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【12/13 2巻発売!】アーシャ・リボルヴァの崇拝~皇帝陛下に溺愛される悪役令嬢は、結婚の手土産に不穏分子を平定するようです。~【コミカライズ予定】  作者: メアリー=ドゥ
第二章

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死人の戦。


「カカカ。来るな……!」


 ナバダが消えてしばらく。

 瘴気の気配が遠くから迫ってくるのを察して、村の西端にある原っぱにあぐらを座っていたロウシュは、のそりと立ち上がった。


 村人達は広場を中心とした場所に集めて、男連が守っている。

 この場にいるのは、瞼を腫らしたベリアとイオ、そしてシャレイドだけである。


「強ぇヤツと死合えるのは僥倖よなぁ! まぁ来たのは片割れの弱ぇ方だが、贅沢言うのは良くねぇよな!」

「……お前、それが狙いでナバダを焚き付けたな? 柄にもねぇことしたと思ったら、ふざけやがって!」

「間違ったことは言っちゃいねぇよな! それが〝獣の民〟の生き方よな!」


 何処か不機嫌そうなシャレイドに、ロウシュはニィ、と笑みを浮かべる。


「雑魚弟子に、二匹いるなら一匹寄越せと言ったんだがな! バッサリ断りやがったからな! こうするのがワシにとっての最良よな!」

「わざわざ危ねぇやり方しやがって、後で覚えとけよ!」


 と、シャレイドが得物を構えるのに、ロウシュは首を横に振る。


「危ねぇことなど何もねぇな! 村にゃあ一歩も入れねぇから安心しな! ワシは本気でやる(・・・・・)。それに死合いは、タイマンが相場よな!」


 その言葉に、シャレイドが片目を大きく見開いた。


「いくらお前でも、一人で()れんのか!? 相手は〝六悪〟の相方だろ!?」

「関係ねぇな! テメェらも、手ぇ出すのはナシよな! 邪魔だからな!」


 その言葉に、魔獣を何匹か従えるイオが眉をひそめ、シロフィーナの手綱を握っているベリアが柳眉を吊り上げる。


「邪魔……?」

「私は、アーシャ様から村をお守りするよう命じられているのだ! いかにアーシャ様のお師匠様といえども……」


「ーーー諸共に叩き斬られて良いなら、好きにしな?」


 ロウシュは、瞬歩でベリアの真後ろに移動して、その耳元に囁く。


「!?」

「ワシが動くのが見えたか? コイツが、今からの死合いに必要な速さよな。目すら追いつかねぇなら、邪魔よな! 分を弁えな!」


 するりと横をすり抜けたロウシュは、イオにも声を掛ける。


「小僧は少し目では追えたようだが、影しか見えてなかったな。テメェも足りねぇな!」


 新たに村に来た奴らを死合いでただ肉にするなど、簡単なこと。

 成長すればナバダを含め、どいつもこいつも弟子を越えるだろうが、あれに比べたら必死さが足りない。

 

 求める心の強さこそ、人が人の域を超えるに重要なことだ。

 そして自分の求める死合いの相手は、ロウシュと同じように人の域を超えた者でなければ務まらない。


 皇帝のような生得の才覚もない凡俗では、適度な努力程度でロウシュやアーシャの父マグナムスの領域に到達することはないのだ。


 努力しても人の領域を超えられない弟子は論外だが、それでもロウシュの弟子足りうるのはあれ一人である。


 ロウシュは元の位置に戻り、刀をスラリと抜く。

 

 ーーーなあ、皇帝よ。


 心の中で、そう問いかける。


 ーーーコイツは、テメェの言う『守り』の戦いよな!?


 かつて、ロウシュは皇帝に腕を落とされた。

 それは、東部での『処刑』……皇帝が東部反乱軍をほぼ皆殺しにした『一日平定』の際だ。


 あの日は、ロウシュも一ヶ所に集まった東部軍を皆殺しにしようと、その場に向かっている最中だった。


『よう、そこの黒髪よ。ワシの獲物を横取りするたぁ、随分なことをしてくれたな!』


 カカカ、と嗤いながら屍の山の中心に立っていた皇帝に、ロウシュは話しかけたのだ。

 皇帝はゆらりとこちらを見やり、興味がなさそうに話に応じた。


『そなた、東部で暴れているという罪人か。見処があるが、既に終わっている・・・・・・な』

『応よ!』


 皇帝は、一瞥でロウシュの本質を見抜いたようだった。

 求める相手に出会えたことに、歓喜する。


『コイツらはワシのモンを奪いやがったからな! 遺った生は礼として、コイツらを残らず屍と化して血の海に沈める為に使わなけりゃな!』


 ロウシュは、極東で生まれた。

 そして剣の腕を磨いていたが、ある日、自分の村が山での狩りをしている間に焼かれたのだ。


 勢力を広げようと東征してきた、皇国東部軍の仕業だった。


 皇国東部に人が増えすぎて、食い物が足りなくなったことが最初の理由。


 東部はいつだって、本来豊かな土地であるのに、虫害と飢えとの戦いに苦しんでいた。

 しかし連中は、村から生きる為に食糧を略奪するに飽き足らず、女を犯し、子を嬲り、憂さを晴らして最後に火を放った。


 ロウシュの女房も子どもも、例外ではなかった。

 自分がいれば、そんな事にはならなかったのだが。


 自らが生きるは略奪の理由になるだろうが、なぶり殺すも過剰かじょうとせぬのなら、同じ救いを与えて行幸だろう。


 ロウシュはその時に、自らの魂も妻子と共に屠った。

 怒りも悲しみも全て捨て、ただ殺戮の悟りを歩むことを選んだのだ。


『人は、死ねばただの肉よな! 下手に生きず、生ける苦しみに囚われることなく召されたのなら、行幸よな! 奪わなければ生きられぬ連中に、死の安らぎを与え、飢えの苦しみから解き放ち、そうならぬよう間引くは、これ即ち行幸よな!」


 強さこそ、生きるに必要な全てであるのなら。 

 その強さを極め、強者を上から順に(ほふ)り尽くし、己を超える強者に屠られること。


 それが、全てを失ったロウシュの定めた道だった。


 カカカ、と嗤うと、皇帝もうっすらと笑みを浮かべる。


『人に害なすモノを討つを是とするか。義に狂いし修羅よ』

『死は救いよな! 強き者と相対し、苦しまずに死ぬは最良よな!』

『是。我は皇帝アウゴ・ミドラ=バルア。そなたの望む強者にして、アーシャの望み故に、皇国の安寧と罪の全てを担う者』


 皇帝は、そうして剣を抜いた。


『そなた、我に(はべ)るに相応しき故、腕1本にて赦す』


 そうして、本当に剣のみでロウシュの全てを防ぎ切った皇帝は、約束通りに腕1本を断ち落とし、こう告げた。


『そなたに弟子を与える。殺さぬよう育てよ。後に南西『魔性の平原』へと向かい、住まうことを赦す』

『何処かな、そこは? カカカ、負けて修羅から死人に堕したワシに、まだ生を強要するか!』

『民の健やかなるが、アーシャの望みなれば。守る(よすが)を失いしそなたに、縁を与える』


 皇帝は剣を鞘に仕舞った後、断ち落としたロウシュの腕を拾いながら、姿を消した。 


『守れずに狂いし修羅に、守る喜びを下賜する。右腕を以て命の対価とし、縁を与えるを報奨とする。……そして』


 後に続いた最後の一言を聞いたロウシュは、その後に弟子を得た。

 雑魚ですぐに死にかけるが、根性だけは一人前の弟子を。

 

 ロウシュは守る者らを得た。

 自分同様に、様々なものを奪われ、なお生きようと足掻く〝獣の民〟らを。


「今一時、返すが約定よな、皇帝! 雑魚弟子の願いを叶える為、我が右腕を寄越すことよな!」


 そうして、あの時の皇帝の言葉を反芻(はんすう)する。


「『守る(いくさ)のみ、修羅の右腕を赦()!』」


 ロウシュの呼び掛けに、右腕の重さが戻る。

 一緒に断ち落とされ奪われた、愛刀の片割れと共に。


 ーーー弟子を助け、己も全力で死合える、これぞ一石二鳥よな!


 かつて守れなかった村と共に、ロウシュの人の魂は失われた。

 故に、ロウシュは修羅。


 皇帝に負けて、強者ではなくなり、生かされた。

 故に、ロウシュは死人。


 代わりに与えられた、決して代わりにはならないが、未だ体にこびりついた魂の残滓には、必要な(よすが)

 故に、ロウシュは守護者。


 その為にのみ、右の刃を振るう者となった。


「カカカカカッ! ワシは【双刀・人斬リ】のロウシュ! 右手に<大義ノ太刀>、左手に<慈悲ノ太刀>を握る守護者よ!」


 そうして、影に潜んだまま、こちらを無視して村の中に向かおうとしていた魔性に、ロウシュは右手の刃を突き立てた。

   

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