れていっている筈だ。
「ふふ。本当のことを知ったら、ウォルフは怒るかしらね?」
アーシャはレールガンが鍵になるとウォルフガングに伝えたが、それは嘘だった。
銃を構えた時の全知の視界で、魔性であるニールの核を撃ち抜くことが出来たのなら、フェニカに対して同様のことが出来たと、彼は気付いているだろうか。
それでもニールを狙ったのは、ウォルフガングの言葉に従った景気づけではない。
アーシャは、あの時点でフェニカの核を撃ち抜くつもりだった。
本命を先に落とさないなど、本来は油断でしかないからだ。
けれど、フェニカの中には核が見えなかった。
故に、確実に急所が見えたニールを狙ったのだ。
彼女は人間なのか。
あるいは、在りようが生物とそもそも違う魔性ではなく、魔獣の類いか。
もしくは金化卿のように、何らかの方法で核を傷つけられないように護っているのか。
「どれであっても、構いはしませんけれど」
多分最終的には、お師匠様に習った奥義で決着をつけることになる。
アーシャはそう読んでいた。
その際は、捨て身で作戦を決行することになる。
最初からウォルフガングにそれを伝えたら、きっと彼はアーシャを庇おうとして、動きが鈍るだろうから。
だから、嘘をついた。
ーーー皆、優し過ぎるのですわ。
格上の相手、あるいは自分達よりも強大な勢力に挑むのに、守りを意識しながら戦えるのは強き者だけだ。
陛下のように格上が存在しない方か、あるいはロウシュのような人物でなければ、『守りの戦』は出来ない。
そうした場合は、攻めることが最良にして最上の手段……結果的に、守ることに繋がるのだ。
「さ、行きましょうか。モルちゃん、頼りにしてますわよ」
と、スライムに呼びかけた時、森が少し拓けた場所が見え……同時に、何らかの力によってその辺りの魔力の流れが歪むのを視た。
「!」
咄嗟に【風輪車】をバンクさせると、木立の葉を引き裂きながら飛んできた不可視の何かが、車体の横をすり抜けた。
「そこですわね!」
アーシャは魔剣銃を抜き放つと、片手で車体を操りながら、連続で風の弾丸を撃ち込んだ。
手応えはあった……が、効いていない。
「硬いですわね!」
金化卿は外見通りに脆く、火の魔弾であれば多少効いたが、今の感じだとフェニカには効かないだろう。
「モルちゃん!」
アーシャはスライムを投げ放ち、森の拓けた場所を旋回しながら徐々に高度を下げていく。
最初の一撃以降、フェニカからの攻撃がない。
ーーー何を狙ってますの?
凧と蝙蝠の中間のような姿になったモルちゃんは、先にガサリと音を立てて森の中に沈み……。
『遅すぎないかしら?』
同時に、アーシャの背後からフェニカの声が聞こえた。
「……!」
大気の魔力が、森の拓けた場所からアーシャの近くまで、先程までなかった痕跡を残して歪んでいる。
一瞬で、その距離を移動したのだ。
アーシャは声すら出さずに、銃口を背後に向けて引き金を絞ったが、今度は上から声が聞こえた。
『一瞬で終わるわよ。弱過ぎないかしら?』
「でしたら、終わらせたら宜しいでのはなくて!?」
アーシャは車首を下に向けて、一気に下降した。
その背後から、先ほどの不可視の攻撃が放たれたのか、【風輪車】の車体を掠めて僅かに削られる。
しかし、追撃は攻撃のみ。
チラリと視線を向けると、両腕が異様に長い女性の影が見えた。
普通に落下しながら、こちらを見ている。
ーーー彼女自身に、空を飛ぶ方法はないのですわね。
普段はニールがいるから必要ないのか、あるいはそうした魔術を不得手としているのか……空を飛ぶことそのものが不可能なのか。
最後の一つだとすれば。
ーーーやはり、彼女は魔性ですわ!
少なくとも、人が変異した存在ではない。
おそらくは、生来の魔性。
アーシャの知る限り、翼や飛翔に類する魔導器官を持たずに宙に浮けるのは、陛下のみだ。
飛翔魔術そのものは存在するけれど遺失しており、空という場所を自由に駆ける手段は、現在人間にない。
【風輪車】のような発掘物以外では、せいぜいベリアの操る跳躍の魔術くらい。
基本的に空は、飛竜や魔獣、鳥人といったモノ達の支配域なのだ。
そして生来の魔性や魔獣というのは、人と違い生まれ持った魔術的異能に縛られる。
強力な魔術や異質な肉体を操る代わりに、どれほど生きても『新たな魔術を得る』ということがないのだ。
そうした知識を、アーシャはいつ仕入れたのか覚えていないが、知っていた。
フェニカは空の魔性ではなく、その力は先程の不可視の攻撃、《異空結界》の形成、そして肉弾での戦闘。
隠し持っていなければ、それで全て。
ーーーコロシアム。
蜘蛛の巣のように、捕食する存在を結界内に取り込み。
一対一の戦闘に特化した能力で、獲物を狩る。
体の一部から推測するに、本質的に蜘蛛に近い存在なのだろう。
ならば後、能力を持つとすれば、こちらを拘束するような力。
例えば粘着質の糸を吐く、などの。
が、もし持っていたとしても。
ーーー性格的に、使うとは考えづらいですわね!
フェニカは強者との戦闘を好んでいるのだ。
拘束して嬲るような真似をするとは思えないので、アーシャはここで作戦を決行することにした。
飛翔能力を持たない存在に、落下速度を早くする方法は存在しない。
となれば、落下してくるまでに少しの猶予があり、空中での自由は利かないのだ。
「ウォルフ!!」
アーシャは近くに潜んでいる筈のウォルフガングに呼びかけると、わずかな魔力の揺らぎを感知する。
作戦1、である。
本来であれば挟み撃ちの為の手段だったが、相手の自由が利かない状況であれば、背後を取っているのと同じ。
ニールの姿が見えないのは気にかかるけれど、今はフェニカしかいないならむしろ好都合だ。
もしかしたら、回復していない可能性もある。
「任せますわ!」
言いながら、アーシャは【風輪車】を彼の方に向かって飛ばしながら、自分はその上から飛び降りた。
慣性に流されるままに、狙った木立の脇に着地すると、ミシミシ、と音を立てて木立がしなる。
その状態のまま、アーシャは両手で一丁の魔剣銃を握り、空中のフェニカに狙いを定める。
しなりの頂点、反動でしなり返すか折れるかの際の静止時に、引き金を絞った。
放ったのは、火でも風でもない……氷の魔弾。
アーシャの役目は、主力ではなく囮。
行うのは、攻撃ではなく牽制である。
氷の魔弾が放たれるのと同時に、べキリと着地した木立が折れる。
真っ直ぐ飛んできた魔弾を、フェニカは盾のような左腕で受けるが……着弾した瞬間、氷の魔弾は大きく広がった。
全力で放ったそれは、彼女の半身を氷で覆い、動きを拘束する。
「今ですわ!」
「応よ!」
アーシャが木の枝を蹴り折りながら勢いを殺して森に着地する間に、ウォルフガングが飛ばした【風輪車】を身に纏い、クワガタのような強襲形態と化して両腕の刃を構えてフェニカに突撃した。
「覚悟しやがれ、クソ大公!!」
『あら、まだわたくしを大公と認識しているなんて、中々良い精神性ですわね』
ウォルフガングの突撃を、氷を力任せに割り砕いたフェニカがそのまま盾で受ける。
だが、勢いで空中に再度吹き飛ばされた彼女は、その場で動きを止めた。
ニールが助けに入ってくる様子は見えず、森の中に潜んでいるような魔力の揺らぎも感じられなかった。
アーシャは、彼の存在を意識の外に追い出した。
もし近くに居るのなら、今から見える。
アーシャは、ずっと細く長く伸ばし続けていた魔力の『糸』に、さらに魔力を流し込んだ。
魔力刃を形成するのと同じ要領で紡いだそれの先にあるのは……高台に設置して置いてある、もう一丁の魔剣銃を差し込んだレールガン。
魔力操作の精密さだけは、アーシャは周りの誰にも負けない自負があった。
『糸』で繋がったレールガンに魔力を流し込んだ瞬間、『全知』が発動する。
世界のありとあらゆるものが鮮明に、圧倒的に膨大な情報量が手に取るように感じられる。
ニールは……いない。
ーーーどこに行きましたの?
一瞬頭をよぎった思考を追い出し、情報の渦に呑まれながら、アーシャは意識をフェニカに集中する。
その状態で『糸』で繋がったレールガンの狙いを定め、同時に『糸』を張って引き金を絞った。
一回しか使えない、不意打ち。
反動で僅かに跳ねることも考慮した一撃が放たれると同時に、射手が固定していないレールガンがゴロッと横に転がった。
放たれた雷弾がフェニカの頭蓋を直撃し、仮面ごと割りながら突き抜ける。
『ガッ……!』
フェニカが、苦悶の呻きを上げた。
死んではいないが、効いている。
狙ったのは、目の位置だった。
弾道が、両目を削り取ったことをアーシャは確信する。
すぐに回復される可能性があるが、視界を一時的にでも奪ったのを確認して、アーシャは『糸』を切った。
「……ゼェ……!」
同時に圧倒的情報量から解放され、アーシャは息を吐くが、止まっている場合ではない。
「ウォルフ!」
「分かってるよ!!」
刃の腹で顔を押さえたフェニカの背後に回り込んだウォルフガングが、今度はその背中に刃を突き立てて、そのまま自分ごと地面に向かって直下していく。
轟音を立てて、ウォルフガングがフェニカを、森の拓けた場所の真ん中に叩きつけた。




