言われずとも、そのつもりですわ!
「……なぁ、ベリアにあそこまで厳しく言う必要があったのか?」
飛び立ってからしばらくして、ウォルフガングがポツリと呟く。
「ありましたわ。あの場で、優しく説得している時間はありませんもの」
お互いに『何故そうしなければならないのか』というのを、対話で伝えるのは間違ったことではないだろう。
幾度も話し合い、ぶつかり、最終的にナバダが間に挟まることでお互いに納得した、アーシャとウォルフガングのように。
が、今最優先にするべきはベリアの気持ちではなく、村の安全なのだ。
「不測の事態ですわ。フェニカがフェアな相手で助かりましたわね。それが弱肉強食の掟に則ったものであったとしても」
「……ああ、そうだな」
アーシャは、ウォルフガングが同意の返答をしたことに少々驚いた。
彼は、正にその掟に則った彼女の考えをこそ憎んでいた筈だったからだ。
けれど、ウォルフガングの今の関心は自分の変化にではなく、アーシャの方にあるようだった。
「なぁ、アーシャ」
「何ですの?」
「お前は、人が皇帝に頼るのを嫌がるよな」
「ええ」
「そんで、お前自身は皇帝を目指してんだよな」
「ええ。陛下と敬称をつけないのは不敬ですわよ」
ナバダは陛下ご自身が赦しておられるので良いけれど、と思って告げたが、ウォルフガングは鼻で笑う気配を見せる。
「俺はもう皇国の人間じゃねぇ」
「……まぁ、それはそうですわね」
もしそうでなかろうと、陛下が全生物の尊敬に値する素晴らしい方であることに変わりはないのだけれど、彼にはまだ、それが分からないのだろう。
大半の人々がそうであり、仕方がないことなので、それ以上は言わない。
「話を戻すが。お前自身が皇帝の助力を受けるのは良いのか? ダンヴァロの魔導具とかよ」
「あら、貴方が【風輪車】と融合するのも、陛下の助言からでしょう? 陛下が下賜なさる分にはある程度構いませんわ。それは陛下御自身の意思ですもの」
アーシャが赦さないのは、陛下が民に対して何かを行うことではない。
陛下に対して民が『自分に利せよ』と要求することや、陛下の何かを利用しようとすることの方である。
「……何が違うんだ?」
「分からないなら、考えなさいな」
アーシャが一番やって欲しいのは、その部分である。
多くの者は考えないから、『何故そうなっているのか』が分からないのだと、常々思っている。
「他人から与えられるだけの答えに、意味などありませんわ。心に届きませんもの。自ら見つけた答えを人とすり合わせるのは、大切なことではありますけれど」
ふふ、とアーシャが顔を綻ばせたところで、脳裏に声が響く。
ーーー必要であれば、喚べ。
それは黒い竜を召喚した時と同様の陛下の声。
けれど、アーシャは一度目を閉じて……うっすらと微笑み、風に掻き消える程度に小さく呟く。
「陛下……わたくしは、陛下の御気持ちをとても嬉しく思っておりますわ」
お師匠様を遣わして下さったこと。
ダンヴァロへの依頼。
全知の能力。
その上、アーシャが無辜の民を蹂躙せずに済むよう、フェニカとの一騎打ちの機会までお膳立てして下さった。
最愛の陛下から、これ程手厚くお優しい想いを受け取って、嬉しくない訳がない。
けれど。
けれど、だ。
「陛下……このままでは、わたくしの成すことは全て、おままごとのまま、ですわ」
他の臣民はともかく、アーシャはそれではダメなのだ。
ウォルフガングの問うた『陛下の助力を受ける』のは、良い。
けれどそう、『アーシャが陛下の助力を受ける』のは、彼の言う通りに、いつまでもそうで在って良いわけではない。
陛下に並び立つ為に。
陛下の、そして家名の威光の届かぬ環境に身を置く為に、辺境に飛び出したというのに。
いつまでも、何処までも陛下の御力添えに頼っていては、飛び出した意味がないのだから。
「陛下からの贈り物は、力及ばぬわたくしに必要なものでしょう。けれどどうぞ、今回はご観覧下さい」
アーシャは陛下の御気持ちを、決して否定はしない。
陛下御自ら、その想いをもって下賜して下さったものは……『死を赦さぬ』という御下命を守る為に、有り難く使わせていただく、けれど。
「多少金化卿より強いと言えど、所詮は陛下に及ばぬ〝六悪〟如き……今度こそ、わたくしの手で降してみせますわ」
ロウシュから教授され、手に入れた力をもって。
ーーー陛下の為ならば、わたくしは全てを成しますわ。
その横に、並び立つ為ならば。
アーシャはその全てを捧げて、挑むのだ。
陛下からのお返事はなかった。
きっと、見守って下さるのだろう。
そんなアーシャの呟きが僅かに耳に入ったのか、ウォルフガングが問いかけてくる。
「何だ? 独り言か?」
「そのようなものですわ」
と、返事をしたところで、身に覚えのある感覚が体を包んだ。
彼も気付いたようで、戸惑ったような色が声音に混じる。
「何だ? 獣の気配が消えたぞ……?」
「おそらく《異空結界》に閉じ込められましたわね」
フェニカの扱う魔術の一つである。
以前のように部屋だけを残した暗闇ではなく、生き物の気配以外に不自然さのない森の景色が広がっている。
やはり〝六悪〟という魔性は、とんでもない実力を備えているのだ。
結界を張った理由は、アーシャ達を逃さない為というよりは、外から余計な邪魔が入らないようにだろう。
しかし、右目の視力はそのままである。
結界に取り込まれても右目の繋がりが解けぬよう、陛下が何らかの措置を取られている。
そろそろフェニカが近い。
向こうも、アーシャ達が結界に入ったことを察しているだろう。
「ウォルフ。ちょっと止まって貰えまして?」
「どうするんだ?」
「それはもう、先に一発ぶち当てるんですわよ! 約束通りに森に来たのですから!」
ガシャン、とレールガンを起こすと、言った通りに空中で静止したウォルフガングも笑みを含んだ声を返してくる。
「良いな。一発で、あの執事でもぶっ潰して度肝抜いてやれ! あのクソ女が焦る顔が見てぇからな!」
「ええ、言われずともそのつもりでしてよ!」
アーシャは応えながら準備を整えて、銃身を構えた。




