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【12/13 2巻発売!】アーシャ・リボルヴァの崇拝~皇帝陛下に溺愛される悪役令嬢は、結婚の手土産に不穏分子を平定するようです。~【コミカライズ予定】  作者: メアリー=ドゥ
第二章

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自由って、何?

 

『来たわね、ニール』

『是』


 結界に触れた魔力によって存在と方向を感知したフェニカが、最愛のつがいに言葉を投げかけると、彼はいつも通り一言だけ返答を寄越した。


 空中に浮いているので、向こうからもこちらからも近づけば視認できるだろう。


『ふふ。アーシャ様は強いかしら……わたくしと貴方のようになれるくらいに。ねぇ、ニール』

『疑』

『貴方は疑っているの? そうね。あの子は努力は凄いけれど、結局虚弱な側の『人』だものね』

『是』


 ニールにもたれ掛かりながら、フェニカはその耳元に囁く。


『でもね、強くあって欲しいと、わたくしは願っているの。ハルシャと違って、わたくしはその方がより、皇帝陛下が強くなると思っておりますのよ』


 彼は、アーシャを皇帝陛下の弱点だと思っている。

 今は不気味に沈黙しているけれど、アレは絶対、アーシャに仕掛けてくるだろう。


 その余計な邪魔が入る前に、アーシャと対峙したかったのだ。


 フェニカは、強者を好む。

 その好ましさは、別に自分が戦うことの出来る相手でなくてもいい・・・・・・


 戦えるに越したことはないけれど、単純に強い者が好きなだけなのである。

 コロシアムで戦う者を眺めているだけでも、皇帝陛下のような人物を眺めているだけでも良いのだ。


 アーシャがその点を誤解していることを利用して誘き出したけれど、あの挑発は的外れであるし、同時に彼女が何を求めているのかが分かった。


 だからフェニカは、歓喜していた。


『楽しみだわ……本当に楽しみ。あの子と、皇帝陛下が……』


 と、そこまで口にしたところで。




 ーーー唐突に、パシュン、とニールの体から音がして、グラリとその体がかしぐ。




『ニール?』


 彼の体の音がした側を見ると、そこに小さな穴が空いていた。

 撃ち抜かれたような、弾痕が。


『へぇ……』


 ニールの複眼が光を失い、森に墜ちていく。

 するりとその背から離れたフェニカは、彼の大きな体を長い両腕で抱えながら、木立を一つ粉砕しつつ着地した。


『やるわね。コアを一撃……それも、音も魔力の存在も感じなかった……隠蔽魔術かしら……?』


 おそらくは攻撃魔術による超長距離狙撃、だろう。


 魔導具を使用しているのは疑いないけれど、魔術に類する魔力の気配をフェニカに感じさせなかったということは、その魔導具にはおそらく、皇帝陛下の息が掛かっている。


『ふふ、凄い執着ね……良いわ』


 きっとアーシャに、金化の坊やが先に仕掛けたからだろう。

 〝四凶〟に対抗し得る力を、皇帝陛下がアーシャに与えたのだ。


 音で居場所がバレたと思ったフェニカは、ニールを抱えたまま森を駆けて、彼を寝そべらせることの出来る少々拓けた場所に移動した。


 そしてニールの傷口にフェニカが盾を押し当てると、シュゥ、と紫の煙を立てて傷口が塞がり、彼の目が光を取り戻す。


『大丈夫?』

『是。訂』

 

 珍しく、ニールが二語を話した。


『さっきの疑いはナシにするの? そうね、皇帝陛下があそこまで目を掛けるのなら、きっと彼女は至るものね……あら?』


 フェニカは、そこでまた別の気配を察した。

 どうやらネズミが一匹、こちらに向かって来たようだ。


『……約束は守られなかった、ってことね』


 おそらくはアーシャの意思ではないだろうけれど、約束は約束である。

 破られたなら、報いは与えなければいけない。


『仕方ないわね。ニール……申し訳ないけれど、一人で村の連中を皆殺しにしてきてくれる?』

『是』


 起き上がったニールに、フェニカは囁く。


『本当に、人間の大半は、仁義も守れない意志が弱い個体ばかり……ごく稀に、皇帝陛下のような強い個体が生まれる楽しみがなければ、とっくにわたくし達が滅ぼしているところよ。ねぇ、ニール』

『是』

『愛してるわ。また、後でね』


 フェニカの言葉に応えて、起き上がったニールが真っ赤な複眼を輝かせながら、ザザザザ、と音を立てて地を駆ける。

 そうして、森の落とす影に近づいた彼が、ツプン、と小さな音を立ててその中に沈むと、空中から風を切る音を立てて、魔力の気配が迫って来た。


 隠蔽の魔術が施されるのは、先程ニールを撃ち抜いた魔術だけらしく、丸見えである。


『ふふ。さぁ、楽しませてね、アーシャ様。……まさか、あれだけで終わりということはないでしょう?』


 フェニカは迫り来る音に向かって、魔力で形成した剣閃を放った。

 

※※※


 アーシャとウォルフガングが空に発った後。


「……ベリア」


 ナバダが、イオの呼び掛けを聞いてそちらを見ると、ベリアは地面に伏したまま土に爪を立てていた。


「私が……騎士として……!」


その声音には、深い悔恨が滲んでいた。


「もっと、力を備えていれば……〝六悪〟を単騎で滅する程の、その上で村を守れるだけの力があれば……! アーシャ様に、あのような危険な役割を、押し付けるようなことには……!」


 悲痛。

 そうとしか形容しようのないベリアの呻き。


「守るべき主君すら、守る為にお供することすら出来ない……なんと情けない……! 私は、あの方もお守りせねばならないのに……国を背負える程の器を持つ、あのお方を……なのに、私は……!」


 彼女は泣いていた。

 まるで幼な子のように体を丸め、肩を震わせている。


 そんなベリアの側に膝をつき、イオがその背を擦った。


「ベリア、アーシャ様を行かせなきゃいけなくなったのは、君だけの責任じゃない。六悪を滅するような力がないのは、俺も同じだ」


 イオの表情は悲しげだったが、その声音は優しかった。

 本心から『仕方ない』と思っている訳ではなく、ベリアを心配しているから、内心を押し殺して声を掛けているだろう。


「気持ちは分かるよ、ベリア。それでも、アーシャ様は村を危険に晒したくないから、この選択をした。そして君なら魔獣に襲われても村を守れると思ったから、託してくれたんだ。君を信頼していると言っていただろう?」

「……」

「姉さんと俺を救ってくれたあの人を、俺も守りたいと思ってる。でも、人は万能じゃない。だから、自分を責めるんじゃなくて、アーシャ様に託されたことを精一杯やろう。そして、あの人を信じよう」

「……」

「アーシャ様は、俺たちを裏切らないし、きっと帰ってくる。誰よりも、人を救うことを考えて行動する方なんだから。……そんなアーシャ様だから、君は守りたいと思うんだろう? ベリアが、アーシャ様に託されたものをきちんと守ることが、アーシャ様が一番喜ぶことだと思うよ」

「〜〜〜ッ!!」


 ベリアは、顔を上げなかった。


 彼女もそんなことは分かっているのだ。

 分かった上で、受け止め切れないのである。


 そして自分の言葉が何の慰めにもなっていないことは、イオも理解してはいるのだろう。

 困ったようにこちらに目を向けるが、ナバダも必要な言葉が見つからなかった。

 

 アーシャの言葉は正しい。


 取引を守らなければ村が襲われるかもしれないし、守ったとしても襲われるかもしれない。


 アーシャの選択は正しい。


 この状況でそれ以外に取れる方法がない、という理屈も分かる。


 でも、そんなアーシャを『見送るのではなく共に行きたい』というベリアの気持ちもまた、人として当たり前の気持ちなのだ。


 正しくはなくとも、人として当然の感情。

 それは、置き去りにして良いものなのだろうか。


 『生き方によって命の重さに差がある』とはっきり断定するアーシャの論は、あるいは為政者としては正しいのかもしれない。


 弱き者に優しく、強き者に厳しく、手前勝手な者には、さらに厳しく。

 そして最も、自分に厳しく。


 けれどそこには、関係性によって生まれる感情は考慮されていない。


 いや、考慮していても切り捨てるべきだと、理によって断じているのだ。

 『村人を守りたいのなら、アーシャを心配する気持ちは不要だ』と。


 けれど、他に選択肢がないからといって、躊躇いなくその道を取れるアーシャのような心の強さを。

 人の想いを割り切れるだけの胆力を、ある種の残酷さを、普通は持ち合わせていないのである。


 己に一番厳しいアーシャは、相手の大切な存在というものに自分を勘定しない(・・・・・・・・)


 皇帝を、村人を、皇国の民を、と。

 他人にばかり目を向けているのに、そこから発される自分への感情を(かえり)みないのだ。


 だから、ベリアの悲痛を切り捨てることが出来る。

 自分に向けられる他者の感情を、アーシャはもっと重く受け止めなければいけないと、ナバダは思う。


 あの皇帝ですら。

 他人を、世界を、アーシャを通してしか見ないあの皇帝ですらも、その死を赦さぬ程にアーシャのみを求めているのに。


 そのあいつが、いつだって自分の命を最も軽んじているのだ。

 ナバダは深く息を吸い込み、アーシャの案に賛同した二人に目を向けた。


「あんたたちは、心配してないの? シャレイド、ロウシュ」


 その問いかけに、二人はすぐに答えた。


「アーシャの嬢ちゃんが一人でやるって決めたんだろ? そいつはあいつの自由で、口を出すことじゃねーよ! オレが一番責任を持たにゃなんねーのは、嬢ちゃんじゃなくて村の連中のことだしな!」

「カカカ。ワシにとっては、強さこそ誉れ、競うことこそ至上よな! 強い相手にタイマン挑まれて死合うなんて、羨ましくて仕方ねーよな! 弟子が死んだら次はワシが()りたいものよな!」


 回答は、単純明快だった。


 彼らは、強者。

 そして、割り切れる側の人間なのだ。


 自由。


 ーーー自由って、何?


 それは、強く正しい者だけに、赦されるものなのだろうか。

 それが、自由というものの在り方なのだろうか。


 他者の想いを振り捨て、悲しませても、自由に正しい道を行くことは……本当に、正しいのだろうか。

 

 今この場で、『他に取れる最良の選択肢があるのか』と問われたら、アーシャに問われても思いつかなかった。

 思いつかなかったけれど、納得は出来ないのだ。


 大切な相手を、悲しみと共に送り出すことが。

 相手が決めたからと、放置して待つことが。


 本当に、正しいのだろうか。


「大切な相手が居たら、守りたいと思う……そんな普通の気持ちは、あんた達やアーシャにとっては、取るに足りないこと……?」


 ナバダの誰に向けるともなく呟いた問いに、シャレイドがその鳥の顔でジッとこちらを見つめる。


「取るに足りない? 何を言ってんだ? 大切な相手を守りたいってのは、アーシャの嬢ちゃんも同じだろうよ。村の連中が大切だから、ウォルフだけを連れて行ったんだろ。大体皇帝がいるじゃねーか。最悪死なねーんだから、好きにさせとけよ」

「……そうね」


 それは、そうなのだ。


 最悪死なない。

 シャレイドの言い分も分かる。


 でもその最悪が起こった時、『この旅立ちでアーシャが求めた正しさ』は折れる。

 皇帝に並び立つ為に、その力に頼らずに革命を成すという『正しさ』は完全に失われるのだ。


 結局、皇帝の庇護がなければ一人では何も成し遂げられないのだと、そう突きつけられる。


 一度だけ、と、前に助けられた時にアーシャは皇帝に言った。


 なら二度があった時、彼女はどうするのか。

 あるいは二度を起こさぬ為に、これから一体何をするのか。


 皇帝に関すること以外、常に正しく公平で在ろうとする彼女は。

 今は目を反らしているその矛盾に向き合わざるを得なくなった時、一体どうなるのか。


 ーーー『だから負けるのですわ』。


 あの言葉の真意は、どこにあるのか。

 負けた時……アーシャが、アーシャでなくなってしまったら。

 

 ーーーあたしは。


 誰の答えも、しっくり来ないのだ。


 何が間違っているのかが、分からない。

 何が正解なのかが、分からない。


 言いしれぬ不安に苛まれながら、ナバダが眉根を寄せると……ふと笑みを消したロウシュが、顎の髭を撫でる。

 そして享楽的な今までとは違う態度と口調で、話しかけてきた。


「ナバダよ」

「何よ」

「テメェは体は弟子(・・)より強ぇが、遥かに心が弱ぇな。だから弟子と言い合いにすぐに諦めるし、他人の答えばっかり自分が納得する為に(・・・・・・・・・)聞きたがり、探る。弟子とは真逆だな」

「……!」

「良いか。テメェがどうしたいか、どう考えたいかは、テメェが決めるんだよ。何でもかんでも人任せにすんのは、人の責任にするってぇことだ。テメェだけは誰にも責められないところに居ながらな。無様を晒したくねぇなら、納得出来ねぇなら、後悔したくねぇなら、テメェの答えを見つけりゃいい」

 

 彼の言葉に、アーシャの言葉が重なった。


『責任を持つこと。それが〝選ぶ〟ということですわ!』と、彼女はウォルフに告げたのだ。


 自分自身の今と未来に、責任を持てと。


 ニヤッと笑ったロウシュは、石に座り膝の間に立てた刀の鍔口をキンッ、と親指で押し上げる。


「ワシは刃に命と心を捧げた。人が生きてりゃ斬りてぇし、死ねば肉になるから興味がねぇ。その考えが『ワシの答え』だ。皇帝に負けて死ぬが最高と思ったが、死人として生き、弟子にモノを教えた」


 アーシャの師である人斬りは、まるでその視線ですら人を斬るように、ナバダを見つめている。


「テメェで決めろよ、雑魚。弟子が間違ってると思うなら、大切なモンを全部守る生き方がしてぇなら、あるいは仲間を信じるような生き方がしてぇなら、テメェがそうと芯を定めて生きなきゃなんねーんだよ。テメェが体の、あるいは心の、魂の死を恐れて逃げりゃ、その分だけ他人が死ぬ。この『魔性の平原』は、そして弟子が生きてる世界は、そういう場所だろうが」


 『魔性の平原』という、本来人の領域ではない住処。

 皇帝の婚約者、やがては皇后という、多くの人々の命を背に負う立場。


 それらが、同質であると。


「弟子は己の魂が求めるものの為に、全てを捧げてる。だから答えのねぇテメェは言い負かされる。何も選べねぇ。『弟だけが大事なら、大事なものがそれしかねーなら、一緒に逃げて良い』って弟子に言われなきゃ、選択肢があることにすら気付かねぇ。違うか?」

「……!」


 アーシャの言葉の、意味。

 暗殺者として育てられ、イオを助けるために、一つの道を選ぶことしか出来なかったナバダに。


『貴女が自分で選んで良いのですわ。だってもう、貴女を縛るものは何もないでしょう?』と。


 決断から。

 自分の想いから、逃げるなと。


 選べないという、言い訳は……もう、通用しないのだと。


「『テメェは尻尾を巻いて良い』と。逆に『テメェが弟子を大事に想うなら、村を危険に晒しても良い』と。誰かに納得出来る答えを、教えて貰いてぇと。この後に及んでもその態度なのか? ……卑怯だな、テメェは。己の生き方の責任までも人に押し付けてよ」

「でもアーシャは……ついさっき、ベリアにそれを認めないって言ったのよ?」


 アーシャは正しいのだ。

 納得は出来なくても……それが、最善の。


「だから、そいつは弟子の答えだろ。その選択に従うと決めたのは、そこの泣きっ面した娘っ子の答えだ。テメェのじゃねぇ(・・・・・・・・)


 ロウシュの言葉は、ナバダの逃げ道を塞いでいく。


「責められようが貶されようが、テメェの選択だと胸を張れりゃ、人はどう振る舞ったって良いんだよ」


 だから雑魚だってんだ、と、彼は容赦がなかった。

 アーシャとは違う。

 一人で立つのを待つ彼女とは違い、彼は追い立てる。


「村が襲われようがワシらが守る、と信じても良い。テメェは弟子じゃねぇんだからな。ここまで言われなきゃわかんねーか? それこそが心の自由であり、弟子が皆に『答えを持て』と言い続ける理由だとよ」


 自分の答え。

 自分の答えというものを、持つことの意味。


「弟子はな、なんでもかんでも信じやがるんだ。強さや弱さじゃなく、人の在り方ってヤツをだ。ワシも、シャレイドも、ベリアも、イオも、ダンヴァロやベルビーニも、皇帝も。そんでテメェもだ、ナバダ」

「……あたしを? あいつが?」

「信じたんだろうが。テメェが南部に送られると決まった時、『弟を助ける為なら奮い立つ』と信じたから、声を掛けたんだとよ」

「……!」


『わたくしが居ますわ! だから、全て上手く行きますわよ!』と。


 能天気とすらとれる、そんな言葉。

 自分が寄り添うからと……投げ掛けられたその言葉を信じて、ナバダが奮い立った時。


 アーシャはこちらを見て、笑みを浮かべていたのではなかったか。


 ーーー分かってるわよ。


 誰よりも近くで、見てきたのだ。

 何なら、あの皇帝よりも近くで、ずっと。


 ーーー分かってるのよ。


 アーシャが笑ったのは、彼女が信じた通りの、ナバダだったからだと。


 知りたくなくたって、知っている。


 だからムカつくのだ。


 何でもかんでも、分かったような顔をして。

 あいつだって、分かっていないことがたくさんあるのに。


 ーーー何を信じろってのよ。何を選んだら良いのよ。


 アーシャのようには、自分はなれないのに。


「なぁ、気づけよ雑魚。……憧れてるだけじゃ、届かねぇし、何にも守れねぇことによ」


 ロウシュは、核心を突いてくる。


 ーーー分かって、るのよ!


 自分が、アーシャに憧れてしまったことくらい。


 あの『強さ』に勝てないと思ってしまったから。

 だから、諦めたのだ。


 どれだけ努力しても、アーシャには敵わないと。

 

 今そこにいる『正しい』アーシャを、どれだけ間違っていると思ったとしても、自分では勝てないと。


 ナバダは、そんなあいつに憧れて。

 信じたいと、でも失いたくないと、そう、思ってしまっていることくらい。


 ーーー分かってたって、どうすればいいのよ。


 ナバダは自問する。


 信じ続ける?

 アーシャを?

 その強さを?

 勝つことを?


 違う。


 それはただの願望だ。

 

 アーシャなら、何を信じるのか。

 こんな時、どうするのか。


 アーシャがあの時に、信じていたのは。

 ナバダに対して信じたことは、ロウシュの言った通り、そんな表面的なことじゃなくて。


「信じるのは……人の、生き方……」


 人の本質は。

 言動ではなく、行動に現れると。


 あいつはナバダの、大切なイオを失わない為に辿った、それまでの生き方を、信じたのだ。


 じゃあ、今の自分は。


「姉さん」


 イオに声を掛けられてそちらを見ると、彼はこちらを見ていた。

 ベリアも、涙に濡れた顔を上げている。


 シャレイドも、ロウシュも。

 ずっと黙っていたダンヴァロやベルビーニも、こちらを見ていた。


「ナバダ……」


 その視線にこもっているのは、期待と、不安と、悲しみと。

 その感情が向けられているのは、ナバダと……アーシャ。


 この人たちは、ナバダを、あいつと並んでいると、そう思っている。

 だから、答えを待っているのだ。


 あいつに敵わないと、ナバダ自身が思っているのに。


 彼らは、そう思っていないのだ。

 それが分かってしまう。


 ーーーあたし一人が助太刀に行って、村を危険に晒して。


 それで勝てると、本気で思っているのだろうか。


 もし向かうとしても、ロウシュは連れていけない。

 約束を破ったとバレた時、本当に魔獣をフェニカが村にけしかけたら、彼がいなければ絶対に守り切れない。


 シャレイドも、ベリアも連れて行けない。

 アーシャが考えた通り、翼と飛竜の力は、空の脅威に対して必要だから。


 だからアーシャは、ベリアの選択を突っぱねてでも、彼女を置いて行ったのだ。


 分かっている。

 そんなことは、全部全部、分かっているのだ。


 イオは……弟は、答えを出している。


 アーシャを助けたいと。

 でもその選択に従うと。


 ベリアの側に居たいと。

 彼女を守りたいのだと。


 そこで、ダンヴァロが静かに口を開く。


「ナバダの嬢ちゃん。……俺はお前に、アーシャの嬢ちゃんを助けてやって欲しいと思ってるよ」


 彼は獣人としてある程度の強さは持っているが……あくまでも魔導具職人であり、戦闘を生業とはしていない。

 それに、戦う為の力を、既に十分に自分達に提供してくれた。


「ナバダの姉ちゃん……オレ、アーシャの姉ちゃんに、死んで欲しくないよ。本当なら、怪我だってして欲しくない。大切な人が居なくなるのは……嫌だよ。おいらは、守られてばっかりで……」


 ベルビーニは、泣いていた。

 ベリアと同じように、自分の無力さに。


 ナバダは、目を閉じる。

 【風輪車】で飛んでいった彼らに追いつくには、そろそろ決めなければいけないだろう。


 決断。

 信じること。


 アーシャが、常に、投げかけていたこと。



『貴女の生き方は、貴女が決めるのですわ!』



 ーーー分かってるわよ、皇帝の、雌犬が……!


 心の中で、悪態をついて……ナバダは、ようやく決意を固めた。


 人を率いるアーシャとは違う、自分の答えは。


 一人では何も出来なかった自分の。

 答えすら人に促されなければ導き出せない弱いナバダの、答えは。


 一人で全てを背負おうとする……尊敬してしまった、憧れてしまったアーシャにはなれない、アーシャに常に助けられて来た自分の、答えは。


 ーーー皆で助け合えばどうにかなる、と、信じること。

 ーーーアーシャが拾い切れない皆の想いを、汲み取ること。


 弱い自分は信じ切れない。

 一人では何も決められない。



 それでも、皆の想いを受け取ることくらいは、ナバダにだって出来るのだから。



「……村を、任せるわ」


 ナバダの口にした言葉に、ロウシュがカカカ! と嗤う。


「言われなくてもな!」


 その言葉を、ナバダは背中で受け取っていた。

 

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