この方、分かっていますわね!
アーシャは姿を変化させたフェニカに、静かに問いかけた。
「最初にお尋ねしますけれど……貴女も、金化卿と同様、陛下に成り代わらんとする愚物ですの?」
『まぁ、おかしなことを仰いますわね!」
するとフェニカは、肩を竦めておかしそうに笑った。
姿形は変わっているけれど、どうやら彼女は演技をしていたのではなく、素の性格のままで過ごしていたらしい。
「皇帝陛下に成り代わるだなんて。わたくしはハルシャや金化と違って、地位に興味など特にありませんの。それに……仮に〝六悪〟と呼ばれる者達総出で掛かっても、皇帝陛下には敵わないどころか、|勝負にすらなりませんわ(・・・・・・・・・・・)』
「あら、身の程を弁えてらっしゃいますわね!」
話の通じない魔性かと思ったら、そんなこともないらしい、とアーシャはむしろ好感を抱く。
そう、陛下は未だ並び立つものなき至高の存在であらせられるのだ。
愚物は、それを自覚しないからこその愚物。
彼女は金化卿よりはまともな相手だとアーシャは評価しつつ、同時に警戒する。
身の程を弁えているということは、つまり自分の実力にもそれだけ自覚的だということ。
つまり、油断とは無縁の相手である可能性が高い。
そこで、ナバダが緊張を滲ませた声で口を挟んだ。
「全員で掛かっても、勝負にすらならない……?」
『ええ、ナバダ。あなた方のような弱い人間から見ると、我々くらいの相手は全て同じように見えるでしょうけれど、違いますのよ』
フェニカは、ニコニコとしたような口調で、蜘蛛の足を大きく広げる。
「皇帝陛下は、最早『この世そのもの』と呼んでも差し支えない方ですわ! 何せ皆、あの方の前では、その意思一つで消し飛ぶ程度の些少な存在でしかございませんもの!』
「全くその通りですわ!!」
アーシャは歓喜した。
このフェニカ、敵である筈なのに本当に物事を正しく理解している。
もしかしたら今まで生きてきた中で、アーシャが一番共感出来る相手かもしれなかった。
少なくとも、陛下のことに関しては。
『であるからこそ、わたくしはアーシャ様に興味がございますのよ。そんな皇帝陛下が自由な振る舞いを赦す貴女に。……紅蓮の孫であり、皇帝の婚約者である、貴女に』
「あら貴女、お祖母様をご存知ですの?」
『ええ。彼女が来たから、南部は皇国傘下に入ったのですもの。紅蓮は素晴らしく強かった……惜しい方は早くに亡くなってしまいますわね』
「そのお話もゆっくり聞きたいところですけれど、わたくしは他にも気になることがございますの。〝四凶〟というのは? 〝六悪〟ではございませんの?」
『金化や叡智が加わるまでの、わたくし達の呼び名ですわ。あの子達にもそれぞれ良いところはあると思いますけれど、さほど強くないので。一緒にされる前の呼び名の方が正しいと思っておりますの』
さほど強くない。
その評価に、アーシャは軽く息を吐く。
ーーーわたくしの陛下への道のりは、まだまだ遠いですわ!
この程度の相手ですら、金化卿より強いというのであれば。
そう思いながら、アーシャは小さく首を傾げる。
「つまり、貴女くらい簡単に降せなければ、陛下に届くなど夢のまた夢、ということですわね!」
『それはそうだけれど。あら、アーシャ様は皇帝陛下を目指しておられますの?」
「当然ですわ! わたくしは、陛下に並び立ち、そのお側に寄り添う為にここにいるのですもの!」
『無謀ねぇ……ふふ、あのお方に並ぶことなど、出来る訳がありませんでしょう?』
フェニカの言葉に、アーシャはスッと笑みを消して、顎を上げる。
彼女を、見下すように。
「そこが、わたくしと貴女の相容れない点ですわね。本当に残念ですわ」
『ふぅん? どういう意味かお聞きしても宜しくて?』
「ええ、簡単な話ですわ。ーーーだって貴女は、諦めておりますでしょう?」
アーシャは、フェニカに臆してはいなかった。
何故なら彼女は〝四凶〟とやらに数えられる程の強さを持ちながら、陛下には敵わないと思っているのだ。
今、敵わない、ではない。
決して敵わない、だ。
「強き者を好むと言いながら、より強き存在……この世で最も強き存在である陛下の御許届くことを願わず、研鑽もせず、現状に満足して弱い者虐めをしているのですもの。所詮、魔性は魔性。愚かの極みですわ!」
陛下に寄り添うことを求めるアーシャとの、そこが決定的な違いである。
少なくとも陛下の強さだけはきちんと認識していながら、現状のままで良いと思っているのだから。
しかしフェニカは、金化卿とは違って挑発には乗らなかった。
『夢見がちですわね。可愛らしくて大変良いと思いますわ』
「夢などと、そんな寝言で片付けるのはやめて下さいませ。わたくしはそれを成し遂げるのですから、これは目標ですわ!」
嘲るようなフェニカに、アーシャは先ほどとは違う不敵な笑みを返す。
「貴女に聞きたいことは、最後に一つだけ。一騎討ちのお話ですけれど」
『ええ』
「貴女にはニール様がいらっしゃるでしょう? わたくしも、ウォルフを伴って宜しくて?」
アーシャが問いかけると、フェニカは小さく首を傾げた後、彼に目を向けた。
『あら、その子は強いのかしら?』
「貴女のご期待に添えるかは分かりませんけれど、彼がいる方がわたくしは強くなりますわね!」
【風輪車】の強襲形態、と呼ぶことにしたあのクワガタ状態には、ウォルフガングが必要なのだ。
『なら、宜しくてよ。場所は、村だと少々、貴女が気になって戦いづらいかしらね? 貴女は弱い者も好きなのでしょう?』
「そうですわね、少なくとも貴女よりは。……少し西に外れた場所に森がありますから、決戦の場はそこで如何? わたくしも準備を整えて向かいますわ」
『では、そちらでお待ちしておりますわね。ああ、もし逃げたり、彼以外の人間を連れてきた時にはーーーこの村を、殲滅しますわよ?』
最後に事もなげにそう告げて、ニールに跨ったフェニカがふわりと浮き上がる。
『楽しい闘争を致しましょう。それでは、後で』
と、彼女はニールと共に去っていった。
それを見送ってから、アーシャは皆を振り返る。
「一度広場に行きましょう。ウォルフ、【風輪車】を持ってきていただけまして? 後、ベリア。申し訳ありませんけれど、村長を呼んできて欲しいですわ」
「アーシャ、あんた」
「言いたいことがあるなら、広場で聞きますわ。時間がないでしょう?」
「……っ」
何かを言いかけたナバダを遮ると、彼女は口をつぐんだ。




