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【12/13 2巻発売!】アーシャ・リボルヴァの崇拝~皇帝陛下に溺愛される悪役令嬢は、結婚の手土産に不穏分子を平定するようです。~【コミカライズ予定】  作者: メアリー=ドゥ
第二章

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貴女の貴族としての矜持は、その程度ですの?


 広場に現れたのは、呼びに行かせたシャレイドだけではなかった。

 【風輪車】を取ってきて貰ったウォルフガングと共に、ベルビーニとダンヴァロも姿を見せたのだ。

 

 多分、事情を聞いて心配になったのだろう。

 彼らを加えて話し合いを始めようとすると、ナバダが開口一番にこう口にした。


「無茶よ」

「何がですの?」


 アーシャは、その言葉に首を傾げる。


「相手は〝六悪〟よ? それも、金化卿よりも強い。あんた一人でどうにかなる相手じゃないわ」

「勝算はありますもの。問題ありませんわ」


 先ほど言いたかったのはそれだったのだろう。

 けれど、金化卿の時は敵の数も多かったので、状況が違う。


 今回、相手は二人だけ。

 あの感じだと、以前のように誘き出して囲うようなことはしないだろう。


 それに。


「フェニカの相手をするのは、わたくし一人とは限りませんし。ねぇ、ウォルフ」


 声を掛けると、【風輪車】を眺めながら厳しい顔をしていたウォルフが、チラリとこちらを見た。

 

「貴方はどうなさいますの?」

「……オレに選択肢があるのか?」

「ありますわよ。先日も言いましたけれど、わたくしは選択肢を作っているだけですわ。受けるかどうかは貴方の自由でしてよ」


 フェニカに対する交渉は、『それらしい』ことを言っただけである。

 南の大公を仇と憎み、それを生きがいとしているウォルフガングが、この戦いで蚊帳の外に置かれるのを防いだに過ぎない。


「行かないという選択をしても、貴方自身が決めたことであれば、わたくしは何も言いませんわ」

「またそうやって……ウォルフまでいなかったら、もっと危ないでしょうが!」

「だから何ですの? どちらにせよわたくしが決戦の場に赴かなければ、村が危険に晒されますわ。そしてウォルフの選択は彼自身のもの。わたくしが危険だから、という理由で彼が危険に晒されるのは良いんですの?」


 アーシャが問い返すと、ナバダが言葉に詰まる。


 一騎打ちに関しては、別にこちらから提案したわけではない。

 フェニカが勝手に来て言わんとしたことを、先に口にしただけだ。


 断ればあの場で、村を巻き込んだ戦いを始めることになっただろう。

 フェニカが魔性なりに律儀で、準備の猶予を与えられただけマシな状況なのだ。


「ねぇ、シャレイド。貴方は村を巻き込んで良いと思いまして?」

「いいや。村を危険に晒すのはナシだ!」


 彼の即答に、アーシャは満足する。


 シャレイドは村長なので、当然そうでなければいけない。

 アーシャ一人と村を天秤に掛けて、村を取るのが為政者の在り方である。


「お師匠様は?」

「好きにしな! ワシは自分が強いヤツと死合えねぇなら、雑魚弟子がどうなろうと興味がねぇしな!」


 お師匠様は相変わらず単純明快だ。

 自らの生き方に必要な『他者』は『自分が立ち会える相手のみ』と定めている、彼はそういう人物なのである。


「イオ、貴方は? ……ああ、良いですわ。分かりましたから」


 次いでナバダの弟に問いかけると、彼は目線を一瞬、ベリアに向けた。

 きっと、彼女の選択に従う、というのがイオの意思なのだろう。


 彼は自立している。

 その上で、姉とベリアの二人を特に大切に想っているのが、側から見ていると分かるのだ。


 アーシャが陛下の御意志に従うように、イオは自らそうすることを選んでいる。

 そのベリアは、問いかける前にこちらに対して足を踏み出した。


「アーシャ様、私も参ります! ウォルフガングの代わりに私をお連れ下さい! 二人であれば良いのでしょう!?」


 彼女の答えはそれらしい。

 アーシャはその言葉を聞いて、腰に手を当てて首を横に振る。


 ベリアの忠義心は買うけれど、その結論に問題がないと思っているのなら、それ自体が問題である。


「ベリア。わたくしがウォルフガングを伴うのを是としたのは、先ほど述べた通りの理由に加えて、【風輪車】を置いていくわけにはいかないからですわ。つまり、返答は否、でしてよ!」


 ウォルフガングが『来ない』という選択肢を取ったところで、防空戦力が増える訳ではないのだ。

 が、ベリアを連れて行けば、愛騎シロフィーナが万一の村の守りに使えなくなるのである。


 けれど、彼女は引かなかった。


「ですが! 皇帝陛下は、アーシャ様をお守りせよと……!」

「ベリア・ドーリエン伯爵令嬢。……己が望みを通す為に、陛下の御名を口にするのですか?」


 アーシャは声を低くして、ベリアをフルネームで呼ぶ。

 彼女は仲間ではあるけれど、同時に彼女の兵と共に、陛下から与えられた部下でもある。


 つまりこの〝獣の民〟の村の中で、数少ない『皇国の民』なのだ。

 そして、ベリア自身は。


「ーーー貴女の、貴族としての矜持はその程度ですの?」


「……!?」


 何を言われているのか理解出来ない様子の彼女を、アーシャは冷たく見据える。


「約定を破ることで、ベルビーニのような幼な子のいる村を……戦う力なき多くの者を戦火に晒す危険を冒してまで、主君であるわたくしの命を守る為に戦地に赴くことが、正しいと? その自らの選択を通す為に、陛下の御名を言い訳に使うのですか?」

「アーシャ様……それは」

「わたくしは『ウォルフを伴う』と口にし、フェニカはそれを了承したのです。その場で異論を唱えず、何故要望が通ると思うのですか。大義と忠義を秤にかけて、大義ではなく身勝手な忠義に重きを置く……そんな部下は、必要ありませんわ」


 アーシャが目を逸らさずにハッキリ告げると、ベリアの瞳が揺らぐ。


「わたくしは以前、ウォルフに対して口にしたことがあります。『他者を害することを是とする者、自らの益のみを是とする者よりも、他者を救う者の命は重い』と。……それらよりもさらに命が重い者が、この世には居ますのよ」


 命の価値は、等価ではない。


 例えば、何百人と命を奪って来た人物……幾多の他者を害して来た人物であるお師匠様だけれど、彼はこの世に一人しかいない。


 数多くの『命の対価』に……その恨みの対価にお師匠様の命を支払ったとしても、取られるのは彼の命一つ。


 お師匠様の親類縁者までもを、皆殺しにしていい訳ではないからだ。


 彼に奪われた命とそれに伴う恨みの分だけ、お師匠様の命は軽くなる。

 悲しみを覚える人よりも、当然の報いと感じる者の方が多くなればなるほど。


 故にこの世で最も軽いのが、『自らの欲』の為に他者を害する者の命なのである。


 お師匠様はそれを自覚なさっており、同時に奪う命を選んでいる。

 以前は戦地で、今は守護者として、殺すと同時に守ってもいるのだ。


 動機が己の欲に根差しているから『いつ死んでも構わない』と思っておられるし、同時にお互いが納得しての死合いにしか臨まぬから、陛下に気に入られているのだ。


 軽い命であることに代わりはないが、無自覚な者よりは余程マシであるし、筋も通っている。


 次いで軽いのは、自らの益のみを是とする者。

 それは先日までの、復讐以外の何も見えていなかったウォルフガングである。


 彼は既に恨みの対象に対価を支払わせた上で、それに納得しなかった。


 故にウォルフガングの命は、『救われるべき多くの弱者』に害をなす可能性があるという意味で、そして自らが戦う力を持っているという意味で、そうではない者に比して軽いものだった。

 もしそれを自覚してなお、己の復讐だけを目的に闘争を続けようと考えるのであれば、その頭を撃ち抜かれて当然である程度には。


 今はおそらく、そうではないだろうけれど。

 そして、ベリアだ。


「陛下の善治にやがて携わる者として、心得なさい。陛下の治める限り、皇国において」


 そうした害する者達から、他者を守る者は……今を背負い、未来を担う者の命は。

 生き残ることに『今と未来の命の責任』までもがのし掛かって来る分だけ、重いのだ。


 ベリアは、その最後の選択をするべき者の一員なのである。

 では何故、守るべき者の命が重いのかと言えば。



「罪なく救われるべき者らの命はーーー貴賤に関係なく、誰の命よりも重いのです」



「ーーー!」


 そう、最も重い命は、戦う力を持たぬ無辜の民。

 あるいは孤独の内にあり、搾取の餌食になる者らの命なのだ。


 救われるべき者の命こそが何よりも重いのだと、守るべき、背負うべき者である筈のベリアは、理解していない。


 そして今、アーシャは救う側の人間であり、村の者らは救われるべき側の人間なのである。


「害する者が守られて、救われるべき者が守られない。救うべき者を守り、救われるべき者を守ることを選ばない。そんな選択を『善し』としてはならぬのです。わたくし達は貴族です。一個人の身で、国の在りようをまず示すのが我々であると心得なさい!」


 アーシャは、そこで祖母のネックレスを服の上から握り、魔力を流し込む。


 茶色の髪が解け、金の縦ロールに変わる。

 服装が旅装から祖母の異名であるらしき【紅蓮のドレス】に変化する。


 バルア皇国公爵家令嬢として、己の騎士であるベリア・ドーリエンに、アーシャは扇を閉じたまま先端を突き付ける。


「この村と己の想いを秤に掛けてわたくしを選ぶなど、断じて否ですわ。それが貴女の望む選択であると認めはしても、わたくしはそれを受け入れません。それでも願うなら、今すぐこの地を去ることを命じますわ」

「アーシャ……様……」


 ベリアの顔が歪み、その場に膝をつく。

 そんな彼女に対して、アーシャは不敵に微笑んでみせた。


「けれど、貴女の気持ち自体はとても嬉しく思いますわ! ……ですから、信じなさい。貴女の主君であるわたくしは必ず〝六悪〟を(くだ)し、この村に凱旋すると!」


 臣下の誤りを厳しく律すると共に、臣下の期待に応えるのもまた、主君の務め。

 より多くを救う選択をしてそれを成し遂げるのが、アーシャの務めなのだから。

 

「心配せずとも、わたくしは負けませんわよ! 凱旋まで、村を頼みましたわね! ……貴女は『守る者』でしょう? ベリア」


 近づいてその肩に手を添えて、アーシャは彼女を上向かせる。


「金化卿との戦いで、わたくしを守ろうとしてくれたように、この村をお願いしますわね。頼りにしていますわ!」

「仰せの……ままに……」


 ベリアは、騎士だった。


 アーシャの主命に対して、納得は出来ていないことが表情から分かる。

 それでも、別の形で忠義を示したのだ。


「アーシャ様……御武運、を……」

「ええ」


 そうしてアーシャは、ナバダに目を向ける。


「貴女も、まだ仰りたいことがあるのでしたら、どうぞ」

「勝算があるなんて、鼻で笑うわ。あんたのは、ただの楽観よ」

「そんな気持ちの話を聞いているのではありませんわ。具体的に、この状況でわたくしの選択以上に、多くの者を守れる選択肢を示せと問うているのです」


 今のやり取りを聞いていて、何故分からないのだろうか。


「もしそれが聞くに値する提案であれば受け入れますわ」

「全員で迎え撃つ。それが一番勝率が高い。言うまでもないでしょう。少なくともウォルフと二人で挑むより、可能性はある筈よ」

「愚策ですわ」


 アーシャは、その提案を聞くに値しないと思った。


「約定を反故にして、全員で迎え撃つ。であれば、フェニカが約定を反故にするのも当然問題ありませんわね。我々が先にそれを破っているのですから。その上で、村を守るためにはこの場を離れるわけには参りません。村の周辺で迎え撃つことになりますわ」


 それはベリア同様に、村を危険に晒す選択である。

 自分が何をしてもいいのなら、相手も何をしてもいいのだから。


 対等というのは、そういうことである。

 一方だけが我慢する謂れなどないのだ。


「そうして全員で迎え撃ち、仮にフェニカを追い詰めたとして。彼女が村の者を人質に取らない、最後の抵抗で無差別に殺戮を始めないという保証が、どこにありますの? それを防ぎ切れる確信がありまして?」

「……ッ」


 さらに、フェニカが『こちらを放置して先に村を攻撃する』選択をしない保証もないのだ。


「それとも貴女はまた(・・)、敵の善意などというあり得ないものに期待をしますの?」

「また……?」


 ナバダの訝しげな顔に、アーシャはこれ以上話す価値を感じなかった。


「貴女は変わりませんわね。……だから、負けるのですわ。それに多数決を取っても、貴女の案は通らないでしょう」


 アーシャは当然として、シャレイドとウォルフガングは、おそらく賛同しない。

 その上でベリアの選択にイオが賛同するのであれば、既に票は定まっているのだから。


 アーシャは最後に、ウォルフガングに目を向ける。


「腹は決まりまして?」

「ああ。……オレは行く」


 ウォルフガングは、覚悟を決めた顔をしていた。

 けれどその瞳は、フェニカへの憎しみや恨みに濁ってはいない。


 彼の内心を完全に推し量れはしないけれど、少なくとも復讐だけを胸にその選択をしたわけではなさそうだった。


 ウォルフガングは、同情するような目をベリアに向けていたから。


「では行きますわよ、ウォルフ。フェニカの首を取り、復讐を果たす時ですわ」

「……ああ」


 ウォルフガングは、その場の面々を見回して、告げる。


「行ってくる。……アーシャは、オレが守るよ」

「守られるの間違いじゃねぇかな! 小童こわっぱ!」


 お師匠様がまぜっ返すと、シャレイドもそれに乗っかる。


「そっちの可能性のが高そうだな! まぁ、せめてアーシャの足手まといにはなるなよ!」

「うるせぇ! 茶化すんじゃねぇ!」

「カカカ!」

「死ぬなよ!」


 ダンヴァロとベルビーニは、最後まで口を挟まなかった。

 二人以外は暗い顔をした面々に見送られて、アーシャはウォルフガングと共に飛び立った。

 

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