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それでは、行って参りますわ!


 ―――半月後、出立の朝。


「お見送り、ありがとうございますわ!」


 よく晴れた、絶好のお出かけ日和に浮き立ちながら、アーシャは玄関を振り向いた。

 そこには、家に住む全員が揃い、並んでいる。


 先ほど姿見で確認した自分の旅装は、いつもとまるで違って、むず痒かった。


 外套は、染めたり編んだ布で出来たものではなく、動物の毛皮をなめした厚手のケープで、ドレスではなく肌着にジャケット、そしてズボンとブーツ。

 

 髪は短い方がいい、と聞いていたので切ろうとしたけれど、全員に止められてしまった。

 それでも、流石に縦ロールの髪型を保つのは旅の間は難しいので、解いた髪をひっつめに纏めている。


 金の髪は辺境では目立つようなので、魔法で色合いを赤毛に近いものに見えるように変えていた。


 ―――まるで、自分ではないようですわね!


 格好と髪色だけで、ここまで変わるとは思わなかった。


「顔も、本当に隠さなくて良いのですか?」


 目立つ、という意味なら、最初にどうにかするべき部分だと、母は心配そうに口にするけれど。


「仮面をつけても、包帯を巻いても目立つことに変わりはありませんわよ!」


 むしろ、貞操の難を払うという面で見れば、火傷痕を晒しておいた方が都合のいいこともあるし、そもそもアーシャは何を言われても隠すつもりはなかった。


 旅の荷物は、さほど嵩張らない。


 【淑女のバッグ】という、手のひら程度の大きさで多くの荷物が入る魔法の手提げに旅費などの貴重なものを入れている以外には、体に巻いたホルスターに下げた双銃と、携帯食や水などが入った皮袋だけ。


 他に身につけているのは、父から預かった家紋の入ったペンダント。

 お祖母様の形見で、呪文を唱えると【紅蓮のドレス】と呼ばれる戰装束に変化するそれは、使ってみるとアーシャにピッタリのサイズだった。


 お祖母様も小柄だったみたいで、そんなところも共通点だと、婆やは嬉しそうに言っていた。


 己の意志の力が外見に作用するらしく、装着すると髪が勝手に金の縦ロールになる点がとても気に入っている。

 多用するな、と念を押されたので、朝の身支度に使ってはいけないらしいのは、残念な話だった。


「えーと……」


 父母とは昨晩、十分に話しはしたものの、ミリィだけは結局、あれからあまり話が出来ていない。

 陛下のお言葉を伝えた後に、何故かますます顔を見せなくなってしまったからだ。


 聞くならここしかないので、アーシャは彼女に問いかけてみた。

 

「ミリィ。一つお聞きしたいのですけれど、よろしいかしら?」

「ええ」

「陛下のお言葉のこと、なのですけれど。貴女は、王城への出仕を受けますの? 迷っているようですけれど」


 その問いかけに、ミリィは目を泳がせる。

 父母も彼女がどうするかの答えを知らないようで、同じように彼女に目を向けていた。


 すると、返事をごまかすのを諦めたのか、おずおずとミリィが告げる。


「……ええ。その。まだ、迷ってます……」

「陛下のお誘いは、貴女にとってやりたいことではなかった、ということですの?」

「そ、そういう訳では、ないのですけれど……」


 目を伏せながら、歯切れ悪くボソボソと告げる妹に、アーシャはますます首を傾げる。


「でしたら、何故?」

「あの……私はその……お姉様の、お顔の傷跡を、どうにか、治す方法が、見つかりはしないかと……思って……いたの、で……」


 肩を縮こめて、消えそうな様子で理由を口にしたミリィに、アーシャは目を丸くした。

 父も、ぽかんと口を開けている。


「ミリィ。君は、そんなことを考えていたのか」


 アーシャの顔の傷は、高名な治癒師でも完全に治すのは難しいと口にするくらい、深い怪我だった。

 魔物による傷は、普通の動物によるものと違い、魔法や薬草が大変効きにくいから。


「その、でも、お姉様は気にしてらっしゃらない、と、先日、聞きましたから……私は、浅慮で……あの」


 先日感情が昂って怒鳴ったことを、あまり父らには知られたくないのだろう。

 助けを求めるような目をチラチラとこちらに向けつつ、ミリィが言うのに。



「ーーー素晴らしいですわ!」



 アーシャは、思わず感激して、彼女に抱きついていた。


「お、お姉様!?」

「そのように困難なことを、ミリィは独学で成そうとしていましたの!? 何と優しい理由で、そして素晴らしい行動力ですの!?」


 陛下は、もしかしたらそれをお見通しだったのかもしれない。

 どのような形であれ、何かの困難に立ち向かう者が、陛下にとっては好ましい存在だから。


 ミリィは陛下のお眼鏡に叶い、だからこそのお誘いだったのだと、合点がいった。


「わたくし、貴女を尊敬いたしますわ!」

「そ、そんな大層なものじゃ……それに、あの、見つかったわけでもなく……余計なお世話で……」


 褒められるのが恥ずかしいのか、顔を赤らめるミリィに、アーシャは大きく首を横に振る。


「全然、そんなことありませんわ!」


 確かに、アーシャは顔の傷を気にしていないし、治したいとも思っていなかったけれど。


「貴女が、それを成したいとわたくしを想ってくれた気持ちそのものが尊いもので、その為に考えを巡らせたことが、何よりも素晴らしいことですのよ!!」


 ね? と父母を見ると、二人は笑顔でうなずく。


「どうか、そのまま自分の気持ちにまっすぐに生きて下さいね! 目的がなくなって、他にやりたいことが出来たなら、断っても陛下は何も思わないですわよ!」

「はい……ありがとうございます、お姉様」


 困ったような笑顔のミリィの頭を撫でて、アーシャは家族と、見送りに出てきた召使いたちに両手を広げて頭を下げる。

 摘むべきドレスの裾は、ないけれど。


「それでは、皆様。行って参りますわ!」

 

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